20-17. 浮輪
「まずは……お返しからだ!」
コチラからの反撃一発目は、受けた攻撃をそっくりそのままお返ししよう。
迫る津波を眼前にする気持ち、しっかり味わってもらおうか!
「【正弦波形Ⅰ】・人工造波ッ!」
再びしゃがんで両手をついて魔法を唱えれば、フーリエの海岸線から海面がグワンと波打つ。
sinθの形を保って沖へと進む人工津波、その先には今ようやく体勢を整えたホエール。
「良し! 此方が先手を取りました!」
「形勢逆転です、先生!」
「おぅ!」
後手に回ったホエールも、再びブリーチングのモーションに入る。……波に波をぶつけて対抗するつもりのようだ。
頭から海面に潜り、尾ビレの先までを海中に沈める。
すぐさま海面から頭を突き出して垂直に泳ぎ上がり、腹から倒れ込む。
「……相変わらず凄いな」
苦し紛れのブリーチングといえど、その威力は健在。
海面から飛び上がる高さも低く、衝撃波だって起こらないのに……起こす津波は人工津波に引けをとらない。
そしてそのまま、人工津波はホエールの立てた津波とぶつかって打ち消される。
「此方が先手を取ったというのに……」
「……やるじゃんか。ホエール」
流石は海の王者、『津波』の名を冠するだけの事はある。
競り勝つのは中々厳しそうだ……。
――――なんて言うと思ったか?
そんな事は無い。
1発1発の度に時間が掛かるお前と違って……コッチは連発できるんだよな。
「【正弦波形Ⅰ】・人工造波ッ!」
ホエールが人工津波を打ち消したと安堵している隙にも、すぐさま次の人工津波をお見舞いする。
「もう1丁! 同様に・人工造波!」
しかもダメ押しの2連続。
……1回のブリーチングで1発しか波を起こせないホエールに、この速攻は対処不可能なハズだ。
「成程! 此れでは奴も抗いようがありません!」
「このままホエールに仕返しです!」
「あぁ! 行けェェッ!」
フーリエから沖へと進む、壁のように反り立った2枚の人工津波。
ホエールも反撃の体勢を取ろうと焦るが――――津波の到来にブリーチングのモーションは間に合わず。
為す術なく、その巨体は人工津波に呑み込まれた。
フォオオオオオオォォォォォンッ…………
「「「よしッ!!」」」
グワングワンと波打つ海面、目まぐるしく変わる潮の流れ。
ホエールの巨体でも揉みくちゃに弄ばれ、苦しげな重低音を響かせる。
「効いてるみたいです!」
「ザマァ見ろだ!」
海の王者を以ってしても、人工津波を前にしてはまるで難破寸前のタンカー船のよう。
初めてその姿を見た時のあの貫禄は、今やもう微塵も感じなかった。
「……さて」
人工津波に呑まれて藻掻くホエールを眺めつつ、考える。
――――『津波』と呼ばれるサファイアホエールにとって、『死の津波』は飢えを凌ぐ最終手段にして専売特許レベルの必殺技だろう。
しかし、ソレはもう今のフーリエには通じない。
【正弦波形Ⅰ】で打ち消せるどころか、連発すればホエールを上回る。
奴の必殺技を封じたのだ。コッチの圧勝だ。
「……となれば、撃退もそう遠くないよな?」
さぁ、コレでサファイアホエールも『フーリエには敵わない』と本能で分かるだろう。
……うん、分かるよね?
だからそろそろ、ホエールには海へ帰ってくれると良いんだけどな。
フーリエを襲うのを諦めて欲しいんだけどなー……――――
フォオオオオオオオオォォン!!!
「クソッ、駄目かよ!」
「中々諦めてくれないですね……」
だがしかし、帰ってきたのは憤りに満ちた咆哮。明らかに答えはNOだった。
ホエールの心を折るどころか、むしろ怒りを買ってしまっていた。
「ケースケ様……奴に波で応戦するのは、余り得策ではないかと」
「えっ。……なんでですか?」
「海の王者たる奴にも、津波攻撃へのプライドがきっと有りますから」
「……あー」
しまった。
津波が得意技のヤツに津波で対抗すれば、単なる嫌味か皮肉だと受け止められかねないか。
津波を打ち消すのには有効だけど、それ以上……ホエール本体への攻撃には適してない。撃退どころか逆効果だ。
……となれば、どうやってホエールを撃退させるのが一番良いだろうか――――
「先生、再び津波が来ます!」
「……ハァ。またか」
人が考えているというのに、懲りずにブリーチングのモーションに入るホエール。
津波だけは譲らんとばかりに、胸ビレをバタつかせて水中に潜り込む。
「奴も意固地になっている様ですね」
「はい。しつこいなぁ、もう……」
コッチだって大変だからな。
今攻撃手段が1つ減っちゃったし、それに津波を打ち消す【正弦波形Ⅰ】もまぁまぁMP消費あるんだし。
……良し。そうだな。
ホエール、お前にはちょっと黙っておいて貰おう。
「……ちょっとアイツを縛り上げるか」
「「縛り上げる……?」」
あぁ、そうだ。
ホエールを縛り上げて、少し静かにしてもらうのだ。
「縛り上げると仰いましても……如何にしてでしょうか?」
「無理ですよ先生! そもそもどんな縄を使って――――
縄?
