20-18. 輩下
振り返った途端、視界に飛び込んできた超高圧の水のレーザー。
眉間めがけて真っ直ぐに迫っていた。
ビシュウウウゥゥゥゥゥッ!
「なっ……――――
……気付かなかった!
避ける余裕も無い!
マズい。頭を射抜かれる――――
「其レハ無限ナラザル物ニ限与ウル者――
――【定義域Ⅷ】・x≦0」
口が勝手に動き呪文を紡ぐ。
と同時に、目の前スレスレに姿を現すバリア。
「うぉっ……!?」
直後、高圧水レーザーがバリアに直撃。
そう易々と貫くことを許さない【演算魔法】のバリアを前に、水が眼の前で四散していく。
やがてレーザーが途切れれば、僕を守ってくれたバリアも役目を終えたとばかりに消滅する。
「……助かった」
「先生! 大丈夫ですか!?」
「あぁ。なんとか」
……危なかった。謎の呪文が救ってくれてなきゃ、今頃頭をプスッと一発だったかもしれない。
本当にこの現象が何なのかは分からないけど、とりあえず僕を救ってくれたことに違いは無い。
ありがとう、助かったよ謎の呪文。
……というのは後にしてだ。
また1つ、ここで新しい問題が浮上した。
「シン、気を付けろ。……新たな強敵が現れた可能性がある」
「えっ!? 姿を見たんですか!?」
「いや、見てはいない。けど……この状況的に、この海のどこかにソイツが潜んでるかもしれない」
ホエールは既に【外接円Ⅰ】で身動きを封じてある。となれば……誰か新たな魔物が攻撃を仕掛けて来たに違いない。
あれ程の強力な水圧のレーザーを撃つ、結構な強敵が。
なんと言ってもホエールは『海の王者』だ。そういった輩下やら眷属やらを呼び寄せる力を持っているとしても不思議じゃない。
「タダでさえ私達はホエールを撃退しなくちゃいけないのに……」
「こうなったら仕方ない。ソイツも纏めて撃退しよう」
ヤツはこの海のどこかに居る。
海に潜って姿を隠し、また隙を見て僕達の死角から攻撃してくるツモリだろう。
――――だが、そんな方法は僕の前で通用しない。
「さて。それじゃあ姿を現して貰おうか」
「えっ……何かヤツを誘き出す方法が有るんですか、先生?」
「いや。誘き出す必要は無い」
ヤツが海面に姿を現さずとも、僕達から視えれ|
ばそれで十分なのだ。
「【見取Ⅲ】!」
自慢の『透視魔法』なら、僕の眼に映らない物は無い。
物陰であろうと水面下であろうと、僕の眼には点線の輪郭で一目瞭然となるのだ。
さあ、姿を見せろッ!
「……あ、あれ?」
「どうしたんですか先生?」
「見当たらないな……」
しかし、視界にそれらしき魔物の輪郭は映らない。視界を左右に振っても姿は見えない。
ホエールのお腹と魚群が点線で表示されるだけだ。
「……居ない。なんでだ?」
「まさか、先生の【見取Ⅲ】の検知範囲を振り切ったとかでしょうか?」
「有り得る。だとしたらマズいな」
強力な水のレーザーを撃つ上に、泳ぎも相当速いとか中々厄介だ。
もしかしたらホエール並みに難敵かもしれないぞ……。
――――だがしかし。
先に結論から言っちゃうと……その『魔物』は、しっかり視えていた。
逃げられた訳でも見失った訳でもない。【見取Ⅲ】は、しっかり視界に捉えていたのだ。
「……先生、ホエールの様子が」
「ん、ホエール?」
指差すシンに促されて目をやれば、口いっぱいに海水を取り込むホエール。
海水で満タンになると、ゆっくりと顎を閉じ――――僅かに開いた口の隙間から水が噴き出した!
「「お前の攻撃だったのかァァ!!!」」
なんだよ! 新たな魔物とか無駄に考え過ぎちゃったじゃんか!
今の時間と労力返しやがれ!
「【定義域Ⅷ】! x≦0!」
ビシュウゥゥゥッ!!
飛んできた水レーザーをあっさり防御。
「先生! レーザーの乱れ撃ちが来ます! 街を狙ってるみたいです!」
「問題ない! 同様に・x≦0! x≦0! x≦0! x≦0! x≦0!」
目標を僕自身から街に変えたようだが、それでも結果は変わらない。
1枚1枚バリアが反り立ち、レーザーを1本1本弾いていく。
フーリエの海岸線でレーザーとバリアがせめぎ合う。
「x≦0! x≦0! x≦0!」
……僕の背後にはフーリエの街。と同時に、建物の上階には避難した市民もいる。
1本たりともレーザーを通す訳にはいかないのだ。
ココで全部弾いてやる。
「x≦0! x≦0! ……あぁもぅしつこいッ!」
が、レーザーに終わりが見えない。
その上僕のMPも減ってきた。
ヤバい、このままじゃ魔力枯渇になる……ッ!
