19-18. 音Ⅳ
「括線用ウレバ何時モ除シテ剰余無シ――
――【除法術Ⅵ】・all 7」
頭真っ白だった僕自身の口から、再び無意識に紡がれた呪文。
それは――――『音源のボリュームを落とす』という第4の選択肢。
特大コウモリの全ステータスを7で割るという、デバフ魔法だった。
「なっ……」
その手が有ったかッ!
頭にも無かった方法を選んだ自分に、思わず僕自身も驚く。
と同時、坑道中に響いていた超音波が突如ガクッとボリュームダウン。
脳が割れるような頭痛がフッと和らぎ、身体が軽くなる。
「……効き始めたんだな」
今の【除法術Ⅵ】のステータス減算効果だ。
特大コウモリの様子を窺えば、逆転の余裕から一転焦りに焦るヤツの表情。
常識の範疇外なデバフに理解が追いつかず慌てている。
……よし、ひとまず結果オーライそうだ。
まだ頭痛は0じゃないものの、立ち上がれるくらいには収まった。魔法を使うには厳しいけど頭のキャパシティもそれなりに戻ってきた。
ステータスプレートを見れば『音響傷』の威力も(小)に下がり、HPの減少も止まっている。
僕自身で言うのも変だけど、僕のファインプレーのお陰で一山越えたようだ。
「まだちょっと頭痛いけど……先生さっすがー!」
「おぅ」
隣のコースも頭を押さえつつ立ち上がる。
「コースもチェバも大丈夫か?」
「私はだいじょーぶだけど、チェバがちょっと弱ってるっぽいの」
「……わん」
コースに抱かれたチェバは、舌をちょこんと出して項垂れていた。
……音響傷(中)で結構HPを削られたみたいだ。まだ子狼だから最大HPも低いだろうし、チェバにとっちゃ深刻な場面だっただろう。
間に合って良かった。
「コレを飲ませといてくれ、コース」
「うん、分かったー!」
白衣のポケットに忍ばせておいたHPポーションをコースに渡しつつ、視界を戦場へと向ける。
最奥に控える特大コウモリは未だ、自身に起きた変化に気付けていない。超音波の大声を出そうにも出せずアタフタしている。
ソレを見た周囲のコウモリ達にも焦りが伝播し、統率は更に崩壊。坑道の壁の隙間から逃げるヤツも現れ始め、その頭数は更に減少を加速させる。
――――チャンスは今。ヤツが動揺している隙。
この一発で仕留めるしかない!
「シン、ダン、アーク、大丈夫か!」
「ええ、なんとか……」
「大丈夫ではありますが……」
「まだ頭グワングワンして動けねえぞ……」
戦士組もゆっくり立ち上がるが、この様子じゃマトモには動けそうにない。
僕とコースの魔法も、この状態じゃ命中できるか分からない。
「……となると」
今この状況で特大コウモリを的確に仕留められるのは――――アイツらしか居ない!
「ウルフ隊! ククさん! 起きろ!」
頭がジンジンするのを承知で、特大コウモリを前に地に伏すウルフ隊に声を掛ける。
……が、彼らは動かない。
「頼むッ! 起きろォォ!」
モゾモゾと動いているから気絶してる訳じゃないんだろうけど……コウモリの羽音に掻き消されて、僕の必死の呼びかけも届いていない。
「クソッ!」
となれば……彼らの頭に直接声を届けるまでだ!
「【共有Ⅳ】・ens.WOLVES!」
魔法を唱え、僕の感覚をウルフ隊全員に繋ぎ。
心の中で思いっきり叫んだ。
『起きろウルフ隊ィィィィッ!』
∝∝∝∝∝∝∝∝∝∝
超音波……。
まるで透明な壁であるかのような、不可視の一撃を諸に喰らった我々は……不覚にも敵を眼前にして昏倒した。
次々と倒れていく同胞を前に、我のみは決して倒れるまじと耐えていた。
だが……頭が沸き上がるような音波に、ついには我も屈してしまった。
――――そんな意識朦朧とする我々を叩き起こしたのは、脳に直接呼びかける彼の御方の声であった。
『起きるのである! ウルフ共よ!』
聞き覚えのあるこの声、この口調。
そして思い出す、あの巨大にして赤き背中。
忘れることも無い。
この声の主は……ッ!
