19-14. 足
翌朝、6:30。
第53番坑道の、最深部広場。
昨晩はウルフ達と一緒に過ごし、グッスリと眠って往路の疲れを癒した僕達。
とはいえ、そんなのんびり出来る時間も束の間。
今朝からは早速、折り返し復路の始まりだ。
「……よし。全員揃ったな」
各自で朝食をとり、身なりを整え、全員の準備が完了したところを見計らって……出発の刻を前に一度全員集合。
折角だし、出発式ってヤツを執り行うことにしたのだ。
「改めて皆、おはようございます」
「「「「「おはようございます!」」」」」
「わん!」
「ウルフ達も皆、おはよう」
「「「「「ハッ!」」」」」
「我ら全15頭、いつでも出発の準備は出来ている!」
「分かった。ありがとう、ククさん」
左手にシン達が並び、右手にはウルフ達がピシッと整列。
まるで小学校の朝会のようだ。
「それじゃあ皆、コレから出発するけど……忘れ物は無いな? ココで忘れ物したら取りに帰ってくるの凄く大変だから」
「オッケーだよ!」
「私も問題なしです!」
朝食もとったし、身なりも整えた。
広場に忘れ物らしき物は見当たらないし……よし。
大丈夫そうだな。
「それじゃあケースケ、フーリエに向けて出発ね?」
「あぁ。…………と言いたいところですが」
「どうなされた、白衣の勇者よ?」
ココを出る前に1つ、やっておきたい事が有るんだよね。
「コレから僕達と一緒に旅をするウルフ達だけど……ククさん以外のヤツらは皆、名前が無いんだよな?」
「左様であるが」
そんなの可哀想じゃんか。
チェバでさえ名前を持ってるのにな。
「という事でだ。ククさん以外の14頭に、それぞれ名前を……というかコードネームを考えておきました」
「「「「「おお!」」」」」
「我らに……名前、であるか?」
驚いたように耳をピンと立てて、ククさんが尋ねる。
「んー、まぁな。飽くまで仮のコードネームみたいなのだけど」
「左様であるか……。元は敵だというのに、そんな事まで……忝い」
いえいえ。
君達に名前が無いと、僕も色々不便だしね。
という事で。
「じゃあお前達、若い順で1列に並べ!」
「「「「「ハッ!」」」」」
号令を掛ければ、パパッと並び順を変えるウルフ達。
15頭が全員参加型で並ぶ順列の総数はー……なんて考えている間にも列は出来上がっていた。
「整列完了である!」
「オッケー。そんじゃあ、コードネームを割り当てていくからな」
ウルフ達の列に近づき、1頭1頭目を合わせながら昨晩考えたコードネームを与えていった。
先頭の元気溢れる若い衆の5頭は、それぞれ『インチ・インサ・インゴ・インナ・インク』。
その後ろに並ぶ中堅組7頭は、『サザン・ゴザン・ナザン・クザン』と『ゴーゴ・ナーゴ・クーゴ』。
重役の雰囲気漂う後ろの2頭は『ナナン・クナン』。
そして、最後尾はククさん。彼には素晴らしい名前が既に有るので『クク』のままだ。
……いやー。14頭分の名前を考えるの、中々大変だったよ。ただでさえ『チェバ』の命名であんなに苦労したってのに、更に14頭分の名前を一晩でとか流石に地獄だったな。
ので……ぶっちゃけ言うと、彼らには申し訳ないけどあのコードネームは最終的に全部量産しました。
ある法則に従って作ったから、似てる名前が多かったり若干ゴロの悪いヤツが居たりするけど……それはもう仕方ないと諦めた。
ん、どんな法則かって?
――――そうだな、そこは『大人の事情』ってコトにしておこう。
「……という事で、以上全15頭。ククさんには素晴らしい名前が有るからコードネームなんて要らないよな?」
「どっ、同意であるが…………」
コードネームの割り当てが終わると、最後尾のククさんが俯いてプルプル震えている。
……どうしたんだろう?
