19-4. 命題Ⅰ
「……先生、陽が暮れてきましたね」
「おぅ。今日はこの辺で野宿だな」
「うん! 真っ暗になる前に準備しちゃおー!」
フォレストウルフ達を迎えに行く旅・1日目、夕方。
砂漠の彼方に陽が沈み始めた頃、足を止めた僕達。今日の旅はココでおしまいだ。
空が真っ暗になる前にテントと焚き火を立ち上げれば、野営の準備も完了。
冷え込む夜のフーリエ砂漠の中、パチパチと燃える焚き火にあたりながら……束の間の休息時間を楽しんでいた。
「疲れたねー、チェバ?」
「くぅん……」
「分かるぞチェバ、俺もだ。ずっと歩き続けてるだけでも疲れるもんな」
「ですがその代わり、今日1日だけでも結構進みました。鉱脈地帯はもう直ぐのハズです!」
「ええ。この調子なら明日の午後には着きそうね」
……まぁ、実際には目印も何も無い360°パノラマの砂漠。どこまで進んだかは分からないんだけどね。
要は気持ちの問題ってヤツだろう。
「……それにしても寒いな。夜の砂漠ってのは」
「全くです。この微妙に肌寒い位がまた何とも」
「寝袋に入ってても、けっこう足先が冷えちゃうのよね」
「ああー、俺もう焚き火から離れらんないぞ!」
……震えるほどの寒さじゃないけど寒い、まるで冷房ガン効きの部屋に居るかのような感覚だ。
冷えた腕をさすりつつ、ちょっとずつ焚き火に近づいてみる。
「サムいサムい、もっと火に近づこーっと。チェバもおいで!」
コースもよちよちと焚き火に近づき、チェバを呼ぶ。
「ううー」
「……いいの?」
「わん!」
……んだけど、おすわりの姿勢のまま動かないチェバ。
「珍しいじゃんか。チェバがコースの言う事を聞かないなんて」
「どうかしたんですかね?」
「チェバには毛皮があるから、きっとそこで十分なんじゃないかしら?」
「「「あぁー」」」
成程な。
確かにチェバは気持ち良さそうにトロンと目をつぶっている。居心地が良さそうだ。
すると……チェバをじーっと見つめていたダンが口を開いた。
「……良いな、毛皮。俺にも少し分けてくれよ」
「わぅっ!?」
その途端……怯えるようにプルプルと震えるチェバ。
コースの背中にひょいっと隠れてしまった。
「ダンひどーい!」
「チェバが怯えちゃってるじゃんか!」
「いや違う、違えって! 冗談だぞ冗談――――
「チェバ、気を付けてください。ダンに狙われてますよ」
「安心してね。わたし達が守ってあげるから」
「わん……」
「済まなかったチェバ、俺が悪かったから出てきてくれよ…………」
……とまぁ、そんなダンが顰蹙を買ったところで夕食タイム。
ホカホカになった缶詰をパカッと開き、温かい食事でお腹も心も満たされました。
ダンとチェバも無事仲直り出来たみたいだし、よかったよかった。
その後もしばしの雑談を楽しんだところで、また明日からの旅に備えて就寝時間に。
「「「「おやすみなさい」」」」
「わん!」
しっかりぐっすり眠って身体の疲れを取りたいところ……ではあるけれど、普段通り『夜の見張り番』をローテーションで立てなければならないのだ。
という事で。
「(やって来ました。独りです)」
ローテーションの順番決めジャンケンで優勝した僕、無事1番手を獲得。
皆のテントも寝静まり、早速1人になりました。
「(……暇だ)」
ココから2番手のダンと交代する深夜11時までの1時間半、独りで暇な時間を過ごさなきゃならないのだ。
……とはいえ、このスキマ時間にやる事は決まっている。
一択だ。
「(数学の勉強!)」
……まさか、死ぬほど数学嫌いだった僕が自分からこんな事を言い出しちゃうとは。人生何が起こるか分からないモンだ。
そんな事を考えつつも、リュックから勉強セットを取り出す。紙とペンと参考書だ。
……いや、前回の勉強で手に入れた【集合】風に言えば『 ens.STUDY={紙、ペン、参考書} 』って感じだろうか。
とまぁ、そんな ens.STUDY を机代わりのリュックの上に並べれば準備完了。
灯りは焚き火の炎で十分だ。
「(えーっと、今回はーっと…………)」
参考書の目次を開き、今回の単元を調べる。
さっきも言った通り前回は『集合』だったから、次の単元は――――
「(命題かぁ…………)」
命題……なんかそんなのもやった気がするなー。懐かしい。
そういえば数学Aの伊藤先生、今も日本で元気にやってるのかな。
……まぁ、そんな事はどうでも良いんだ。
近付いてくる魔物と焚き火の火だけには気を付けつつ、深夜の勉強タイムといきますか!
●命題
とある事柄が提示され、それが正しいか間違っているかを判断できるとき、その事柄を命題と呼ぶ。
また、命題が正しいことを真、間違っていることを偽という。
……って言っても良く分からないよね。
この単元を一言で言い表せば『○×クイズ』だ。テレビのクイズ番組とかでよく見る○×の二択問題、皆も一度は見た事あるよね? 基本的にはアレだ。
アレを数学流にアレンジした、いわば『数学流○×クイズ』……それこそがこの単元だと思ってくれれば十分だろう。
もしくは『自分探しの旅』とも言えるけど――――それはまた後程。
とにかく、この単元も普段と同じく6つのポイントで押さえていくぞ。
それでは見て行こう!
