20-3. 漢
翌朝。
ガチャッ
「行くぞインサ、サザン、ナナン!」
「「「わん!」」」
玄関の扉を開き、3頭の幼犬と一緒に我が家を飛び出す。
「先生いってらっしゃーい!」
「わんわん!」
「おぅ。行ってくる」
見送りに来てくれたコースとチェバに手を振り、僕と3頭の幼犬は家を出た。
今日は4人を家に残して1人でお出かけ。僕個人の用事を済ませに行くのだ。
行先は『フーリエ鍛冶工房』。シンとダンの武器を拵えてくれた加冶くんの勤め先だ。
数日前に加冶くんからの手紙がウチに届いて、今日はその返事も兼ねて直接工房に向かうことにしたんだよな。
「……よしよし。ちゃんとついて来てるな」
「「「わん!」」」
足元に目をやれば、そこには僕の後をチョコチョコとついてくる3頭の幼犬。手前から一列にインサ、サザン、そして最後尾はこの中で最年長のナナンだ。
……ちなみにコイツら、特に用は無い。要はただ付いてきただけのお散歩なのです。
「とはいえインサ、お前は既に一度迷子になってるかな。僕から離れるんじゃないぞ」
「わん!」
「サザン、ナナン、お前達も後ろからインサのフォローを任せた」
「「わん!」」
こういう僕達のお出掛けに乗じて幼犬隊が付いてくる事は最近しばしば有るんだけど、何かと若手の連中は迷子になるんだよな。……特にインサは。
とはいえ今回はちゃんと中堅組2頭が付いているし、きっと大丈夫だろう。
なんて事を考えながら空き家通りを進んでいけば、西門坂との交差点に。
人や荷車が行き来する中に僕達も混ざり、港の方へと下って行く。
……んだけど、ココからが結構時間掛かるんだよなー。
「あっ、ワンちゃんだ!」
「わぅん?」
坂を下っている途中、すれ違った親子連れの女の子から声が上がる。
「お兄さん、ワンちゃんナデナデしてもいー?」
「おぅ。良いよ」
急ぎでもないし、断る理由もないのでそう答える。
「やった、ありがとー! ……よーしよしよし。いい子だね!」
「わん!」
すると、その言葉を待ってましたとばかりに駆け寄る女の子。
3頭の頭を撫でたり抱っこしたりと可愛がれば、インサやサザンも喜ぶ。
「あっ! ワンちゃんだ!」
「ホントだー!」
「お兄ちゃん、ボクも入ーれてー?」
「おぅ。良いよ」
それを見た子どももどんどん集まるが、断る理由もないのでそう答える。
そして、西門坂の一角には幼犬隊を中心にちょっとしたお団子状態が形成されたのでした。
「……まぁ、仕方ないか」
はい始まりました、いつものパターンです。
こうやって子ども達に囲まれると、彼らが一通り満足するまで結構時間が掛かるんだよな。
お出掛けにも時間を取られちゃうし大変…………だとも思うけど、僕はあながち悪くもないと感じているんだよね。
首輪もリードも着けていないのにしっかりと飼い主の後をヨチヨチ追い、それでいて吠えも噛みもせずおとなしい、そんな豆柴サイズの可愛い幼犬がいる。……という噂が街中で広がり、今ではフーリエ市民のプチ人気者となっているようなのだ。
特に好奇心旺盛な子どもと母性本能をくすぐられたオバちゃん世代へのウケは絶大。
……なんて事もあって、幼犬隊は正体をバレることも無く着々とフーリエに馴染めてきている。
市民にも認められつつあるし、仲間に引き入れた側の僕からしても嬉しい限りだ。
「ねーお兄ちゃん、この子のお名前はー?」
「ん、そいつは『インチ』だ」
「へー! インチくん、ギュッて抱いてもいー?」
