20-19. 外皮
「「大砲!!」」
トラスホームさんが用意してきた『秘密兵器』……それは、鋼鉄製の砲台。
まるで戦車のように巨大で堅牢な、移動砲台だ。
「これでホエールに砲撃をブチかますんですね!」
「左様です。移動式の砲台とはいえ威力は固定砲台と遜色御座いません。海賊や外敵はもとより、ホエールにも対抗可能です」
「「おぉ!」」
「砲丸の備えも十分。此処に沢山御座いますし、不足した際は倉庫に戻れば余るほどに御座います」
それは良い!
今ホエールは拘束してあるし、これなら一気に畳み掛けられる。イケるぞ!
撃退も一気に近付くに違いない!
「……それにしても、こんな立派な装備が有るんならもっと最初から使えば良かったのに」
「いえ。それがそうも上手く行かないのですよ、ケースケ様」
……えっ、なんでだ。
最初からブッ放すのダメなのか?
「砲台の弱点は何よりも水です。砲台自身が濡れてしまうと火薬も湿ってしまいますから」
「そうですね」
「それ故に、移動砲台を出すタイミングはホエールの津波を避けなければならない、いわば『ホエールとの駆け引き』なのです。ホエールの出方を窺い、津波の引いた隙に一気に設置・準備反撃に転じる……濡れれば負けの一発勝負で御座います」
確かに。
もしも序盤に砲台を出していたら、最初の津波に濡らされて即アウトになっていた。
「しかし……ケースケ様の【演算魔法】は、その駆け引きを亡き物にしてしまいました。『死の津波』を打ち消し、更にホエール本体まで縛り上げれば――――もう砲台が水没を恐れる必要は御座いません。好機は今です」
「成程」
この慎重さと隙の無い状況判断、流石この港街を治めているだけの事はある。
さっきの貧血フラフラ領主様とは大違いだ。
「……領主様! 砲撃準備完了しましたッ!」
「了解しました」
その間に、衛兵さん達の設置準備が終わったみたいだ。
車輪をガッチリと地面に据え付けられた砲台は、今か今かとその時を待ちわびている。
「では発射用意に入ります。初弾装填」
「「「ハッ!」」」
黒く大きな砲丸が衛兵さん2人掛かりでやっと抱えられ、砲口に詰め込まれる。
その間に3人目の衛兵さんが魔導火薬と導火線を仕込む。
「続いて照準合わせ」
「「「ハッ!」」」
砲口の向きと高さをゆっくりとホエールに合わせる。
「……高さはどのくらいだ?」
「何発か試し打ちしなきゃ分からない……」
「いや、僕が手伝います! 【二次関数Ⅲ】・水鉄砲!」
地面の水たまりに手をついてそう唱えれば、水たまりからビシュウと飛び出す水鉄砲。照準代わりの放物線レーザーだ。
砲口と傾きを同じくして飛び出した水鉄砲は、綺麗な放物線を辿って上昇から下降に転じ……ホエールよりも手前の海に注ぎ込む。
「もうちょっと角度高めで!」
「おうよ勇者様!」
よいしょと砲口の角度を上げる衛兵さん。僕もそれに合わせて放物線の傾きを変えれば……放物線状の水鉄砲は、丁度ホエールの頭に。
「領主様、発射用意完了です!」
「了解しました」
衛兵さんの報告に、トラスホームさんがしっかりと頷く。
……全ての準備が整った。
そして、ついに――――拘束によって身動きの取れないホエールに向けて、
『秘密兵器』による、フーリエの本気の駆逐が始まった。
「撃てェェッ!」
ドゥン!!!
大太鼓を叩かれたような衝撃を周囲に撒き散らして火薬が爆発し、砲丸を押し出す。
砲口から飛び出した砲丸は、【二次関数Ⅲ】の水鉄砲と並行しながら上昇し……頂点を経てすぐさま下降。
自身の重さも相まってグングンと速度をつけながら、黒く大きな砲丸は高度を落とし――――
ゴンッ!!!
「初弾直撃ィッ!」
「「「「よっしゃア!」」」」
鈍い音を響かせながら、照準通りホエールの頭部ド真ん中に直撃。ホエールの首がグンと下を向く。
砲丸も硬い外皮にぶつかって真っ二つに割れ、ボチャンと海に沈んでいく。
「では衛兵、次弾装填をお願いします」
「「「ハッ!」」」
喜ぶのも束の間、トラスホームさんが指示を出すとすかさず衛兵さんも次に取り掛かる。
2人掛かりで砲丸を装填し、火薬を仕込む。
「次弾準備完了!」
「撃てェ!」
ドゥン!!!
