19-19. 見せ掛けⅠ
その後。
特大コウモリは骨だけとなり、リベンジついでにお腹も満たしたウルフ隊の皆さん。
ご満足頂けたようなので、僕達はまた彼らの背中に騎乗させてもらうと。
「それじゃあククさん、またよろしく!」
「ハッ! 思わぬ邪魔が入ったが、この程度の遅れは直ぐに取り戻して見せよう!」
再度、フーリエへの帰途についた。
――――もう何度目かの事だけど、今もう一度改めて思い返そう。
フーリエの西門から第53番坑道の最奥部までの道のりは、順調にいけば徒歩で丸2日だ。
何の目印もないフーリエ砂漠で、ただ魔導コンパスの針だけを頼りに歩き続ける1日半。
そして、先人達が命を燃やして掘り進めた坑道を下へ下へと進む半日。
その上、もし道中でデザートスコーピオンや特大個体といった強い魔物に遭遇すれば時間と疲労も容赦なく追加される。
舗装もされていない砂地を行くので、馬も馬車も足をとられてロクに進めない。
移動手段は己の足のみ。
そんな2日間を踏破してこそ、あの蒼透明で神秘的な純ユークリド鉱石にありつけるのだ。
――――けど、今日からの僕達は違う。
「……なんだかさっきより速くなってねェェェ!?」
「御馳走効果である!」
ウルフ隊の脚を手に入れた僕達は、その壁を越えてしまった。
坑道の2階層を数分のうちに駆け抜ければ、立て続けに1階層も走破してあっという間に朝陽の眩しい地上だ。
すり鉢状にに窪んだ鉱脈跡地の斜面もグイグイ登り、鉱脈地帯をグルリと囲う鉄柵だって僕達を乗せたままヒョイとジャンプ。
「……もうフーリエ砂漠に着いちゃったよ」
「何、本番は此処より! 更に加速するぞ同胞よ!」
「「「「「ハッ!」」」」」
「マジかいィィィィッ!」
ククさんの上で独り戦慄する僕にも構う事なく、本領を発揮し始めるウルフ隊。
ぐんぐんとスピードが上がり、彼らの舞い上げる砂煙も大きくなる。
ブローリザードもカースド・スネークもデザートスコーピオンも置き去りにしていきながら、僕達を乗せたウルフ隊の一団はフーリエへと砂漠をひた走り……――――
その日の、正午に差し掛かった頃。
「おいシン! 見てみろよアレ!」
「アレは……って、まさかあの壁は!?」
僕達がフーリエの外壁を遠目に見つけたのは、坑道最奥部を出発して僅か5時間後のコトだった。
「まさかたったの5時間で着いちゃうなんてね……」
「まるで真面目に歩いてた僕達がバカみたいじゃんか」
「いーのいーの! とにかく、お家まであとちょっとだねー!」
フーリエの外壁が見えてくれば、長かった家路もかなり終盤だ。
あとは西門からフーリエの街に入り、最初の十字路を曲がって少し歩けば我が家・CalcuLegaはすぐソコ。もう慣れた道だ。
「俺、家に着いたら早く風呂入りたいぞ!」
「あっ、良いですねダン。ではその次は私が入ります!」
「じゃーシンの次私のばんー!」
「なら、その次わたしね。良いかしら、ケースケ?」
「おぅ。僕は別にいつでも」
まだフーリエの西門も豆粒ほどの大きさにしか見えないってのに、早くも帰宅後の事を考え始める彼ら。
お風呂の順番がサッサと決まっていく。
「……けど」
皆には申し訳ないが一度ココで足踏みだ。
「よし、ククさん。ココで一回止まってくれ」
「承知。……しかし、目的地は直ぐ其処であるが?」
「だからこそなんだ。とりあえずストップ」
「ハッ!」
そう声を掛ければ、ゆっくりとスピードを落とすククさん。
後続のウルフ隊もそれに合わせて歩幅を狭めていき……一団が止まった。
「どーしたの先生?」
「何か有ったのかよ?」
「あぁ、ちょっとな」
後ろのコースとダンに返答しつつ、ククさんの背中から降りる。
「皆聞いて欲しい。実はさっき、重大な問題に気付いたんだ」
「「「「「重大な問題!?」」」」」
突然の衝撃発言に全員が目を丸くする。
「西門はもう眼前、10分となく到達出来るのであるが……」
「それ家に着いてからじゃダメなの、ケースケ?」
「おぅ。寧ろフーリエに到着してからじゃ手遅れになる」
「「「「「手遅れ……?」」」」」
「それで先生、問題とは一体何でしょう?」
