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20-11. 波Ⅲ

∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀






――――サファイアホエール。




それは、巨大な鯨の魔物。

成体になれば大型タンカーかそれ以上の体格にもなる、『この世界』最大の魔物である。




その巨大な胸ビレと尾ビレの動きはゆったりとしていつつも、その一掻き一蹴りが生み出す推進力は絶大。

如何に泳ぎの速い魚であろうと、ホエールの泳ぎに勝る者は居ない。


食糧を得る際にはその巨大な口を開き、潮の流れをも上回る勢いで海水を取り込む。

巻き込まれた周囲の生物は軒並み姿を消し、ホエールの糧となるのみ。



そして、最も特徴的なのが……その身を包むゴツゴツとした青い結晶質の外皮。


その名の通りサファイアのような見た目の外皮は、体内に取り込んだユークリド鉱石が変質化したもの。

非常に高い硬さを誇り、如何に鋭い歯が突き立てられようと傷の一つも入れることを許さない。






海に棲むどんな生物よりも、大きく強い。

海に棲むどんな生物も、ソイツを倒す事は出来ない。


如何なる敵も敵でなく、単なる餌でしかない。

紛う事なき『海の王者』。



それこそが、魔物・サファイアホエールなのである。











――――そんな海の王者にも、唯一の敵が存在する。

『食糧不足』だ。


体のサイズに足る膨大な食料を得られなくば、サファイアホエールも飢餓状態に陥る。

無論、そのまま時が経てば敵無しのサファイアホエールといえど餓死は免れない。




だがしかし……飢餓状態となったサファイアホエールは、餓死を凌ぐために大量の栄養を得る方法を知っている。


()()()()()のだ。



襲うといっても、ホエールが直接手を下す訳ではない。

その体格を以って海面を揺らし、津波に港町を襲わせるのである。


漁船も容易く転覆するほどの波を起こす、胸ビレの一掻き。

小さな漁村を跡形もなく消し去る波を起こす、尾ビレの一蹴り。

そして鯨の大ジャンプ……ブリーチングで起こす大津波は、如何に大きな港町であろうとも存亡級の被害をもたらす。


こうして街から海に流出させた豊富な栄養を得て、サファイアホエールは生き永らえるのだ。











今までに流された町は数知れず。

今までに呑まれた先人達は骨さえ残らず。

そして次は、いつどこの町が襲われるか分からない。


……もしかしたら、自分の住む所かもしれない。



こうして、海に面する街や村は何よりサファイアホエールを忌避してきた。

出来る限り、話題にも上げない程に。


一度声に出してしまえば、遠い遠い海のサファイアホエールにも声が届いてしまうかもしれないから。

自分の街が、目を付けられるかもしれないから。



だから、その本名をも決して口にもしない程に忌避してきたのだ。


その代わり、サファイアホエール自体を『津波』という仮の名で呼ぶこととして――――











∠∠∠∠∠∠∠∠∠∠






「もうフーリエが狙われた今、名前を伏す意味も御座いませんね。……(わたくし)達のいう『津波』とは、魔物・サファイアホエールを指すのです」

「……マジかよ」


どうやら僕達が逃げていたのは、単なる自然災害からじゃない。

自然災害を巻き起こす、巨大な魔物から逃げていたのだ。



「魔物が起こす災害、かよ」

「左様です」


そういや、僕が元住んでいた日本も災害大国だった。地震に火山に台風に大雪に、手の出しようがない災害が毎年毎年訪れていた。

そしてここフーリエでも津波。結局はどの世界のドコに行こうと、災害からは逃れられないようだ。



……とは、思ったものの。




「トラスホームさん、良い話を聞きました」

「良い話、で御座いますか?」

「はい。それはもう」


どうやら、今フーリエに迫っている災害は別の話のようだ。

手の出しようがない自然災害じゃなく、ホエールが起こす人為的な……いや、鯨為的な災害。


だとすれば、この状況……思ってたより悪くないんじゃないだろうか?




「トラスホームさん。もし皆でホエールを撃退できれば、津波は未然に防げるってことですよね?」

「……はい。左様です」

「そうすれば、市民にも街にも被害を出さずに済むってことですよね?」

「……理論上は」


僕はもうてっきり、何処かで発生した大津波がフーリエに迫っているんだと思っていた。

けれども実際のところ、津波なんてそもそも起きていなかった。ただ単にホエールが迫ってたってだけだ。


となりゃ、もう打つ手は1つしかない。



「じゃあ、皆で協力してホエールを撃退すれば良いじゃんか!」


フーリエを襲う前に奴を迎え撃ち、追い返してやればいいんだ!

