19-22. 蒐集Ⅱ
√√√√√√√√√√
――――時は遡り。
王国では港町・フーリエにて計介一行と第三軍団による熾烈な戦いが繰り広げられていた、その頃。
ティマクス王国の南に位置する、深い森。
魔王城があるという森の、更に南に下った先に広がる『帝国』。
その郊外の地方都市に程近い、とある町。
その町並みや周囲の畑には、一切の風化も荒れも見せる事なく。
その綺麗さは、厚く人の手が掛かっている事をひしひしと感じさせる。
しかし、そうでありながら朝方の町には活気も出歩く人の姿も無く。
その街の静寂は、さながら打ち捨てられた廃墟のよう。
まるでゴーストタウンのような不自然さが、町中に溢れていた。
そんな町の中で、最も高い町長邸の瓦屋根に腰を下ろし……ウットリと町を見下ろす者がいた。
「美しい……。この町も可憐だわぁ」
そう上品そうな独り言を呟くのは、勿論町長ではない。
「やっぱり攻め落とすなら、田舎の王国よりもハイカラな帝国じゃないとねぇ」
その外見は、茶色の長髪に黒のドレスを纏った女性。
だが……その背中からは大きな一対の翅が生え、その模様は茶色の地に見開かれた瞳のような黒円。
その外観はまさに、蛾。
「軍団長! この町の制圧、完了っす!」
「はぁーい。今行くわ」
屋根の下から掛けられた声にそう答えると、彼女はそんな翅を広げ。
茶色の鱗粉を撒き散らしながら、配下の集う地上へと羽ばたいた。
――――そう。
彼女こそが、第二軍団・軍団長。
人型の身体と蛾の翅を併せ持つ、蛾の魔物だ。
そんな彼女を下で待ち受ける、彼女の配下は。
「人間共はオレらの鱗粉で1人残らず眠り続けてるっす!」
「痺れ鱗粉を使うまでもなかったっすね!」
「衛兵からもタップリ血を吸い取ったぜい!」
「奴ら、目覚めても貧血でロクに動けないハズだぜい!」
個々が開いたビニール傘のサイズにもなる、巨大な蛾と縞蚊の魔物。
大量の羽音と鱗粉を周囲にばら撒きながら、屋根から降りてくる彼女を待ち構えていた。
「オレ達いつでも準備オッケーだぜい!」
「次はどうするっすか、軍団長!」
「やぁーだ、そんな堅苦しい名前で呼ばないでよ。第三の鬼や第一のアイツじゃないんだし」
そして、その彼女の名は。
「言ったでしょ。私のことは『ギガモス』と呼んでくれる?」
「「「「「イェス! ギガモス姐さん!」」」」」
――――魔王軍第二軍団・軍団長。
ギガモス。
彼女こそが、計介への次なる敵だった。
「それじゃーあ、まず蚊のあなた達。町中の人間から血を吸い尽くして来てくれる?」
「「「「「イェス! 姐さん!」」」」」
「蛾のあなた達は、蚊から養分を貰いつつ仲間を増やすのに注力してちょうだい。この前の街を攻め落とす時に結構やられちゃったからね」
「「「「「イェス! 姐さん!」」」」」
「あ、あと蚊のあなた達にもう一つ。この前に魔王様から賜った『あの魔物』、ちゃぁーんと育ってるかしら?」
「勿論だぜい!」
「オレらが吸い取った養分、しっかり分けてやってるからな!」
「なら良かった。成体になるまであと1ヶ月、育つのが楽しみだわぁ」
彼女がそう指令を出せば、配下の蛾や縞蚊が町中へと一斉に飛び立った。
攻め落としたこの町を拠点にしつつ、第二軍団は日に日に戦力を着実に増していくのだった。
∋∋∋∋∋∋∋∋∋∋
「――――我等の存じ上げる情報は以上まで」
「成程」
そう言って、ククさん達は口を閉じた。
「……そうか。第三の『赤鬼』に対し、第二は『蛾』なんだな」
「左様」