照準はそのままに、導火線に火を点けて発射。
同じ放物線の軌跡を辿って砲丸が空を飛び、再び砲丸がホエールの頭に直撃。
ゴンッ!!!
「続けて次弾も直撃!」
「良いぞ!」
「この調子でどんどんやったれ!」
役目を終えた砲丸はパックリと2つに割れて海底に沈み、ホエールは拘束されて不自由な体を必死にくねらせる。
……どうやらホエールにも本格的にダメージが入り始めているようだ。
「衛兵、以降は滅魔砲弾を有るだけ使って下さい。一気に畳み掛けましょう」
「「「ハッ! 滅魔弾装填!」」」
……ん、滅魔砲丸?
聞いた事の無い単語に首を傾げていると、今度は衛兵さん達が蒼黒い輝きの砲丸を取り出す。
「何ですかその滅魔砲丸って、トラスホームさん?」
「ああ、ケースケ様。表面にユークリド含有鋼のメッキを施した特殊砲丸、それが滅魔砲丸で御座います」
「ほぅ。ユークリド含有鋼のメッキですか」
つまりは、シンとダンの新調した武器で砲丸をコーティングしたみたいなモンだ。
ユークリド含有鋼が魔物に有効なのはこの目で確認済みだし……コレは期待できるぞ!
「滅魔砲丸の用意はそう多く御座いませんが、使いどころはまさに今。奴が無防備状態の今です」
「領主様、滅魔弾準備完了しました!」
「了解しました」
丁度衛兵さん達の準備が整い、一呼吸おいてトラスホームさんが指示を出す。
「撃てェ!」
ドゥン!!
勢いよく砲口から飛び出した第三弾の蒼黒い砲丸は、コピーしたかのように同じ跡を通って下降。
避けることもままならないホエールの頭部に着弾した。
ガキンッ!!
「第三弾も直撃!」
……ん、なんだか音が違った!?
ホエールの外皮によーく目を凝らしてみると……砲丸の着地点を中心にピキピキと蜘蛛の巣状のヒビが。
流石はユークリド含有鋼、滅魔砲丸はホエールの外皮に打ち勝ったようだ。
「領主様! ホエールの外皮にヒビが入りました!」
「良いですね。このまま一気に攻めましょう」
「「「ハッ!」」」
ホエールの藻掻きも一段と激しくなり、明らかに効いているのが分かる。
……よし、となればコッチも総力戦で行くしかないよな!
「トラスホームさん、僕も手伝います! シンもやるよな?」
「勿論です!」
「御二方とも、有難う御座います。宜しくお願い申し上げます」
それからというもの、僕達はひたすら滅魔砲丸をボコスカボコスカと撃ちまくった。
滅魔砲丸の装填は、衛兵さん2人のペアと僕・シンのペアで入れ替わり立ち替わり。ホエールが動けないお陰で照準を変える必要も無く、ただひたすら撃ったら詰めて撃ったら詰めての繰り返しだ。
トラスホームさんも火薬を仕込む衛兵さんのサポートに回り、6人掛かりで本当に隙間なく滅魔砲丸を連発していた。
ユークリド鉱石が変質化したものだというホエールの外皮も、この過酷な連撃を受けてボロボロ。中には所々外皮が剥がれ落ち、白い皮膚が露わになった部分も見受けられる。
「あの外皮がハゲた部分に砲丸をブチ込めば大ダメージなんだけどなぁ……」
しかし、それでも相手は海の王者。胸ビレを拘束されながらも首を上下左右に上手く振り、外皮が残っている部分で砲撃を受け止めやがる。
そう簡単に弱点を突かせてはくれないみたいだ。
「……けどまぁ、要は外皮をまるっと一部分剥がしちゃえば良いんですよね?」
「左様です。外皮の剥がれた皮膚ならば、普通の砲丸でも十分に効きますから」
よし。
となれば、とにかく外皮を削って削って削りまくるだけだ――――
「領主様! 大変です!」
「何でしょうか」
「滅魔砲丸、今ので最後です!」
「いつの間に。……一先ず、了解しました」
もう終わっちゃったのか!?
……しまった、ボコスカ撃ってたのは良いけど残数を気にしてなかった。
「普通砲丸は沢山あります。倉庫にもまだまだ残っているのですが……どうしますか、領主様?」
「そうですね……」
ホエールの外皮は少しずつハゲてきているものの、まだそこまで大きくない。
普通の砲丸を通すにはもう少し外皮を削ってやりたいところだけど……。
「致し方御座いません。普通砲丸で行きましょう。衛兵、次弾用意」
「「「ハッ――――
その時。
「ちょいまちッ!!」
「「「「……っ!?」」」」
僕達を引き止める声が、港に響いた。




