19-10. 危害
さて。
『【確率演算Ⅴ】の不調』問題、解決とまでは行かなかったものの原因は明らかになった。
謎が解けてスッキリだし、コレで何より『暴走が収まるまで【確率演算Ⅴ】が効かないモンだ』と諦めもついた。
……となれば、投石なんてヤメだヤメ。ギブアップだ。
コウモリ倒しは相性の良いコースとアークにお任せして、以降僕はステータス強化に全力を捧げることにした。
「おっ、見えてきたぞ!」
「3階層へのスロープです!」
そんな感じで裏方仕事に徹しているうちに、気付けば3階層へのスロープが見えてきた。
長かったコウモリ地獄もやっと終わりだ。
「やっとケーブバット共から逃れられる…………」
「奴等、今日は特に過酷だったな……」
コウモリ達に散々翻弄されてぐったりのウルフ達も、なんだかホッとしているように見えた。
スロープを下った3階層からは、現れる魔物は主にリザードとスネークだけ。厄介者のコウモリ達は姿を見せなくなり、再び坑道探検が捗る。
ごく稀に地中から現れたデザートスコーピオンと戦いになる事もあるみたいだけど……今日はそんな事も無く、順調に坑道の奥へ奥へと進んでいき――――
「5階層にとーちゃーく!」
あっという間に、僕達は最深部のある5階層へと辿り着きました。
「ユークリド鉱石がキレイだぞ!」
「そうですね、ダン。まるで光のトンネルです」
岩壁から顔を出し、キラキラと水色に輝くユークリド鉱石。自然のイルミネーションが僕達を迎えてくれる。
……何度見ても幻想的な景色だ。
「……きれいね。ケースケ」
「……あぁ」
「この景色……わたし、何度見ても飽きないかな」
そう言って僕を見つめるアーク――――の瞳も、燃えるような紅色に輝いていた。
「…………」
「……そっ、そんな見つめないでよ」
「ん、ゴメンゴメン」
やべっ、ついアークの瞳をジロジロ見てしまった。
「どうかしたの?」
「あっ、いや。そのー……アークの目がキレイだな、って思って」
「何よいきなり。――――ってまさか」
手鏡を取り出して覗き込むアーク。
「……やっぱり光ってる」
自覚したみたいです。
「……なんで?」
そんな困った目で見られても。
「何でだろうな」
「何でかしらね」
けどまぁ……今は分からなくても、いずれ時間が経てばいずれ原因が露わになるかもしれないしな。
今はそういう事にしておこう。
……なんて事を言っている間にも、着々とウルフ達との合流の時は近付いている。
輝くトンネルの5階層を奥へ奥へと進んでいけば、眩しいくらいの水色だった光は次第に色を変えていき。
今や坑道は落ち着きのある深い蒼色に包まれている。
「鉱石の純度が高くなってきました」
「ええ。魔力溜まりに近付いてきた証拠ね」
岩壁から顔を出すユークリド鉱石は、蒼透明に光る純モノ。
最深部はもう間もない。
「勇者殿、お気付きかとは思いますが」
「まもなく我らが拠点に到着します」
「おぅ」
前を歩くウルフ達からも声が掛かる。
チェバも同族の気配を察してか、鼻をクンクンと動かしている。
この前僕達が採掘していた現場も通り過ぎ、残す順路は直線ストレートとその先に見える曲がり角のみ。
そこを曲がればもう最深部だ。
「……近付いてきたな」
そう実感し、期待が高まる。
と同時に……ココまで来て少しばかり緊張を覚える。
このまま彼らを引き込めば僕達が有利になるのは間違いない。純粋な戦力のみならず、魔王軍の情報だって多少なりとも手に入れられるハズだ。
リーダー狼さんを始めウルフ達の事は僕もそれなりに信用しているし。
だが――――もしも、万が一、僕の想像を超える裏切りをブッかまされたら。
この前のフーリエ防衛もチャラになりかねない、一発逆転の大ピンチが待っている。
それだけが本当に恐怖だ。
「……けど」
大丈夫。
僕には自信が有る。
僕なら、彼らを見極められる。
「……さぁ、行こうか。久し振りのご対面だ」
期待と緊張で高鳴る鼓動を感じつつ……僕達は、最後の曲がり角を抜けた。
真っ暗で広い、坑道最深部の広場。
その真ん中には…………――――
「「「「「勇者殿!」」」」」
フサフサで艶のある、濃緑の毛皮に身を包み。
4本の脚で、力強く地面を踏みしめ。
尖った耳をピンと立て。
