20-7. 灯台Ⅰ
翌日。
朝早くから家を出た僕は、海の方へと街中を歩いていた。
「……やっぱりココからじゃ見えないよな、灯台」
今日の目的は例の灯台。
昨日の夕方、加冶くんのフーリエ鍛治工房から見えた細長い影……アレがどうしても気になっちゃった僕は、ソレを探しにフーリエの街を散策することにした。
今日は一日フーリエ探検なのだ!
「夜の海を照らす、巨大なロウソク……気になります!」
「どんくらい大っきいんだろー?」
「しかもテッペンまで登れるんだよな!」
「ええ。上は展望台にもなってるらしいし……きっと良い景色が見れるかもね」
「わん!」
ちなみに、その事を話すと皆もついて来た。そして完璧に装備を整えている。
……別に街から出るつもりも魔物と戦うつもりも無いけど、彼ら曰くそれがフーリエ『探検』に相応しい恰好なんだとか。まぁ好きにすればいいさ。
かくいう僕も白衣にナイフにいつも通りのリュックなので他人の事は言えない。
「お前達も迷子になるんじゃないぞ。良いか?」
「「「わん!」」」
ついでにフーリエ探検と聞いて幼犬隊も3頭ついてきた。
今日の日替わり散歩担当はインク、サンク、クーゴのようです。
ということで、総勢5人と4頭。案外大きな集団になっちゃったけど……まぁ、探検するなら人数が多い方が心強いしな。
「それにしてもだ。俺もう2ヶ月も住み続けて、てっきりフーリエの事を知った気で居たんだが」
「まだそんなスポットが有ったなんて驚きです!」
「うんうん! 街の人からも『灯台』とか聞いたコトないしねー!」
「これは隠れた名所に違いありません!」
確かに。
昨日の夕方に見た感じだと……灯台が立っているのは、領主屋敷のある丘から街と反対側に進んだ先の岬。
それこそ鍛冶工房のような辺境の地でなければ、街のほとんどからは丘の陰になって見えないのだ。
地元民のみぞ知る、秘密の場所……とかだったりして。
「……ところで、ケースケ」
「ん?」
なんて事を考えていると、後ろを歩くアークから声が掛かる。
「ケースケは灯台までの道、知ってるの?」
「いや。知らない」
「「「「えっ」」」」
当然のように驚くけど……そりゃそうじゃんか。
探検なんだから。
「となると先生、私達はいまドコへ向かってるんですか……?」
「そりゃあ……決まってるじゃんか」
分からないなら、知ってる人に聞くのだ。
勉強と同じように。
「フーリエに一番詳しい人の所だ。灯台について聞きに行くんだよ」
「……なるほど! あのお方ですね!」
「おぅ」
フーリエに一番詳しい、あのお方といえば…………勿論、僕達も知っているあの人しか居ない。
その名を以って街の名とする、港町・フーリエの領主。
トラスホームさんだ。
「これは勇者様方、おはようございます。本日は如何様で?」
「どうも。トラスホームさんに用があって来ました」
「そうでしたか。どうぞ」
領主屋敷の正面に辿り着けば、顔パスで玄関の扉を開いてくれる門番さん。
中に入れば、すぐさま使用人さんも執務室へと案内してくれる。
……なんだかセキュリティがガバガバな気がするけど、まぁ領主さんもしっかり者だ。その辺はちゃんとやってるんだろう。
階段を上がって最上階の執務室にお邪魔すれば、そこにはいつも通り執務机に座るトラスホームさんが。
今日も紺のスーツでビシッとキメている。
「はい、御座いますよ。此処から歩いて30分程のところに」
「本当ですか!」
お忙しいところ失礼して尋ねてみれば、アッサリ答えをゲット。
結構ココから近いようだし、立入禁止にもなっていないみたいだし、意外とゴールはすぐそこのようだ。
「皆さん、これから灯台に行かれるのですか?」
「はい。ちょっと気になって、是非行ってみたいなー……なんて」
「左様でしたか。では、今から私が皆様をご案内しましょう」
……えっ?
トラスホームさんが? 直々に?
「いやいやそんな、トラスホームさんのお仕事に迷惑を掛ける訳にはいかないですよ。道を教えてくれれば僕達が勝手に――――
「そうでも御座いませんよ。実は丁度4日後に灯台の定期点検を行う予定でしたし、それを兼ねればむしろ好機とも」
「……そっ、それならば」
なんという人だ。
こんな僕達の突然の訪問に文句ひとつ言わず、しかもこの対応。
神か? 神なのかこの人は?
……なんて事は置いといて。
その後、トラスホームさんが執務スケジュール調整と定期点検の支度を終えると。
「それでは皆様、参りましょうか」
「「「「「はい!」」」」」
屋敷の使用人さんに見送られながら、僕達は作業服姿のトラスホームさんを先頭に領主屋敷を出発した。
「子どもの頃は私も独りで何度も通っていました。懐かしいですね」
「へぇ」
領主屋敷を出て大通りを歩きつつ、昔を思い出しながらトラスホームさんが呟く。
「道順も簡単。屋敷から1回曲がるだけですし、当時の私にはお気に入りの場所でもありました」
「そうだったのね。……ちなみにトラスホームさん、曲がるのってどこなのかしら?」
「ああ。このままだと街まで戻っちまうけどよお……」
そういえば、フーリエの市街地を抜けてから領主屋敷までこの通りは一本道。それも僕達がついさっき来た道だ。
横にそれる道なんて――――
「フフッ。其れがポイントなのです」
すると、トラスホームさんの身体がスッと90°右に回る。
「此処ですよ此処」
「まっさかー! そんなウソ引っかかんないよー!」
「右も左も森じゃねえか。道なんて――――
あった。
木と木の間を縫うように走る、林の中の獣道が。
「「「「「ぬぁっ……?!」」」」」
驚き過ぎて変な言葉が出てしまった。
……こんな所に道が!?
「今まで全く気付かなかったわ……」
「私達、もう何度も領主屋敷にお邪魔してるというのに……」
「確かに、此れは知らないと道には見えませんよね」
まさに目から鱗ってヤツだろうか。
港町だけに。
そんな獣道に、次々と吸い込まれるように入っていく僕達。
舗装されていない、草の生い茂る道を進む。
右も左も林。海鳥の鳴くフーリエ市街地とは打って変わり、周囲を包むのは虫の声。
土の香りが潮の香りにとって代わる。
サッサッと僕達の草を踏みしめる足音も心地よい。
「自然豊かですね」
「左様です。それにこの林、獣道と言いながら獣も魔物も出ない。多くの小動物や野鳥の棲家になっているのですよ」
「へぇ」
「フーリエの民の中でも知る人の少ない小道ですが、野鳥観察家や写真家には有名のようです」
確かに、よーく耳を澄ましてみればあちこちから色々な鳥のさえずりも聞こえる。
居るだけで心が落ち着きそうだ。
いやー、まさか身近にこんな所が有ったなんて。
コレだけでもフーリエ探検、十分な収穫が得られたんじゃないかな。
……って、ダメダメダメ! まだ満足した気になっちゃいけないぞ僕!
あくまでも今日のゴールは灯台なのだ。
「トラスホームさん、灯台まではあとどのくらいですか?」
「ふむ……あと10分程でしょうか。この丘を回り込むようにぐるりと進めば、もう間もなく見えてきますよ」
よしよし。ゴールはもうすぐソコだ。
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「…………………………ほー……ほー……ほー」
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