20-4. 研究
「ふぅ……やっと着いたよ」
「「「わん!」」」
漁師さん方と幼犬とをなんとか引き剥がし、迷子になる前に3頭とも回収した僕。
もう既に往路の時点でクタクタになっちゃったものの、なんとか今日の本題であるフーリエ鍛冶工房に辿り着きました。
煙突からは煙が立ち、入口の暖簾の前に立てばジワジワと中からの熱気が伝わる。
「ごめん下さい」
「なんじゃらほーい!」
そんな暖簾の奥に声を掛ければ、返ってくるのはこのセリフ。
彼の死語ラッシュは今日も健在のようだ。
「何か御用か九日十日……って数原くんだったのか! お久しブリーフ!」
「おぅ。久し振り」
そうして出てきたのは、50過ぎの汗だくチョビヒゲおじさん……の顔をした加冶くん。
コイツの老け顔も健在のようだ。
「もしや、このタイミングで君が来てくれたって事は?」
「あぁ。この前の手紙、ちゃんと読んだよ。……アレが欲しいんだとな?」
「欲しいです欲しいです!」
「ちゃんと持ってきたよ」
「サンキューベリマッチョ! ささっ、どうぞどうぞ入ってちょ!」
そう告げるや否や、途端に腰が低くなる加冶くん。
早速暖簾を開いて案内してくれる。
「それじゃあお邪魔しま……あっ。ちなみに加冶くん、コイツ達も一緒に入って大丈夫か?」
「コイツらというのは――――おぉ!」
僕の足下でチョコンとお座りしている3頭が加冶くんの目に留まる。
「かわゆいッ! 話に聞いた通りのかわゆさ、コレが噂の数原くんのワンちゃんかあ!」
「そうそう。左からインチ、サザン、ナナンだよ」
「なるへそ! ……インチくん、サザンくん、そしてナナンくん。こんにチワワ! シクヨロです!」
「「「わんッ!」」」
「ウヒョーッ!」
その可愛さに汗だくチョビヒゲおじさん、悶絶。
「……で、この子達も一緒に良いかな? ダメなら外で待たせるけど」
「そんなバナナ! この子達も是非一緒に入ってちょ! 炉があるから火傷だけは気を付けて下さいね」
「勿論。ありがとな」
「「「わんわん!」」」
という事で、僕とインチ、サザン、ナナンはフーリエ鍛治工房にお邪魔した。
加冶くんに勧めてもらった椅子に座り、ついでにお茶もご馳走になる。
軽く世間話も交わし、往路の疲れも抜けてきたところで……さぁ、本題だ。
「それでは加冶くん。お待たせしました」
「おっ! もしや……?」
「この前の手紙で加冶くんが散々おねだりしていた――――
そう言ってリュックから取り出したのは、もう見慣れた蒼透明の鉱石。
ソレを3個、作業机に並べる。
「じゃーん。ご所望の純ユークリド鉱石3個です」
「おぉォォォッ! 出た!」
「サイズはちょっと小さめだけど、こんなんで良いかな?」
「モチのロンですとも!」
並べられた鉱石を前に目を輝かせる加冶くん。
「これ全部、アッシが貰っちゃっていいんかい?」
「良いよ、同級生価格って事で。……ってか分かってて聞いてるだろ」
「いえいえ。蟻が10匹アリガトウです」
「どういたしまして」
そう言い、鉱石を工房の鍵付き棚にしまう。
「……それにしても、あんな手紙を出されちゃコッチも断れないじゃんか」
「いやー、そりゃメンゴメンゴ」
この前の加冶くんからの手紙……その内容は一言でいえば『純ユークリド鉱石を3個ちょうだい!』。
隠すこともない、烏滸がましさ丸出しな手紙だったけど……むしろ却って『仕方ないな』と思うくらいにスッキリしたおねだり具合だったな。思わず負けてしまったよ。
勿論、相手が同級生でもない一般人なら『冒険者ギルドから仕入れて下さい』と突き放すけどね。
「本来なら鉱石1個で金貨数枚モンなんだぞ。分かってるよな?」
「モチのロン。一生ついてきます」
「そこまでは求めてないから。……ただ、僕の方からもシンとダン、アークの武器について相談したい時にはよろしくな」
「おうよ! 任せてちょーだい!」
流石は武器の専門家だ。そう言ってくれると有難いよ。
「ところでさ、加冶くん。この前の鉱石はたった1ヶ月で使い切っちゃったのか? 結構な量だったと思うけど」
「はい。実はアッシ、あれを使って色々と実験をやっていたんですが……割と鉱石の消費が速く、1ヶ月で鉱石がドロンしちまいました」
「実験?」
……どうやら加冶くん曰く、この前の純ユークリド鉱石の残り分を使って新たな武器開発の実験をやっていたらしい。
主原料の鉄と添加材の純ユークリド鉱石との配合バランスを変えて刀を打ち、彼なりに最高のユークリド含有鋼を作ろうとしていたんだって。
「武器の主原料である鉄と、添加材の純ユークリド鉱石を混ぜて作る『ユークリド含有鋼』には有名な黄金比があります。アッシもあのコマッタちゃん……あの師匠からは教えてもらったのですが、どうももっと良い『黄金比』が有るんじゃないかと思いまして」
「ほぅ。……それで研究してるって事だな?」
「そう!」
凄いな加冶くん。黄金比にただ頼ることも無く、自分の力で新たな可能性を探っているのか。
こういうのが職人気質ってヤツなんだろう。
やっぱり加冶くんは鍛冶屋向きだ。
「……で、研究結果は?」
「師匠の黄金比が最強でした」
残念ッ!