「あっ、貴方は……ッ!」
思考をも置き去りにして身体が動き、発条の如く飛び起きる。
頭痛をも忘れ、一心に声の聞こえた後方へと顔を向ける。
「軍団長ッ……!?」
だが、其処にあの御方が居られる筈は無かった。
ほんの一瞬、軍団長の声が重なって聞こえたのは。
ほんの一瞬、軍団長の姿が重なって見えたのは――――
『よし! よく起きた!』
白衣を着た、勇者殿であった。
我が見聞きしていた軍団長の姿は……幻であった。
我が無意識のうちに、勇者殿の姿に重ねて映し出した……幻であった。
「…………」
幻が解けたと理解したその瞬間、我は思わず落胆してしまった。
もう二度と会えないと知りつつも……再び会えたと思ったその瞬間、喜びを感じてしまったが故に。
――――しかし、我々にその猶予は無い。
『跳び掛かれ! 敵はすぐソコだ!』
勇者殿が我らの頭に声を響かせ、指を差す。
それに促されて振り返れば、其処には……。
憎きケーブバットの親分が居た。
「そうであった……ッ!」
未だにぼんやりとする意識が強引に覚醒し、怒りが蘇る。
動きのぎこちない身体が、鞭を打たれた様に動き出す。
「貴様ァッ……!」
キキィッ!?
怒りを取り戻した我が眼が、親分のそれとぴたり合った。
其れを見た奴は、危機を察知してか飛び立たんとしていた。
……此奴、何処かへと逃げ果せるつもりだな?
「逃がすかァッ!!!」
……此処で奴を獲り損ねる訳にはいかぬ! 我々の矜持の為に!
此方も体勢を整え、飛び込みの姿勢に移る。
身体を動かす度に頭に激痛が走るが、根性で抑え込む。
「我が同胞よ! 今こそ復讐の時ッ!!」
「「「「「ハッ!」」」」」
既に我が同胞も思考を同じくしており、跳ぶ姿勢。
後脚に力を溜め、牙を剥き出す。
――――此処に逃げ込んで来たその時から、我々は先住の貴様らに散々の借りを作った。
ならば――――此処を去る今、我々は借りを返すが礼儀であるよなァッ!
『行けェェェ!!』
「「「「「グラァッ!」」」」」
頭に響いた勇者殿の号令と共に、我々は飛び立つケーブバットの親分へと跳び掛かった。
≧≧≧≧≧≧≧≧≧≧
『行けェェェ!!』
「「「「「グラァッ!」」」」」
ウルフ隊が跳ね起きたのを受けて一転、逃走に転じた特大コウモリ。
それを仕留めんと、僕の号令でウルフ達が一斉に跳び掛かった。
――――そして……ククさんの牙が唯一、空中を飛ぶ特大コウモリの片脚に突き刺さった。
「「「「「よしッ!」」」」」
僕達も思わず声が漏れる。
だがしかし……ククさんに齧り付かれても尚、特大コウモリは逃走を止めない。
絶対に噛んで離さないククさんに、執念で翼を羽ばたかせる特大コウモリ。
そのまま、バサバサと空中を飛び続け……。
キキキィッ……!