「……やっぱりククさんも欲しくなっちゃった?」
「否、そういう訳ではなく……まっ、まさか勇者殿、我が同胞の皆に名前を考えて下さっていたとは! 長として恐悦至極である!」
どうやら凄く喜んでくれてるみたいでした。
「魔王様の下では名乗る事など許されなかった我が同胞ならば尚更、感慨無量であろう!」
「「「「「ハッ!」」」」」
……なんかそこまで言われると14頭分の名前作りを頑張った甲斐があるよ。
「最早此れは天授の名。この名前、一生大切にする所存である!」
「「「「「同意!」」」」」
いやいや何だよ天授の名って。
大事にしてくれるのは有り難いけど……。
「まっ、まぁ……とりあえず、喜んでくれたのなら何よりだ。今日からはその名で皆を呼ぶから、よろしく」
「「「「「ハッ!」」」」」
という事で、彼らの命名式はお終いだ。
となれば、もうココでやり残した事は無い。
あとはフーリエのCalcuLegaに向けて出発するだけだ。
「時間とっちゃって済まない、シン、コース、ダン、アーク」
「んーん。大丈夫」
「早くお家に帰ろーよ!」
「わんっ!」
「ゴメンゴメン」
僕を急かすコースとチェバ。
彼女達の我慢ももう限界のようだ。
「今旅立てば明日の夕方にはフーリエに着けるハズです。先生」
「帰りも1泊2日の歩き旅だぞ!」
「おぅ、分かった。……ウルフ達もちゃんと後ろを着いて来いよ。万一迷子が出ても僕はマジで置いて行くからな」
「「「「「ハッ!」」」」」
よし。それじゃあ……。
「フーリエに向けて出発だ!」
「「「「「おー!」」」」」
「「「「「ハッ!」」」」」
そして。
僕達5人とチェバ、それと15頭のウルフ達は……坑道最深部の広場につながる唯一の出口へと足を進め。
坑道最深部を後にした。
――――と、思ったのだが。
「待たれよ、勇者殿!」
2、3歩歩いたところで後ろからククさんの声が掛かった。
と同時に聴こえる、タッタッと地を蹴る足音。
「ん、どうしたククさ――――
そう言って振り返ると……無防備な僕の背後には、猛スピードのククさんが直ぐそこまで迫っていた。
「うぉッ?!」
僕めがけて一直線に駆け寄るククさん。
止まる気配は無い。
制止する余裕も無い。
――――ぶつかるッ!
そう感じた時には、身構えることも受け身を取ることも出来ず……ククさんの頭突きタックルが、僕の腰にお見舞いされた。
「ゔっ」
腰に響く、ズンッという衝撃音。
くの字に反り返る身体。
変な声が漏れる。
「かはぁッ……!」
そのまま身体が浮き上がり、背中と後頭部を強打。
――――と思いきや、思いの外そこまで痛みと衝撃は無い。
「……ん?」
その代わりに背中と後頭部が感じとったのは……モフモフと、温もり。
「……少々手荒な真似、失礼した」
「ククさん?」
すぐ傍から聞こえる、ククさんの声。
仰向けだった上半身を起こせば……そこは、ククさんの背中の上。
――――どうやら僕は、今のタックルでククさんの背中に乗っけられていたようだった。
「貴殿への忠義を誓った我ら、何もせずして貴殿の背を追う訳にはいかぬ。それ故、我らは貴殿らの足となり……貴殿の御気持ちに応えたい!」
「そっか」
……成程。
突然背後からからタックルされて驚いたけど……ククさんの気持ちは良く分かった。
僕の想像の斜め上を行かれていたよ。
「では、私も失礼します」
「んしょっと……おおお! 高ーい!」
「わん!」
「良いのか、俺結構重いぞ?」
「ああ、モフモフ…………いつでも眠れそうね」
ふと左右を見れば、シン達もいつの間にかウルフ達の上に跨っている。
サザンの上には、シン。
ゴザンの上には、コースとチェバ。
ナザンの上には、ダン。
そしてクザンの上には、アーク。
どうやら彼らも準備はバッチリのようだ。
……ココまでされちゃあもう、彼らの気持ちをしっかり受け取るしか手は無さそうだな。
「本当に良いのか、ククさん?」
「無論である。怪我も治ったこの脚ならば、フーリエまで1日あれば十分!」
1日で着いちゃうのか!?
それは頼もしいじゃんか!
まぁ、無理だけには気を付けてもらおう。
「それじゃあ……頼んだ、ウルフ隊! 出発だ!」
「「「「「御任せをッ!」」」」」
こうして、僕達5人とチェバはウルフ達の上に跨り……総勢21の人と狼が、坑道最深部を後にした。
……出来ればククさんには、もう少し丁寧に乗せてもらいたかったなー。




