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20-10. 波Ⅱ

項垂れるトラスホームさんに肩を貸しつつ、港へと向けて林の小道を引き返す。



「……ん?」


のだが、何か違和感を覚える。

まるでさっきと違う林、違う小道を通っているような……道は間違えていないし、同じ道を引き返しているだけなのに。

何でだ? 何だこの感覚は?



「林が……妙に静かですね…………」

「成程、そういうコトか」


そうだ、ソレだ。この違和感の原因は。

左右に広がる林がやけに静かなのだ。


鳥の囀りも、虫の声さえも聞こえない静寂。

僕達の草葉を蹴って進む足音しか聞こえないなんて……自然の中にいながらにして不自然。

却って不気味ささえ感じる。



「……津波の予兆、ってヤツか」


聞いた事がある。地震の前には色々な動物が変わった行動を取るって話を。

ココに棲んでいる鳥や虫達も、きっと異変を感じ取っているのかもしれない――――



カンカンカン!

カンカンカン!

「この音は……」

「三点打鐘です…………」


その上、街からは危急を告げる鐘の音が響いてくる。


……マズい。マズいぞ。

津波警報旗に三点打鐘、このままじゃ街がパニックに陥りかねない。


そうなったらもう、津波が街ごと市民を――――




「……急がなきゃ」


そんな事を考えてる場合じゃない。

今はとにかく港を目指すのだ。



「余裕はもう幾許(いくばく)も御座いません……。早く街へ、民のもとへ……」

「はい。しっかり掴まってて下さいよ、トラスホームさん!」


トラスホームさんを担ぐ腕にもう一度力を入れ、早足で街を目指した。











「……着いた」


ぐったりとしたトラスホームさんを抱えつつ、なんとか市街地の端まで辿り着く。



「大丈夫ですかトラスホームさん?」

「ハァ、ハァ…………はい、なんとか(わたくし)は……」


とかトラスホームさんは言っているが、全然大丈夫じゃない。

貧血の身体に鞭打ってきたのもあり、顔は変わらず蒼白。今にも死にそうな呼吸を繰り返している。




――――そして、大丈夫そうじゃないのはフーリエの街も同じだった。




「やばい! 逃げろォ!」

「今度は『津波』かよ!」

「急げ急げェッ!」


街に着いた僕達が最初に目にしたのは……通りを目いっぱいに並んで迫り来る群衆。

高台の領主屋敷へと一目散に走る、フーリエ市民の一塊だった。



「ふう、良かった。トラスホームさん、市民の避難はちゃんと始まってるみたいですよ」

「……いえ。そうでも御座いません」

「えっ?」


走り来る群衆を見て一瞬の安堵を感じてしまった僕。

……それに対し、トラスホームさんの貧血ながらも鋭い眼は見逃していなかった。


フーリエ市民の、その表情を。



「あの様子は……()()、ではありません。()()()()()おられます」

「にっ、逃げ惑って……」



その表現は、間違いなかった。


段々と近付き、そして通りの端に佇む僕とトラスホームさんのすぐ傍を通り過ぎて行く市民の流れ……その中に、冷静さなんて欠片も無かった。

フーリエは総じて混乱に陥っていたのだ。






鳴り響く三点打鐘に追われるように、駆ける市民。

その眼には丘の上に聳える領主屋敷しか映らず、周囲の状況なんて気にも留まらない。

逃げる事しか頭にない。


ともすれば押し合い圧し合いの、激しい人の流れ。

1人が転べば、その後ろを走る何十人の市民を巻き添えにしかねない。



躓けば一巻のお終い、だが足を止める事はできない。

言うなれば……何百何千人という人間の、短距離走。


トラスホームさんの言う通り、これは避難なんかじゃない。

正しく、逃げ惑っていた。






「そして、このような混乱状態で最も恐ろしいのが……群衆事故です」

「群衆事故……」


群衆事故……俗にいう、将棋倒し状態だ。

なぜそれが最悪の状態かというのは、頭の悪い僕でも簡単に想像できた。



――――次々に将棋倒しになり、身動きが取れなくなる市民。

怪我人が続出し、場合によっては人々の体重で圧死する人も出かねない。

しかし、その背後からは迫る津波の脅威。


もし、こんな事が起きてしまったら、フーリエは……――――




「……ダメだ」


絶対起こさせちゃいけない。そんな事。

いや、絶対起こさせない。




そう感じた僕の身体は……無意識に動いていた。




「皆さん落ち着いてェェッ!!! 焦らずゆっくりィィッ!」



無数の市民が駆ける通りに向かって、僕は通りの端から声の限り叫んでいた。

僕自身も驚くような、今まで出したこともない声量で。




「落ち着いてェッ!!! 急がなくて大丈夫だからッ!!!」


数人は僕の方へ振り向いてくれるものの、果たして耳に届いているかは分からない。

市民に伝わっているかは分からない……けど、絶対に最悪の事態だけは防がなきゃならない。



「冷静にィィィ!!! ゆっくりゆっくりッ!!!」


冷静さを保てているからこそ、僕達が市民にも冷静さを取り戻させなきゃならない。

……身体の内側から滾ったそんな責任感が、喉を震わせていた。




「けっ……ケースケ様…………(わたくし)も手伝います――――

「いや」


トラスホームさんの申し訳なさげな眼が横目に映るが、敢えて目を合わせずに断る。

……大丈夫、トラスホームさんの領主としての気持ちは十分伝わってる。だからこそ、僕はトラスホームさんと一緒にココまで来たのだ。


やるなら最後まで全力でやってやるよ。

1人残さず、フーリエの市民を津波から守ってやる。



「それよりトラスホームさん、ゆっくり深呼吸して早く回復してください」

「……承知しました」


こう言っちゃなんだけど、肩貸して歩くのもしんどいんだからな。

トラスホームさんには回復に徹してもらうことにして、とにかく僕は声掛けを続けつつトラスホームさんと一緒に港を目指した。