そうすればフーリエの街も無傷で済むし、誰も傷付かずに――――






だが。




「お言葉ですがケースケ様」

「はい――――

「駄目です。サファイアホエールを甘く見てはなりません」


そう言って僕を止めるトラスホームさんの表情は、恐ろしいほどに厳しかった。

彼にしては珍しく強まった語気にも、その感情が表れるほどに。


「……っ」


気圧された僕も、思わず息を呑む。




「街を守るために戦わねばならない、それは(わたくし)も重々承知しております。ケースケ様の御気持ちも分かります」

「なら迎撃しましょうよ! 漁師さんや衛兵さん達にも協力して一緒に戦えば、きっとこの街を――――

「駄目です」


それでもトラスホームさんの心は揺れない。



「えっ、どうして?!」

「確かに、過去には迎撃して津波の難を逃れた記録も御座います」

「じゃあ尚更――――

「しかし今のフーリエは違います。只でさえ冒険者が不足している中で、戦力となり得るのは僅かな漁師と衛兵のみ。それも全員を避難誘導に充て、滞った民の行列を一刻も早く流そうと奮闘しているのです」


あぁ、確かにその通りだ。トラスホームさんは少ない人員を避難誘導に回したばかりだ。

四方八方から僕達を取り囲む、この市民の避難渋滞を解消するために。



「けど、少しくらいは迎撃にも力を入れないと……()()()()――――

「構いません。()()()()、壊されたとしても」


そう言い切るトラスホームさんの顔には、僅かな迷いも無かった。



「ケースケ様は勘違いをされております。…………何より大事なのは街ではない。民です。民の命です。ケースケ様、頭を冷やしてください」

「……っ」






――――そうだ。

僕はちょっとカン違いをしていた。


相手が自然災害じゃなく、倒せなくもない相手だと知って……少し浮かれていたのかもしれない。




トラスホームさんの指令の通り、避難誘導に漁師や衛兵を回せば……ホエールには好き勝手暴れさせることになる。が、その代わり市民の命を守れる確率はグンと高まる。

現に人の流れは僅かながらも進み始めているし、ほぼ100%と言って良いだろう。


逆に僕が考えているように迎撃に人員を割けば、フーリエ無被害も夢じゃない。けど……撃退し損なえば逃げ遅れた市民もろとも街が死ぬ。そしてその勝率も、頭を冷やして考えればそう高くはない。



街の被害を承知で確実に人命を守る、結果の波が小さい手をとるか。

無傷から滅亡まで、結果の波が大きい手をとるか。


人命を何より最優先すれば、どちらの手をとるかなんて簡単だ。

【条件付確率演算Ⅶ】コンディショナル・プロバビリティを使うまでもなかった。






「……成程」


どうやら僕も周囲と同じく、冷静さを欠いていたようだ。

落ち着いた僕はただ黙って頷いていた。



「ホエールが到来するまでに、何としてでも民を避難させましょう。……無論、市民の避難が完了すれば今度はホエール撃退に命を懸ける番です。その際はケースケ様、是非ともご協力願います」

「はい。勿論」















――――けれども、現実はそう簡単にはいかない。


市民を確実に守る手も、元凶を迎撃する手も。

迫り来る『津波』は、どちらの選択肢も選ばせてはくれなかった。






ザッパアアアァァァァァァァァン!!!

「「ッ!?」」



まるで水中で巨大な爆弾が炸裂したかのような、轟音。

僕もトラスホームさんも、通りに並ぶ市民も揃って海を眺める。



「なっ!?」

「何事ですか!?」


港を出てすぐの海。

ついさっきまで穏やかだったハズの、水面に立ち上るのは……巨大な水飛沫。



「この水飛沫は……っ」

「まさかコレ……」


その水飛沫が降りやめば……中から姿を現したのは、ゴツゴツとした結晶の塊。

どんなフェリーよりも、豪華客船よりも大きな、青い輝きを放つ結晶の塊が……水中から顔を出していた。




「サファイアホエールが……来てしまったッ!」


まだ市民が多く残る市街地に――――サファイアホエールは、遂に到達してしまった。

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『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで』巻末付録

 
 
 
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そして————数学嫌いの克服を目指す皆様の心に
 
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