「あぁ、それはな……」
皆からの解決法も募るため、僕はその『重大な問題』を皆に投げかけた。
「僕達はこれから我が家に、CalcuLegaにウルフ隊の皆と一緒に帰る予定だ。けど……よーく考えてくれ。果たして西門の門番は、このウルフ隊15頭を何事もなく通してくれるだろうか?」
ウルフ隊――――。
今でこそ僕達の脚となり共に戦う仲間となったが、元はと言えばフーリエを襲った魔王軍の一員だ。
ただ、ソレを知っているのは僕達5人だけ。市民はもちろん、領主のトラスホームさんも知らない。
そんなウルフ隊の姿を市民が見て、あの日の事を思い出さない人は居ない。
たとえ僕達が説明しようとも、門番さんは簡単には通しちゃくれないよな。
市民の目につけば、あの日の恐怖心を蘇らせてしまうかもしれない。逆にあの日の恨みと刃物を向ける人だっているかもしれない。
そうなれば、僕達への責任問題も必至だ。
杞憂に終わってくれるに越したことは無いが、想像するのはそう難しいコトじゃないだろう。
「……という訳で。ウルフ隊と一緒にフーリエまで戻って来たは良いものの、西門から我が家まで連れ込む手立てがないんだよな。どうしようか?」
「「「「「うーん……」」」」」
考え込む一同。
……最後の最後とはいえ、どうしてこんな重要な問題にもっと早く気付かなかったんだろう。自分で自分を叱ってやりたい。
「一応、今までに考えた僕の案としては2つ有る」
「どんな手なのかしら?」
「まず案その1。コレは非現実的だけど……彼らをこの辺で置いてきぼりにする」
フーリエの西門からも視認できないであろうこの距離なら、門番に警戒されることもない。
僕達がウルフ隊から魔王軍の情報を引き出す時には、毎回ココに来て話を聞けば良いんだよな。
「けどさー、それってチェバのお友達は皆ホームレスになるって事だよね?」
「そりゃ鬼畜すぎるだろ。こんな野生の魔物の蔓延る砂漠で生活とか」
「だから言ったじゃんか。非現実的だって」
「しかし……そも、全ての不都合は我々のフーリエを襲ったが故に生じた事。その程度の不便は甘んじて受ける所存である」
「「「「「いやいやいや」」」」」
ククさんがどう言おうと、流石にそんなの可哀想過ぎるので却下だ。
「で、案その2。ウルフ隊には申し訳ないけど……彼らを紐で縛って奴隷風に見せ掛ける」
コレは前に良く読んでいたラノベのストーリーを基に思いついた案だ。
今は仲間だが、敢えて敵対関係を見せ掛ける。こうすれば、きっと門番さんにも街に入る事情を伝えやすいだろう。
西門を抜けて彼らと一緒にCalcuLegaまで帰るには、一番早くて手間が無いんじゃないかな。
「ウルフ隊のプライドと精神には多少傷を掛けるだろうけど、コレが最善の方法だと思ってる――――
「……いや、それだと多分うまくいかないよ。ケースケ」
アークに早速否定されてしまった。
「……と言いますと?」
「そういう時、門番さんは魔物を『詰所預り』にするってルールがあってね。領主の許可が出るまで門番に引き取られちゃうの」
「成程……」
となれば、やっぱり門の素通りは出来ないのか。
「そうなったら、ウルフのみんなは『あの檻』に閉じ込められちゃうんだけど……」
「「「「あの檻……」」」」
この前5人で閉じ込められた、あの牢獄の記憶が蘇る。
……狭かったなー、あの牢獄。
「ただでさえ俺ら5人でもギュウギュウだったっつーのに」
「彼ら15頭であそこは厳し過ぎますね……」
「うん。やめよう」
という事で、残念ながら割と有力だった案その2却下になってしまった。
「となると、僕のアイデアは品切れなんだけど……」
「「「「「…………」」」」」
良い案が出ず、フーリエを目前にして行き詰まる僕達。
……だが、何かいい方法が見つかるまではずっとココから動けない。
陽暮れまでこのままだとマジで案その1になってしまう。
「他に何か良い案がある人は?」
「「「「「うーん…………」」」」」
――――その時。
「あっ!」
そう閃きの声を上げたのは、胸にチェバを抱いたコースだった。
「いーコト思いついちゃったー!」




