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20-8-1. 『プータロウ灯台がプータロウになったワケ』

そんな訳で、良い景色を一通り堪能した僕達は。



「では、私は定期点検作業に入ります。2、3時間くらいでしょうか……昼過ぎ頃には終わりますので、皆様はご自由にお過ごしくださいね」

「「「「「はい!」」」」」

「「「「わん!」」」」


トラスホームさんが定期点検を行っている間、しばらく灯台周辺で自由行動になった。


灯台の展望台に残って海を眺めたり、トラスホームさんの点検する姿を後ろから眺めてみたり、あるいは磯に下りて遊んだりと……皆思い思いに散らばっていった。




……さて。

それじゃあ僕は、一通り皆の様子を確かめて回りますか。











「ふうぅ…………心が休まります」


自由行動となってからも、灯台の展望台に独り残っていたのはシン。

柵に手を掛け、目を瞑って風を感じている。


「シンは1人でココに残ってるのか」

「はい。なんだかココに居ると……コースやダンに振り回される日々から、心身をリセット出来るような気がしまして」

「そっか。毎日お疲れ様だね」

「ありがとうございます」


……とても心地良さそうだし、1人にさせてあげよう。

シンの邪魔にならないように退散だ退散。






そんな展望回廊から灯台内に戻ると……地上に戻る螺旋階段しか無かったハズの踊り場に、謎の梯子が出現していた。

梯子の続く先を見てみれば、コレまた天井に謎の穴がポッカリと出現している。



「何だろう……?」


とりあえずその梯子を登ってみると……行き着いたのは、天井裏の広い空間。

全面がガラスで囲まれ、様々な機械や機器がズラリと並び……そして作業着姿のトラスホームさんが作業をしていた。



「……良し、光源器は問題有りませんね」


どうやらココが灯台の光をつくり出す部屋、灯室だったようだ。



「レンズも問題無し。このままで良さそうです」

「「「わん!」」」


おっ、幼犬ズも一緒に居たのか。

なにやら真剣に点検の様子を見つめているけど……何か面白いモノでも見つけたんだろうか?



「回転機は……少し軋んでいますね。潤滑油を差しておきましょう――――

「わん!」

「おお、油差しですか。ありがとうございます」


……なんて事を考えていると、クーゴが油差しを咥えてトラスホームさんに差し出した。



「非常用の魔導通信機は……送受信は大丈夫そうですが、少し埃が積もってますね。軽く拭いておきましょう――――

「わん!」

「ありがとうございます。皆さんのお陰で作業が捗りますよ」


今度はサンクが布を咥えて待っていた。


……どうやら彼ら、トラスホームさんの助手についていたようです。

やるじゃんか幼犬隊。




「おお、ケースケ様。いつの間にいらっしゃったのですね」

「あっ、ごめんなさい。点検の邪魔しちゃって」

「いえいえ。……それより、ウルフの皆様は本当に気が利きますね。(わたくし)が何か必要だと思った時にはもう差し出されているのですから」


あぁ、さっきの助手やってたヤツか。



「そう言ってくれると彼らも喜びますよ」

「この気配りの良さ、流石は魔王に仕えていただけの事はありますね」

「確かに」


……そうそう、トラスホームさんには幼犬隊の正体を伝えてある。

フーリエ市民には秘密にしているけど流石に領主にまで黙っておくわけにはいかないよね……って事で、トラスホームさんにだけは出会った経緯から何から何まで一通り報告しておいたのだ。