「x≦0! ……【外接円Ⅰ】! 縛れ!」
そう感じた僕は……レーザーが収まった一瞬の隙を突き、ホエールの口をガッツリ縛り上げた。
ホエールの口元に掛かる、犬の口輪のような外接円。顎を封じられたホエールはそれっきりレーザーを撃てない。
よし、次こそ本当に身動きを封じたぞ。
「ハッハッハ! ざまぁ見ろだ!」
「やりましたね先生!」
……ふぅ、ちょっとスッキリした。
「それにしてもまさか、ホエールがあんな隠し玉を持ってたとは……ちょっと驚いたな」
「はい。私もビックリしました」
必死に藻掻くホエールに目をやりつつ、呟く。
……流石は『海の王者』。いわば口に水を含んでピュッと吐き出すだけの動作でも、あのサイズの体躯を以ってすれば破壊力抜群の水レーザーになるのだ。
恐ろしい。
「それにまだ、全然撃退には程遠いようですし」
「あぁ」
あの眼、未だ僕への怒りが籠っている。
『津波』を打ち消してみせたり、体を縛り上げたりしてホエールに対抗しているものの……肝心の与えたダメージは未だに0だ。
こう言っちゃなんだけど……撃退のためには体で分からせる必要があるか。
「とはいえ先生、どうやってホエールにダメージを与えられるんでしょうか?」
「むしろ僕も聞きたい位だな……――――
すると。
「ケースケ様! シン様! 御心配には及びません!」
「……おっ?」
「この声は!」
まるで僕達の疑問を晴らさんとばかりのタイミングで遠くから声が。
振り返れば、少し先の曲がり角からトラスホームさんが丁度駆け出してきたところだった。
「トラスホームさん!」
「急にどっか行っちゃって……どこ行ってたんですか?」
「ハァ、ハァ……それは大変失礼致しました。一寸、対ホエール用の秘密兵器を手配しに行っておりました」
「「おぉ!」」
そうだったのか。
対ホエール用の秘密兵器……何だかカッコいい。
「で、それは一体どんな……?」
「御安心下さい。もう間もなく此方に参りますので」
そう、トラスホームさんが言い終えると――――
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…………
「ぅわっ?!」
「地震か!?」
途端に足元の石畳が小刻みに震え始める。
通り沿いの建物も所々で軋み、窓ガラスがカタカタと音を上げる。
「御安心下さい。『其れ』が到着致します」
段々と揺れが大きくなり、音も激しくなってくると……トラスホームさんが出てきたのと同じ曲がり角から、ソレはおもむろに現れた。
「アレは……大きな荷車、でしょうか?」
「そうみたいだな。何かが載ってるみたいだけど」
衛兵さん3人掛かりで曳かれてきた、巨大な荷車。
金属でできた前後左右の四輪をガタガタといわせて走る、その荷台部分には……麻の布が被せられた大きな塊。
お祭りでよく見る神輿や山車みたいにも見えなくはないけど……何が載ってるんだろうか?
「領主様! 命の通り、街外れの倉庫より運搬してきました!」
「御苦労様です。このまま設置と準備にも取り掛かって下さい」
「「「ハッ!」」」
トラスホームさんの前まで来ると荷車が止まり、衛兵さん達も手を離す。
そのまま指示に従ってテキパキと準備を始める。
「秘密兵器……一体何だろうか」
1人目の衛兵さんが荷台から車輪止めを取り出し、四輪にロックを掛ける。
2人目の衛兵さんが同じく木箱を取り出し、箱の中から何やら石とロープを取り出す。
そして3人目の衛兵さんが、荷台に上って麻布に手を掛けると――――勢いよく引っ剝がした。
「おぉ!」
「こっ……コレは!」
布の中から出てきたのは……金属の重厚さを伴った、黒色の塊。
その本体は巨大な筒形にして、その先端には口のように開いた穴――――砲口。
その穴と反対側には、本体からニョロリと飛び出したロープ――――導火線。
そして、その足元にゴロゴロと転がるのは大きな金属球――――砲丸。
「……コレはまさか!」
間違いない。コレは……!
「「大砲!!」」
フーリエが誇る、対ホエール用の秘密兵器……移動砲台だ!