「そりゃそうですよね。いくらコマッタちゃんだとはいえ、師匠もずっと鍛冶を続けてあの歳ですから」
「確かに」
「……ただ、それでも新たな発見が1つだけ有ったんですよ!」
「おっ?」
その時の記憶を思い出してか、再び目を輝かせる加冶くん。
「どんな発見だ?」
「それがですね……純ユークリド鉱石の配合比を変えて、黄金比よりもずっと小さくした剣を打った時のことでした。ほとんど対魔物用の効果が無いくらいの量しか入れなかったんですよね」
「成程」
「で、その剣を北門の門番さんにお渡ししてブローリザード相手に試し斬りをしてもらったんです。すると…………」
「すると?」
「………………なんと、斬られたリザードが反撃してきたんですよ!」
「当たり前だろうが」
そりゃそうだよ。
「いやいや、それが只の反撃じゃなくて! なんだか斬る前より強くなってたんです!」
「強くなってた?」
「そうそう、まるで【強化魔法】でも使ったみたいに! もうオッタマゲですよ!」
「強化魔法、か……。気のせいじゃないのか?」
「いや、門番さんも『強くなってる』『不思議な剣だ』と仰ってたので間違いないです! 相手を斬って弱らせるどころか強めてしまう剣、なんとも不気味でした……」
へぇ……。
相手を強くする剣? 【強化魔法】を与える剣?
なんだか気になるなソレ。
「ならさ、今度また試してみようよ。僕も『強化魔法』っぽい事なら割と詳しい方だし、うちには剣使いも居るしさ」
「それは助かります! じゃあ……今受けている仕事が終わったらもう一度剣を打ってみるので、完成したらまたお手紙送りますね!」
「おぅ。よろしく!」
その後も、色々と情報交換をした僕達。
お互いの近況だったり、他の同級生達についてだったり、幼犬を撫でまわしたり。
そんなこんなでもう、気付けば夕方だ。
工房の入口からは、暖簾の隙間を縫ってオレンジ色の夕陽が差し込んでいる。
「……じゃあ、そろそろ帰ろうかな」
「そうですね。真っ暗になる前に」
ご馳走になった湯呑みを渡し、荷物を持って椅子から立ち上がる。
「夜は怖いですからね。痴漢や引ったくり、それに珍走団がウロウロしてますから」
「それはうちの高校周辺の話だろうが。フーリエはもっと平和だよ」
治安が良いと言われる日本の中でも、うちの高校周りだけは妙に治安が良くなかったんだよな。
コレが治外法権ってヤツだろうか。
「……っと、そんな地元トークしてる場合じゃなかった。行くぞインチ、サザン、ナナン!」
「「「わん!」」」
3頭を連れ、暖簾をくぐる。
加冶くんも外まで見送ってくれるようだ。
「うわっ、もうすっかり夕暮れじゃんか」
「結構長話しちゃいましたね。……おっ、今日も灯台がきれいに見えてますね」
……灯台?
「あそこですよ、あの岬の先っちょに」
「……あっ。本当だ」
フーリエ港や西門坂の麓をまたいだ更に奥、トラスホームさんの領主屋敷がある丘。
そこ端からちょこんと海に向かってはみ出た、小さな岬。
その先端に、短いロウソクのような灯台が夕陽の影になってシルエットを映し出していた。
「あんなところに灯台が有ったのか。知らなかった」
「有るんですよ。ただ、あの灯台が光を照らしてるところは見た事無いんですけどね」
「へぇ、折角あるのに動いてないのか。勿体ないな」
「プータロウ灯台ですね」
なんだよプータロウ灯台って。
……まぁいいや。
話はこのくらいにして、そろそろ本格的に帰ろう。
「それじゃあ、加冶くん。また今度」
「「「わん!」」」
「はい! それではアッシもドロンさせて頂きます」
……さぁ、家ではアークの鉄火丼が待ってるぞ!
急いで帰ろう!