「ケースケ様。もう少々、ウルフの皆様をお借りしても宜しいでしょうか?」

「彼らが良いと言うのならば是非是非。……どうだ、お前達?」

「「「わんッ!」」」


……目がキラキラ輝いていた。

スッゲー楽しそうだし、折角なのでもう少しトラスホームさんの下でお手伝いしてもらおう。











灯台を下りて周囲を見回してみると……灯台広場の隅にシンの長剣とダンの大盾、それにアークの槍が放置されている。

そしてその下、丘を下った先からは楽しげな声が響いてきている。



「おっ、皆磯遊びしてるな」


見下ろすと、丘を下った海岸はゴツゴツの岩でできた磯場。

残りの皆はあそこで遊んでいるみたいだ。



「よし。僕も行ってみるか」


とりあえず、彼らの様子を見に海岸へのなだらかな坂道を下った。






「うおおー! お魚がいっぱいだー!」

「わん!」

「ほんとだ。潮の満ち引きで取り残されちゃったのね」


コースとチェバ、アークが居たのは波打ち際から離れた辺り。

岩場の潮溜まりで泳ぐ魚を覗いている。



「ねーねーアーク! このお魚獲ろーよ!」

「わたしは良いけど……釣竿も網も無いのにどうやって獲るの?」

「素手で!」


……素手で!?



「けっこう魚の動きも素早いけど……いけるかしら?」

「うん! こーすればイケるよ!」


そう言って取り出したのは……魔法の杖。



「コレを使って……【冷却Ⅳ】(クーリング)!」


握った杖の先を潮溜まりに向け、何やら【水系統魔法】を発動。

潮溜まりの中を元気良く動き回っていた魚がみるみる動きを鈍らせていく。



「まさかコース、お前……水温を下げて……」

「魚を仮死状態にさせるってこと?」

「そーそー! 大正解(だいせーかい)だよ!」


そんな間にも潮溜まりの魚達は続々と動きを止め。

終いには、コースの狙い通りお腹を見せてプカプカと浮かんでしまった。


こうなったらもう取り放題だ。



「うわ冷たっ……けどほらほらアーク、お魚ゲットだよ!」

「凄い……見直したよ」

「やるじゃないコース!」


そして宣言通りの魚を素手掴み。

これにはアークも僕も手放しに褒めるしかなかった。






――――だが、問題はその先だ。




「それでコース、その魚はどうするのかしら?」

「食べる!」


えっ、食べるの!?



「チェバがねー」

「わんっ!?」


まさかの御指名。

チェバもビックリだよ。



「はい! 食べて!」

「くぅん……」


からの有無を言わさず押し付け。

……コースの命令とはいえ、流石のチェバもピチピチ生きている魚には口を開かない。



「待て待てコース、嫌がってるじゃんか。大体その魚は何て名前なんだ?」

「知らないよー」


……お前っ、得体の知れない生魚をチェバに食わせようとしてたのか!?



「おいおいおい! 毒でも持ってたらどうすんだ!」

「んー……じゃあ、アークの魔法で焼き魚にすれば良っかなー?」

「えっ、焼くってこと?」

「うん! おねがーい」

「まあ、いいけど……【火源Ⅳ】(ファイア・ソース)


アークがそう唱えれば、現れた小さな火の玉が魚を炙っていく。

確かに生魚ではなくなったけど……そういう問題?



「おっ、いー感じ! はいチェバ、あーん」


そしてコースの懲りない押し付け。

焼き魚を口元に近づける。



「…………わむっ」


チェバ、無言でパクッと食べた。




「「……えっ!? 食べるの!?」」


思わず僕とアークも驚いてしまった。

もっと嫌がれよチェバ、得体の知れない魚なんだぞ!




「どーう? おいしかった?」

「…………」


無言無表情でモグモグを続けるチェバ。

味を確かめる。



――――そして、答えは出たようだ。






「……くぅん」

「おっと」


僕に飛びつくチェバ。

辛うじてお腹で受け止めると……チェバはそのまま白衣に顔を埋めてしまった。


……あー。この様子……相当に不味かったんだな。あの魚。



「良し良し。ヒドい姉ちゃんだったな」

「くぅん……」

「あぁーッ! チェバごめんー!」

「チェバ、今日は僕と一緒に行動するか?」

「……わん」

「ごめん! ごめんねチェバ!」






……ただ、流石はコースとチェバの絆と言うべきか。そう脆くはなかった。


10分も経つとチェバの機嫌は復活し、僕のお腹から飛び降りると。

その後は何事も無かったかのように、再びコースとアークと磯遊びを続けていたのでした。



……何事も無くて良かったよ、本当に。

絆的にも、身体的にも。







さて、残すは最後の1人。ダンだ。

さっきから見るたび見るたび、ずっと波打ち際で何かを投げてるんだけど……1人で何やってんだろう?