違う違う。
「【演算魔法】でな」
「「【演算魔法】……?」」
「あぁ」
そんな首を傾げる2人を横目にしつつ……僕は新たな【演算魔法】を唱えた。
「【外接円Ⅰ】……」
唱えると同時、ホエールの胴体をグルリと囲むように青透明色の円が現れる。
胴回りより一回り大きく、細い浮輪のような円。
ホエールもそれを目にし、一瞬動きが止まる。
……隙あり。今だッ!
「……縛れ!」
声を出すと同時、円がキュッと縮み――――胸ビレごとホエールの体を締め付けた。
胸ビレを体にピタッと閉じられ、うまく泳げないホエール。海中へと沈みかけていた体がプカリと海面に戻ってくる。
……きたッ! 大成功だ!
「ブリーチングが中断されました!」
「……先生、一体何を?」
「だから言ったじゃんか。縛り上げたんだよ」
√√√√√√√√√√
【外接円Ⅰ】――――。
三角関数の前に学習した『円と三角形』の単元で手に入れた魔法だ。
コレは一言で表せば、『拘束魔法』。
任意の対象の部位を、その外側からグルリと円で囲って縛り上げるっていう効果だ。
手足に使えば、自由を奪う手枷足枷のように。
両腕に使えば、胴体ごと縛る縄のように。
青透明色の円が、その外側から対象を閉じ込めるのだ。
∋∋∋∋∋∋∋∋∋∋
「『拘束魔法』の、サーカムスクライブ……ですか」
「あぁ」
「またなんという魔法を。……キリがない」
なんだかシンは呆然とした様子だけど……まぁ良いや。
とにかく、コレでホエールの身動きを封じた。
体をクネクネさせたり、胸ビレの先端をパタパタさせたりして藻搔いているが……【外接円Ⅰ】が外れる様子は無い。
津波も尾ビレだけでは起こしようがないだろうし。
コレでまた、更にホエールよりも優位に立ったってワケだ。
「……ケースケ様。1つ、宜しいでしょうか?」
「ん? 何ですか?」
っと、背後のトラスホームさんから声を掛けられる。
なんだか真剣な雰囲気。……何だろう?
「少しだけ私、この場から席を外します。その間、ホエールの相手をお願いできますでしょうか?」
「勿論です」
流れは相当コッチに傾いているのだ。
油断しなければそう簡単に覆りやしないだろ。
「それにしてもトラスホームさん、どこに行くんですか?」
……まさかトイレ?
「いえいえ。ちょっと街の外れまで。多少時間は掛かるやもしれませんが、直ぐ戻って参ります」
「ふーん……」
街の外れか。何があるんだろう。
「……まぁ、お気をつけて。ついさっきまで貧血でフラフラだったんですし、無理しないで下さい」
「無論です」
そう言い残すと、トラスホームさんは僕達に見送られながら郊外の方へと駆けて行ってしまった。
「……トラスホームさん、どこ行くんだろうな。シン?」
「そうですね。こんな戦いの最中、しかも追い風が吹いてきたタイミングで抜けるだなんて」
やっぱトイレなんじゃないかな。
……まぁ、そんな冗談はいいとして。
「とはいえ、しっかり者のトラスホームさんの事です。このタイミングだからこそっていう、何か秘策が有るんじゃないですかね?」
「あぁ。そうだな」
そう言い、シンとお互いに頷いた。
「さて、今のホエールの様子はと言うとー……」
トラスホームさんが街角を曲がって姿を消したタイミングで、僕達もホエールの方に振り返ると――――
ビシュウウウゥゥゥゥゥッ!
「なっ……――――
僕の眉間めがけて、超高圧の水のレーザーが迫っていた。