「落ち着いて! 落ち着いて避難しましょう!」


声掛けによる避難誘導を続けつつ、人の流れに逆らって街の中心の港へと向かう。



「……だいぶ落ち着いて参りましたね」

「はい。これならなんとか」


その甲斐あってか、人の流れにも若干の秩序と落ち着きが現れ始めた。

短距離走だったさっきと比べれば、今はマラソン程度。これならば1人2人躓いたとしてもなんとかなるだろう。



「このまま避難が進めば、民は全員難を逃れられる筈です」

「はい」


トラスホームさんの顔にも血色が戻り始めた。

最悪の状態はなんとか回避できたようだ。






……と思っていたんだけど。

現実はそう簡単でもなかったらしい。




「焦らなくて大丈夫です! ゆっくり進んでください!  ……って、あれ?」

「民の流れが……滞り始めている?」


順調に高台へと進んでいた人の流れが、段々と遅くなっていき。

そしていつしか、進んでいるのか止まっているのかも分からない程になってしまった。



「やばい……このままじゃ俺ら『津波』に……」

「早く……早く進んでくれよぉッ」


至る所から『津波』『津波』という不安げな声が上がり、落ち着きを取り戻していた市民に不安が蘇る。




「このままでは避難が間に合いません……っ」

「クソッ、港までもう少しだってのに!」


流れに逆らって港を目指していた僕達も身動きが取れず、足を止めざるを得ない。

……何で? 何で流れが止まっちゃったんだよ?



「何が起きてるんだ一体?」


人混みの上から顔を出し、何が起きているのかを窺う……が、特に何かが起きている様子はない。



「まっ、まさか……領主屋敷が市民でいっぱいに……?」

「いえ。屋敷の庭園ならば市民全員を迎え入れても余裕が御座います」


となると……その理由は一体……。




「……渋滞です。ケースケ様」

「じゅっ、渋滞……」

「左様です。屋敷へと向かう道で、混雑が起きております」



……言われてみれば当たり前だった。


領主屋敷は十分に広いが、フーリエの街から領主屋敷へと向かう道は1本だけ。

避難する市民は、必ずその道を通らなければならない。

そして、その道は……上り坂。


となれば……どれだけ屋敷にキャパシティがあろうと関係ない。

その道が混むのは、必然だった。






――――そして、不運とはよく続くモノだ。



「領主様! 領主様ァッ!」



人混みの中から響いてくる、トラスホームさんを呼ぶ声。

段々と声は近付き、人混みがモゾモゾと動き始める。



「領主様……此方に居られましたか!」


市民を掻き分けながら僕達の前に現れたのは……武器を携えたフーリエの衛兵さんだった。



「領主様、報告致します!」

「現状を簡潔にお願い致します」

「はい!」


トラスホームさんの手前まで歩み寄ると、石畳の通りに跪く衛兵さん。

短く返事を返すと、報告を始めた。




「津波警報時のマニュアルに則り、警報旗の掲揚、三点打鐘による避難勧告、漁船の係留が完了しました!」

「了解、有難う御座います」

「そして現在、漁師と衛兵は避難誘導に向かっている所です!」

「了解しました。この通り、相当混雑しているので大至急お願い致します」

「はいッ!」


……そっか。衛兵さんと海の漢達も避難誘導に入るのなら、この渋滞もすぐに収まるだろう。

津波が来る前に全員が避難できるハズだ。




すると、衛兵さんは少し項垂れると……再び口を開いた。



「……ただ、一つ問題がありまして」

「問題、ですか。 …………心当たりは御座いますが、報告して下さい」


トラスホームさんの表情も、神妙な面持ちになる。



「はい。……つい先程、ギルドから詰所に連絡がありまして……冒険者不足のために、『津波撃退部隊』が準備できないと」

「やはり、ですか…………」


その事実を聞き、衛兵さんと一緒に項垂れるトラスホームさん。


そっか、津波撃退か……。











……ん?



津波撃退?


津波撃退!?




ちょっと待て待て待て。どういう事だ?

自然災害の津波って、何とかして撃退できるモンなのか!?




「トラスホームさん、『津波撃退』ってどういう意味ですか?」

「ああ、ケースケ様はご存じありませんでしたか」


するとトラスホームさんは――――フーリエの『津波』について、教えてくれた。




「もうフーリエが狙われた今、名前を伏す意味も御座いませんね。……この街で『津波』と言えば、それが指すのは単に『大きな波』では御座いません」

「……と言いますと?」

「魔物・サファイアホエール、それこそが『津波』の正体です」

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本作は、以下リンク(後編)に続きます。
以下リンクからどうぞ。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで eˣᴾᴼᴺᴱᴺᵀᴵᴬᴸ

本作の『登場人物紹介』を作りました。
ご興味がありましたら、是非こちらにもお越しください。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで』巻末付録

 
 
 
本作品における数学知識や数式、解釈等には間違いのないよう十分配慮しておりますが、
誤りや気になる点等が有りましたらご指摘頂けると幸いです。
感想欄、誤字報告よりお気軽にご連絡下さい。
 
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どうか、この物語が
 
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そして————数学嫌いの克服を目指す皆様の心に
 
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