「ダンは何やってんだ?」

「ああ、先生。俺は……石を投げて、あの岩の上に乗っけられるかに挑戦してんだ」


そう言ってダンが指差すのは、10mほど離れた先にある海面から突き出した岩。

上面がまるで削り取られたかのように妙に平らになっている。


そして、ダンの足元には波に打ち上げられた大量の石ころ。



「へぇ……面白そう」

「だろ? なんか成功したら良い事起こりそうじゃねえか」

「かもな」


観光地とかでたまに見かけるな。こういうの。

小銭を投げて、壺やら穴やらに入れば幸運が訪れる的なヤツだ。



「けどよお。俺……もう100個位投げてんだけど、全然乗らないんだぞ。たまに波に邪魔もされるし、なかなか岩の上で止まってくれねえんだ」

「成程」


見ていれば、たまに押し寄せる強い波がバッシャーンと岩を丸ごと飲み込む。

そのせいで上面は濡れているし、波にも邪魔されるしで難易度は高い。


100個投げて決まらないのも納得だ。



「先生もちょっと試してくれよ。なっかなか決まんねえから」

「…………おっ、言ったなダン」




――――ただ、このゲームも僕に掛かってしまったが運のツキ。

ダンが100回掛けても届かなかったその幸運、僕が全部掻っ攫ってやるよ。



「フッフッフ。……見とけダン、一発で決めてやる」

「一発? そんなまさか――――


そうして、僕はおもむろに足元の石ころを1つ拾うと。

ターゲットの岩へと放物線を描くように、石ころを投げ上げた。





【乱数Ⅷ】(ランダム)が暴走しない条件下で……この石が岩に乗っかりますように!  【条件付確率演算Ⅵ】コンディショナル・プロバビリティ!!」


――――勿論、【演算魔法】付きで。
















「よっしゃよっしゃ。今日は良い事がありそうだ」


岩の上面、それもド真ん中に鎮座する石ころを唖然と見つめるダンを尻目に磯を歩く僕。

……すると、丘の上から人影がコチラへと向かってくるのが見えた。足下には3匹の幼犬もついている。


トラスホームさん、点検が終わったみたいだな。



「お疲れ様です」

「有難う御座います、ケースケ様」



少し疲れた様子のトラスホームさん、磯まで下りてくると点検セットを置いて岩に腰掛ける。



「ああ、そうだ。ウルフ隊の皆様をお借りして、本当に助かりました。お陰で点検が1時間も早く済みましたよ」

「いえいえ」


……1時間も作業が短縮したのか。凄いな、幼犬隊の助手能力。



「1つ1つ工具を手渡して下さるので、持ち替える手間が省けましたから。……それに何より、このクーゴ様です。ある程度の文字が読めるらしく、(わたくし)が『問題なし』と告げた項目は彼がチェックを付けて下さったのですよ」

