19-8. 脱却
さてさて、そんなウルフ達に色々と任せっきりの坑道探検ですが。
1階層は1時間ほどで難なく突破。スロープを下りて2階層へと降りていくと……早速、先頭のウルフ達の動きが止まった。
「……むっ」
「やはり出たか。しかも今日は特段多い……」
足を止め、坑道の天井を見上げる彼ら。その視線の先には……天井にズラリとぶら下がる黒い影。
僕達にとっちゃ洞窟探検の定番と化した、お馴染みのコウモリでした。
「ケーブバットの群れね」
「流石は鉱床サイズ、体格も一回り大きいです」
「ああ。それに数も中々だぞ」
僕達からすればコウモリなんか相手にもならない……けど、どうもウルフ達の様子がおかしい。
腰が引けている。
「どうしたお前達。コウモリ嫌いなのかよ?」
「ハッ。実は我ら、空を飛ぶ敵とは相性が悪く……」
「いつも此処を通る度にちょっかいを掛けられており……」
成程な。
陸対空の相性、ってヤツか――――
バサバサッ!
「くぅっ、来た!」
すると突然、コウモリが一斉に翼を広げて飛び立つ。
及び腰のウルフ達も必死に前脚の鉤爪を振り回す。
「当たらぬ!」
「くぅっ! 我らをコケにしやがる!」
……が、鉤爪は空を切るだけ。
坑道を飛び交うコウモリには擦りもしない。
キキッ!
「何っ!?」
そんな鉤爪を掻い潜り、2羽のコウモリがウルフの背後へ。
キキキッ!
「しまった!」
コウモリが牙を剥き、無防備なウルフの首筋めがけて飛び込んだ――――
――――と思った、その時。
「【氷放射Ⅳ】!」
「【火弾Ⅱ】!」
坑道に魔法の呪文が響き……2羽のコウモリが火の弾と氷の弾に撃ち落される。
「なっ!? 今のは……!?」
ウルフが振り返れば、ソコに居るのは勿論この2人。
「わたし達の出番みたいね」
「うんうん! 私たちもヤっちゃうよー!」
「あ……ああ、忝いっ!」
炎の槍を構えたアークと、魔法の杖を突き出したコースだった。
という事で、ココからは先導のウルフ達に加えて魔術師の2人も戦線に参加。
ひたすらコウモリを狩りながらの2階層探索だ。
「ハァッ! 【火弾Ⅱ】!」
「【氷放射Ⅳ】! いけぇーッ!」
コースが氷を乱れ撃ち、空中を飛び回るコウモリを一掃。
取りこぼしたコウモリもアークの火の玉が逃がさない。
「逃がさぬ!」
「止めだッ!」
「がうっ!」
ザシュッ
ザシュッ
撃ち落されてもまだ息のあるコウモリには、再び飛び上がる前にウルフの鉤爪がトドメ。
チェバも混じってバリボリと捕食に勤しんでいる。
「おいシン、そこスネーク居んぞ! 気を付けろ!」
「分かってます、ダン! ハァッ!」
シュッ
シンとダンはたまに現れるスネークを見つけてはバッサバッサと斬り伏せる。
皆それぞれ、役目をこなして頑張っていた。
「……となりゃ、僕も何かしなくちゃ」
こんな中で僕1人だけ何もしないのも気まずいし、何かしら協力したい。
「……よし」
周りを見回し、目に入ったのは……坑道の隅に転がる石ころ。
そうだな。微力ながら僕も投石でコウモリ倒しに協力しよう。
手頃なサイズの石ころを握り、空中を飛び交うコウモリを眺める。
「……」
既に相当量のコウモリが撃墜されたとはいえ、その数はまだまだ尽きる気配もない。
狙いを定めずとも投げれば当たりそうだし、何なら僕には【確率演算Ⅴ】という強い味方がある。
ただ1つ気がかりなのは……――――その強い味方が不調を脱しているかどうかだ。
「さあ頼むぞ、【演算魔法】……」
それを少し心配しつつも……僕は、いつも通りのオマジナイを唱えながら石ころを放った。
「この石がコウモリに当たりますようにッ! 【確率演算Ⅴ】ッ!!」
ブンッ!