「あぁ。優しく抱いてあげると喜ぶぞ」
「わかった! ギューっ」
「くぅん……」
「ワハハッ! かあーわいー!」
子ども達も楽しそうだし、幼犬隊も可愛がられてなんだか楽しそうだし。
仕方ない。この様子をもう少し見守ってあげよう。
「じゃーねー!」
「お兄ちゃんありがとう!」
「いえいえ。どういたしまして」
その後、ある程度子ども達が満足した所でインチ達をやんわりと引き剥がしてお別れの時間に。
親御さんからも感謝の言葉を頂きつつ、僕と3頭は改めて西門坂を下ってフーリエ鍛冶工房へと出発した。
のだが……一難去ってまた一難とはよく言ったモノで。
西門坂を下りきった所の港エリアまで来ると、ソコにはまた新たな者達が幼犬を待ち構えて居るのだ。
それは――――海の漢達。
「おっ! 来たなワン公!」
「どれ。今日も元気かよ、お前ェら?」
「いつ見ても可愛いじゃねぇの」
港でたまたますれ違った漁師、桟橋で船の点検をしていた漁師、鮮魚店を営むオジちゃん漁師。
彼らも幼犬隊を見るなり、陽に焼けたゴツゴツの手でワシャワシャと彼らを愛でていく。
「良ーし良し良し良し!」
「可愛すぎてゴシゴシしちゃうぜ!」
「何処が気持ちいんだホラホラ!」
「「わん!」」
手荒くワシャワシャゴシゴシと撫で回される幼犬隊。
……だが、ウチの幼犬隊は全く痛がりも嫌がりもしない。実は成狼な彼らからすれば、多少雑に扱われようとこの程度どうってことないのだ。
『(【共有Ⅴ】……どうだインチ、サザン、ナナン? 気持ちいいか?)』
3頭と【共有Ⅴ】を繋ぎ、テレパシーでご感想を伺ってみる。
『(ハッ、全く以って問題なし!)』
『(流石は漁師の御方、この強さが心地良いのだ!)』
『(正直、この位でなければ物足りぬ故に!)』
頭の中に響く返事は今日イチの喜び具合。
大満足なようです。
……ただし、厄介なのはココから。
「そんじゃ俺らは仕事に戻るわ。ありがとよ白衣の勇者さん!」
「邪魔したな。お前らもまた今度会おうぜ!」
漁師さん方が満足したようで、インチ達から手を離す。
『『『えっ』』』
と同時、『やめちゃうの?』と言わんばかりに頭を上げる3頭。
子犬のような目で漁師さん方を見つめる。
「そんな目で見られちゃ、おっちゃん達困っちゃうけどよォ」
「悪りぃなお前ら。俺らもそろそろ仕事に戻っからよ」
『そんな、もっと……』
『もう少しだけでも――――
「「じゃあな!」」
が、その思いは漁師さんに届くハズもなく。
それぞれの仕事場へと戻って行ってしまった。
3頭もションボリ――――かと思いきや。
「「「わんわんッ!」」」
「いや待て待て待て!」
漁師さんの後を追いかけ始めた!
「うぉうぉ。付いて来ちまった」
「ホラホラ、もっとやって欲しいのか?」
「「「わん!」」」
「しょーがねぇな。もう少しだけだぞ可愛い奴め!」
そして僕を振り切った幼犬の3頭、海の漢達に抱き上げられると。
とろけるような表情を浮かべながら、更にゴシゴシゴシと撫で回されるのでした。
「ハァ……。こりゃ長くなりそうだ」
こうなってしまうと、しばらく足止めは確定だ。
インチはどこまでも漁師を追いかけてすぐ迷子になるし、お目付役をお願いしていたハズのサザンとナナンまで一緒に行っちゃうし。
幼犬を漁師から引き剥がすのとか、子ども達から引き剥がすのよりも相当苦労するしな……。
ごめんね、加冶くん。
もう少し時間かかりそうです。