「マジですか」

「わん!」


そう言って点検のチェックシートを見せてもらうと……確かに『異常なし』だった項目のレ点だけ、強くて太い線。トラスホームさんの筆跡とは明らかに異なっていた。

本当にクーゴが付けたみたいだ。



「やるじゃんか、クーゴ。お前頭良いんだな」

「わんっ!」


クーゴも自信ありげに吠える。

……これは見直したよ。これからも注目の一頭だ。






とまぁ、一仕事を終えたトラスホームさんが一息ついたところで……気になっていたことを一つ、尋ねてみることにした。



「トラスホームさん。この灯台について1つ伺っても良いですか?」

「無論です。(わたくし)の知る範囲であれば何でもお答えしましょう」

「では。……実はこの灯台の存在を知ったのは、鍛冶工房に勤めている僕の友達の加冶くんからでして」

「ああ、カジ様でしたか! (わたくし)もいつもお世話になっておりますよ」

「で、その時に彼曰く『あの灯台は全然働いてないんだ』という話を聞きまして」




∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴



アレは昨日の夕暮れ、鍛冶工房を出る時の事。

初めてフーリエに灯台があるという事を知った僕に、加冶くんはこう言ってたんだよな。



「あそこですよ、あの岬の先っちょに」

「……あっ、本当だ。あんなところに灯台が有ったのか。知らなかった」

「有るんですよ。ただ、あの灯台が光を照らしてるところは見た事無いんですけどね」

「へぇ、折角あるのに動いてないのか。勿体ないな」

「プータロウ灯台ですね」

「なんだよプータロウ灯台って」



∂∂∂∂∂∂∂∂∂∂




「……だから、彼曰く『あの灯台はプータロウ灯台なんだ』って」


すると、堪えきれずハハハッと笑うトラスホームさん。

ツボに嵌まってしまったようだ。



「プータロウ灯台、ハハッ…………左様です。この灯台、現在は使っておりませんので」


どうやら本当にプータロウ灯台のようだ。

……けど、折角こんなに良い設備が有るのにどうして使われてないんだろうか?


そう尋ねると、トラスホームさんは答えてくれた。




「お恥ずかしい限りですが、理由は明快です。フーリエの冒険者不足で燃料が得られず、ここ1、2年やむなく照射を停止しているのです」

「燃料不足……」

「左様です。灯台の明かりには特殊な燃料が必要でして、調達依頼をギルドに出しても人手が集まらないのですよ」

「成程」


そういやフーリエギルドの依頼掲示板、冒険者不足で何ヶ月も何年も張り出され続けている高難易度依頼が多いんだったよな。

この灯台もその中に埋もれてしまった犠牲者、ってワケか。



「僕達が出来るのであれば、いつでも言ってください。力になりますので」

「はい! 是非是非頼りにしております!」


……普段は真面目で謙虚なトラスホームさんも、ココばかりは譲れなかったようだ。

予想外の喰いつきに僕も苦笑してしまった。











そんな訳で、プータロウ灯台がプータロウになったワケを知った僕。

すると、そんな磯にもう1人の人影が丘から下りてきた。



「先生!」

「おっ、シン。お帰り」


最後まで展望回廊に残っていたシンだ。



「リラックスできたか?」

「はい。中々気持ち良かったです。お気に入りの場所になりました」

「そっかそっか。それは良かった」




すると、シンの顔がトラスホームさんに向くと……スッキリしていた表情を少し曇らせて尋ねた。



「ところでトラスホームさん、ちょっと気になる出来事が有ったんですが……」

「何でしょうか、シン様?」


「さっき、展望回廊から海を見てた時、何やら漁船が一斉に港へと戻っていくのが見えたんです。何か不思議だなと思いまして」

「左様ですね。そのような事は滅多に御座いませんが……」


そうだな。考えられることといえば……今日これから、何か催し物でもやるとかだろうか?



「いえ、そんな報告は聞いておりませんよ」

「不思議ですね……」


考え込む僕達。

……そんな中、新たに何かを思い出したシンが口を開いた。



「あ、そうそう。そんな船のうち、数隻が同じ模様の旗を掲げてました。大きかったので灯台からでもハッキリ見えましたよ」

「へぇ。皆同じ模様か」

「シン様、どんな物でしたか?」

「えーと……赤と白の格子模様、シンプルなデザインの旗でしたよ」





















――――そう、シンが告げた途端。











「……………………まっ、不味い」




そう呟いたトラスホームさんの顔は、真っ青になっていた。

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本作は、以下リンク(後編)に続きます。
以下リンクからどうぞ。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで eˣᴾᴼᴺᴱᴺᵀᴵᴬᴸ

本作の『登場人物紹介』を作りました。
ご興味がありましたら、是非こちらにもお越しください。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで』巻末付録

 
 
 
本作品における数学知識や数式、解釈等には間違いのないよう十分配慮しておりますが、
誤りや気になる点等が有りましたらご指摘頂けると幸いです。
感想欄、誤字報告よりお気軽にご連絡下さい。
 
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そして————数学嫌いの克服を目指す皆様の心に
 
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