ノーコントロールで力強く投げられた石ころが、シン達の頭上を抜けてコウモリの群勢へと向かう。
……もしも【確率演算Ⅴ】がしっかり効いていれば、あとは魔法が的中率を補正してくれているハズ。
100%直撃、必中必殺のミサイルも同然なハズなんだけど……――――
「……ウソだろ?」
放物線を描いてコウモリの群勢へと飛び込んだ石ころは……コウモリに直撃するどころかスルスルとその間をすり抜けていく。
何度もニアミスを繰り返しつつも、当たりそうで当たらない絶妙なタイミングで。
「……まさか」
そんな嫌な予感はあえなく的中し……結局、石ころはコウモリの1羽も沈めることなくコロリと地に落ちて転がった。
「マジかよー……」
【確率演算Ⅴ】は、やっぱり原因不明の不調の最中だった。
「あー……ダメだダメだ。全然当たんないじゃんか」
その後も投石を繰り返し、なんとかコウモリ倒しに協力しようと思ったんだけど……結果は悲惨。
10回ほど石ころを投げて、コウモリを撃ち落せたのはたったの1回きりだった。
確率にして10分の1だ。小数で表せば 0.1。百分率にして10%。期待値なんて驚きの 0.1羽。
こんなのやってられません。
ならばと思って、あえて不調の【確率演算Ⅴ】無しで投石を数回試してもみたんだけど……勿論、結果はお察しの通り。
その上、1発はダンの後頭部にブチ当てるという大失態。
彼のDEFが【冪乗術Ⅱ】で爆上げされてたからこそ怪我もなく済んだけど、本来なら殺人級の大事故だ。
僕自身のキャッチ&スロー能力の低さに、流石に落ち込んだ。
「まだ上手く行かないの、ケースケ?」
「んー、まぁ」
そんな凹んででいた僕に、アークが【火弾Ⅱ】の手を止めて声を掛けてくれる。
「どうしてで調子が悪いのかしら」
「……ソレが分かれば難しくないんだけどな」
「そういえば、ケースケの百発百中魔法が初めて外れたのもこの坑道だったよね?」
「あぁ、それも丁度ココ。2階層だったな」
そうそう。今と全く同じ、コウモリを投石で撃ち落とそうとしていた状況だ。
「もしかすると……あの時の状況を思い出してみれば、きっと何か原因がつかめるんじゃないかな」
「……成程な」
前回の坑道探検を思い出す、か。
悪くないな。丁度この現場に居るんだし、新たな原因に気付けるかもしれない。
「……よし」
折角のこの機会だ。【確率演算】の不調を脱却させようじゃんか!
「まず、あの時の状況を思い出そう」
探索と狩猟は一旦皆に任せ、自分の世界に入り込む。
思い出すのは……【確率演算Ⅴ】の不調が始まったあの瞬間だ。
当時、僕が狙っていた標的はケーブバット。それも天井にしがみ付いたままの動いていないヤツだった。体格も大きく狙いやすかったんだよな。
あの時に使っていた魔法といえば……【乗法術Ⅶ】。ATKを8倍に加算してメジャーリーガー並みの豪速球を投げたんだった。
当時は体調もそう悪くなかったし、魔傷風の痛みも照準を狂わせるほどじゃなかった。
そして……その結果が、例の【確率演算Ⅴ】の2連続ハズレ。
以上だ。それ以外におかしな所は何も見当たらないし、他には特に思い当たらない。
となれば……この中のどれかが【確率演算Ⅴ】に不調を来している。
この中に絶対、原因があるのだ。
ケーブバットか。
【乗法術Ⅶ】か。
魔傷風か。
もしくは、単に【確率演算Ⅴ】のバグなのか。
原因は、この4個まで絞られた。
「けどなー…………」
そうとは言っても、この4個には原因足りえる根拠が無い。
ケーブバットには『飛び道具無効』みたいな特殊能力なんて無いし、【乗法術Ⅶ】と【確率演算Ⅴ】の併用なんて数知れず。魔傷風を治してもらった後も的中率は低いままだし、そもそも『この世界』の魔法はバグが発生しない仕様だ。
どれも原因にはなり得ない。
「となると……」
この前に学んだ知識を使えば――――言える事は、ただ一つ。
「前提が……矛盾している?」
そう。
『この4個の中に原因がある』のは、飽くまで『他に原因がない』前提のときだ。
だが、この4個がどれも原因じゃなかった。
とすれば……背理法的に、言える事はただ一つ。
「……何か別の原因があるッ!」