金色の瞳を、ギラギラと輝かせ。
精悍な顔立ちで、此方をジッと見つめる。
この前の傷だらけボロボロだった時とは全く異なる……思わず見入ってしまうような、カッコ良さ。
「御待ち申し上げていたぞ、白衣の勇者殿!」
出迎えの2頭も混ざれば、総勢15頭。
完全回復したフォレストウルフが、ズラリと並んでいた。
「久し振りだな。お前達、それとリーダー狼さん」
「「「「「ハッ!」」」」」
「我らフォレストウルフ……貴殿の命令のとおり坑道より1歩たりとも出ること無く、治癒に徹し申し上げたぞ!」
「おぅ。分かった」
……間違って坑道外に出ちゃったあの2頭の事は、無かったことにしておいた。
とまぁ、こうして僕達は無事フォレストウルフ達と合流したのでした。
久し振り……と言っても2週間ほどしか経っていないけれど、久し振りのウルフ達はまるで見違えるような姿だった。
全身傷だらけで地に伏せているような、生気の感じられなかった前回とは異なり……今の彼らには活力が漲っている。
体も完全回復し、そればかりかむしろ一回り大きくなったようにも見えるくらいだ。
「良かった良かった。皆元気になったみたいで」
「「「「「ハッ!」」」」」
「貴殿が残して行かれた置き土産のお陰である!」
「あぁー……」
そう言って振り向くリーダー狼さんの視線の先には、特大サソリの亡骸……の殻だけ。
この前のリモートテレパシー会議で見たヤツだ。
「「「「「ご馳走様でした!」」」」」
「いえいえ。お粗末様です」
別にそんなつもりじゃなかったんだけど、ウルフ達が喜んでくれたのなら幸いです。
「……それじゃあ」
彼らが回復したのも分かったので、話を進める。
「前にも言った通りだけど……僕達が再びココへやって来たのは他でもない。皆の力を借りたいと思ったからだ」
「「「「「ハッ」」」」」
「我ら、貴殿のためならば……少しでも生き延びるためならば何でも致す覚悟である!」
おっ、そう言ってくれると有難い。
となれば――――彼らにはちょっと心苦しいんだけど、早速本題を切り出そう。
嫌な顔をせずに快諾してくれるといいんだけどなー……。
「それじゃあ……早速だけど、フーリエの街に来て欲しい」
「「「「「ハッ!」」」」」
そう尋ねれば、返ってきたのは予想に反して元気の良い返事。
……あらっ。意外だ。彼らの気持ちからすれば、『襲撃した敵地に連れていかれる』とか中々気まずい話だとは思ったんだけど。
「良いのか、リーダー狼さん?」
「無論である。我らは貴殿に忠義を誓いし者、貴殿に従うまでよ」
「そっか」
「我らが命は貴殿に拾われた物。ならば我らは貴殿に尽くし、少しでも生き延びたい。それが亡き軍団長の意でもあるが故に」
成程。
……それなら、僕も彼らの気持ちに応えなきゃいけないな。
「リーダー狼さんの気持ちは分かった。僕もお前達の命、決して無駄にしないと約束するよ」
「「「「「ハッ!」」」」」
「ただし、1つだけお願いがある。……いや、命令だ」
そう。フーリエに連れて行く前に1つ、必ず聞いておかなきゃいけない事があるんだ。
この瞬間だけは僕も真剣モードに気持ちを切り替える。
「「「「「何なりと!」」」」」
雰囲気が変わったのに気づいたのか、彼らも背筋をピンと張り耳をコチラに傾ける。
――――さあ、見極めの時間だ。
「……決して、人類に危害を加えない事。建物を壊したりとか、スパイ活動や僕への裏切りも含めた一切の危害だ。期間は一生。破ったヤツはマジで消します」
牢獄代わりになっているこの坑道から出るにあたり、彼らにはコレを守ってもらわなきゃならない。
でなければ、今ココで処分しなければならなくなる。
――――それじゃあ、答えてもらおうか。
「守れるか?」
「「「「「ハッ!」」」」」
「……破ったりしないよな?」
「「「「「いえ!」」」」」
「……本当に?」
「「「「「ハッ!」」」」」
「とかいって裏切りとか考えてないよね?」
「「「「「いえ!」」」」」
「よし。守れるんだな?」
「「「「「ハッ!」」」」」
――――はいはい、成程。
彼らの気持ちは十分に分かったよ。
「それじゃあ……フォレストウルフ達、これからもよろしくな!」
「「「「「ハッ!」」」」」