ククさん達が教えてくれた情報を頭の中で纏めつつ、聞き返してみる。
第二軍団について分かったことといえば……まず、その軍団長は『蛾の魔物』であるらしい。
配下にも蛾や虫系統の魔物が多く在籍しているらしい。
「なあ先生」
「ん、どうしたダン?」
「実物は見なきゃ分からねえけど……パッと聞いた感じ、蛾やら虫やらの魔物じゃ第三よりパワーは劣りそうじゃねえか?」
「まぁ、確かに」
熊とか狼とかゴーレムとか、果ては鬼まで出てきちゃったもんな。第三は。
そう考えると第二の『蛾』なんて明らかにパワー負けしている。
「しかし、其れでも順位は我等よりも上位。恐らく、第二には我等にも知り得ぬ強さが有るのだろう」
「そうだな」
ちなみに、『第二軍団はどんな戦法・戦術を使ってくるのか』というのもさっき尋ねてみたけど、幼犬隊の中で知っているヤツは誰も居なかった。
ソコが一番知りたかったけど……知らないなら仕方ない。
それどころか、そもそも『第二は虫系』という情報さえ知ってるヤツは数頭しか居なかったんだよな。
コレはもう、魔王軍の情報統制の高さを褒めるしかなかった。
――――とはいえ、それでも魔王軍の情報は幼犬隊からしっかりリークさせて貰ったからな。
恨むなら、この狼達をしっかり連れ戻すなり口封じするなり十分に始末しなかった自分達を恨むんだな。
覚悟しとけよ。魔王軍。
「それじゃあ……」
という事で。
色々な話を聞けたし、情報蒐集もかなり煮詰まってきたし。
この辺でお開きにすることにした。
「皆もだいぶ疲れてきたし、気付けばもう夕方だし、終了!」
「イェーイ! 終わったー!」
「ふぅ。……結構疲れましたね」
「幼犬隊の皆も、協力してくれてありがとな」
「「「「「ハッ!」」」」」
そう告げると、幼犬隊もプツンと糸が切れたようにダラリと床に転げていった。
……まるで本物の幼犬みたいだ。
「ゴーゴ、ナーゴ、クーゴ。お前達もありがとな。色々教えてくれて助かったよ」
「「「は、ハハッ!」」」
……この3頭には、また今度特別に何かしてあげないとな。頃合いを見て今度時間をとってあげよう。
彼らには前々から色々とやってあげたい事があるしね。
「俺もう腹減っちまったぞ!」
「フフッ、ダンはいつもお腹空いてるのね」
「しょうがねえだろ、育ち盛りだぞ育ち盛り! それよりもアーク、今晩も鉄火丼じゃダメか……?」
……またかよ。
控えめに尋ねてる辺りダンも自覚してるんだろうけど、昨日の昼も今朝もそうだったよな?
「わたしは大丈夫だし、他のみんなもそれで良いのなら――――
「「「「「鉄火丼!」」」」」
……背後からドッと押し寄せてきたのは、僕達に有無を言わせぬ15の賛成票。
「そんじゃ決まりだな!」
そしてダン議長は即決してしまった。
……なんだこの多数決パワープレイは。
けどまぁ、そもそもこの中でアークの鉄火丼が嫌いな人なんて居ない。
何日食べても飽きないから問題は無いのだ。
折角だし、初めての情報蒐集も記念して今晩は盛大にやっちゃおう。
「今夜は鉄火丼パーティーだぞ!」
「「「「「おー!!」」」」」
さてと。
ついに仲間になったウルフ隊。戦闘も中々強いし、脚も速いし、それに何より情報リークもありがたい。CalcuLegaの強い味方になることに間違いなしだ!
現在の服装は、麻の服に白衣。
重要物は、数学の参考書。
職は、数学者。
目的は魔王の討伐。まずは打倒・第二軍団。
準備は整った。さぁ、CalcuLegaも行動開始といきますか!