「グァッ!?」
ついにククさんを振り落とした特大コウモリは、坑道の奥へ奥へと逃げ飛んで行った。
ククさんの口に、その片脚を齧り取らせ――――片脚を犠牲にして。
「くぅッ……脚を捨てでも逃げるかッ!」
「我々も後を追いたいですが……」
「駄目だ、頭痛で走るに走れない……っ」
振り落とされた衝撃で頭痛に悶えるククさん。
ウルフ隊No.2とNo.3のナナン・クナンも駆け出そうとするが、彼らも音響傷の頭痛で身体が動かない。
「不覚……ッ!」
ウルフ隊は、執念の逃走を前にして最後のトドメを刺せず。
特大コウモリの後ろ姿を眺めるしかなかった。
「さて」
……どうやらココで僕のターンが回ってきたようだ。
折角のウルフ隊のリベンジ戦にしてデビュー戦なのだ。特大コウモリの最後のトドメを刺すのは是非彼らにやらせたかった所だけど……仕方ない。
このまま逃げられたエンドなんて以ての外だし、ココは僕がトドメを刺させて貰おう。
「……よし、コレだな」
坑道の端に転がっていた、手頃なサイズの石を2つ、手に取る。
「ケースケ、もしかしてそれ……?」
「あぁ」
僕が何をするかにアークは気付いたようだ。
「でもケースケ、今のあなたじゃ狙って投げても……」
「そうだな。昨日までは」
「……えっ?」
「とりあえず見てろって」
僕が何をするかといえば、アークの言った通りだ。
奥へ奥へと逃げていく特大コウモリの背中を、視界の中心に据える。
右手でしっかりと石を握る。
身体を捻じり、右肘を引く。
「……数学者舐めんな」
しょっぱい終わり方にはさせない。
彼らの上に立つ者として、彼らの代わりにキッチリとトドメを刺してやるよ。
進化を以って不調を脱した……【確率演算Ⅴ】でなァ!!
「【乱数Ⅷ】が暴走しない条件下で……この石が奴に直撃しますように! 【条件付確率演算Ⅵ】!!」
魔法を唱えたと同時にブン投げられた、1対の石ころは。
プロ野球選手も震えるほどの、弾丸並みのスピードで……坑道のド真ん中を駆け抜け。
混乱して飛び乱れるコウモリの、1匹たりとも触れる事なく。
シン、ダンの頭上を通り越し、アークの赤髪を風圧で乱し。
逃げられたと項垂れる、ウルフ隊の頭上も越え。
ヘッドライトの光も僅かしか届かない、坑道の奥まで逃げ延びた――――特大コウモリに追いつき。
その左右の翼に、大きな風穴を開けた。
敵の大将に、致命傷を与えた。
ウルフ隊のリベンジを果たした瞬間にして……僕の投石が、完全に不調を脱した瞬間だった。
こうして、坑道の2階層は再び静寂を取り戻した。
親分を失ったコウモリ達は、1匹残らず坑道から姿を消した。
生き残ったヤツらは全員、壁や天井に吸い込まれるようにして逃げていった。
坑道に残されたのは、地面に散らばる力尽きたコウモリ達だけだ。
あぁ、それと……――――
「……さて。親分さん」
翼を失い、1歩1歩とヨロヨロ這いつくばる特大コウモリが居たな。
「なーんだ。てっきり僕が倒しちゃったと思ってたけど……見に来てみればまだ生きてるじゃんか。元気でよかった」
キキィッ……!?
背後から掛けられた僕の言葉に、思わず硬直する特大コウモリ。
「安心しな、僕はもうお前には手を出さない――――んだけど実は、お前にトドメを刺したいってヤツが居るんだよねー」
そう言うと、後ろから続々とトドメを刺したいヤツらがやって来た。
「我ら、今日まで貴様等より賜った借りを御返しに来た次第である」
勿論、ウルフ隊だ。
金色に瞳を輝かせ、牙を剥き出しにしながら、特大コウモリを囲うように並んでいく。
涎を垂らすウルフ。
震える特大コウモリ。
もう、勝敗が覆ることは無かった。
「勇者殿。最後の最後で……真に忝い」
「気にすんな」
それじゃあ、後はククさん達にお任せしよう。
煮るなり焼くなり喰うなり、彼らの好きにすりゃいいさ。
「ククさん、後はよろしく。終わったらすぐフーリエに出発するぞ」
「ハッ、御任せを! 火急に済ませよう!」
そう言って、僕は特大コウモリに背を向けた。
特大コウモリの断末魔の叫びと共に、ウルフ隊のお楽しみタイムの始まる音がした。