Point①
『数学流○×クイズ』
それでは突然ですが、オープニングクイズだ。
次の問題に○×の二択で答えよ!
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(例1)
4分の3と3分の2では、3分の2の方が大きい。
○か×か?
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……さぁ、早速の問題だったけど解けたかな?
答えは『×』。たぶん解説も要らないだろう。
では、今の例題を『命題』の問題風、数学流○×クイズにアレンジしてみよう。
そっくりそのまま書き直せば……こうだ!
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(例1)次の命題の真偽を調べよ。
3/4 < 2/3
(答) 偽
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ジャーン!
コレこそが高校数学で目にする『命題』の出題スタイルなのだ!
……と言っても、実は元々の○×クイズとそう変わらない。
違う点はたったの2か所だけなんだよね。
まず1個目。数学の世界では○×のペアは使わず、代わりに『真偽』っていう漢字のペアを使う。○が真、×が偽だ。
次に2個目。こうやって真偽をつける問題文のことを、単元名でもある『命題』と呼ぶ。さっきの問題で言えば『3/4 < 2/3』の部分が命題だな。
あとは、自分の持てる数学知識を駆使して命題に○×を……もとい真偽を付ければクリア。
それだけだ。
さっきの例題について考えれば、問題文……あらため命題『3/4 < 2/3』は、よーく見ると不等号が逆向き。つまり命題は間違っているから答えは×、つまり『偽』。それだけだ。
以上で解説オシマイなんだけど……それではつまらないので、あと5問ほど例題を添えよう。
要は習うより慣れろ、命題と答えのペアを眺めながら『命題』の何たるかを感じてみてほしい。
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(例2) 5は2で割り切れる
(答)偽
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(例3) 21は3の倍数である
(答)真
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(例4) 0は自然数である
(答)偽
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(例5) 1.5 = 2/3
(答)偽
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(例6)△ABCにおいて、
∠A + ∠B + ∠C =180°
(答)真
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……こんな感じだ。
後ろの2問については数式を使った問題だったけれど、惑わされることなく答えられたかな?
Point②
『運命の赤い糸 "⇒"』
以上の例題は、『1本の数式』について合っているか間違っているかを判断るだけだったよな。
けど……命題の難易度が上がると、次第に『数式1本』じゃ書き表しきれなくなる。
『数式2本』が必要になってくるのだ。
という事で、今度はそんな少し難しい○×クイズに挑戦してみよう。
例題はコレだ!
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(例7)○か×か?
どんな負の実数でも、2乗すれば正になる。
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ちなみにこの問題、答えはもちろん『○』だ。マイナスのマイナスはプラスだからな。
それでは、コレを数学流の命題に書き換えてみるぞ!
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(例6)次の命題の真偽を調べよ。
x<0 ⇒ x²>0
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ジャーン!
こんな感じだ。難易度が上がったぶん数式2本になった命題だな。
それじゃあ、コレの意味について解説するぞ。
まず、1本目の式も2本目の式も表している意味は単純。『xはマイナス』『xの2乗は正』っていう、それだけだ。
単体の式じゃ、どちらも特に深い意味のない不等式だよね。
だけど……そんな赤の他人だった2式を結びつけたのが、『⇒』という記号。名前を『ならば』といい、『もし〜ならば〜である』という名前そのまんまな意味の記号だ。
そんな仲介もあってか、無事2本の式がペアになると――――あらビックリ!
『もしxがマイナスならばxの2乗は正になる』という、意味のある命題ができあがっちゃうのだ!
という事で、今回真偽を調べる命題『x<0 ⇒ x²>0』の意味は上記の通り。
どんな負の実数でも2乗したら必ず正になるから、答えは真になるぞ。
……つまり、纏めるとだ。
赤の他人だった2つの『式』が出逢い、運命の赤い糸『⇒』で結ばれ、――――1つの『命題』という名の夫婦になって、初めて意味を持つ。
そんな2式の間に産まれたもの――――それこそが、真か偽かという『答え』。
そう。
命題の真偽を調べるという事は――――『条件式』という両親の下に生まれた子どもが、『真偽』という名の自身の運命を知るための『自分探しの旅』だったのだ!
Point③
『■■■をとって■を探して真偽を見極めろ』
……さて。『運命の赤い糸』やら『自分探しの旅』やら訳の分からない妄想は一旦忘れよう。
このPointでは、Point②でやった『2本の数式と⇒を使った命題』の真偽を見分ける方法を伝授するぞ。
今回紹介する方法は、命題の問題を解く上ではそこそこ有効。その上後々になって効いてくることもあるのだ。
ただ、注意点としては……この方法を他人にやったら確実に嫌われる。人間相手には使ってはならない方法だけど、今回の相手は命題だ。嫌われることは無いので安心して使ってほしい。
そんな命題の真偽を見分ける方法、それは――――『揚げ足取り』と『粗探し』だ!
命題 A⇒B の意味は、『もしもAだった時には、必ずBになる』。
……と言うのは、命題 A⇒B が真だった時の話だ。
じゃあ偽になるのはどんな時だ?
それは、『もしもAだったにも拘わらずBじゃなかった』時だ。
こんな時――――『反例』が1回でも有れば、その命題は一発で偽が確定する。
逆にそれが無ければ真だ。
つまり、僕達が命題の真偽を調べる時には……「Aって言ったのにBじゃないじゃんか!」と言うように他人の揚げ足をとり粗を探すかのごとく『偽』を探せばいい。
揚げ足をとって粗を探すんだよ!
では、ココで例題を3つほど示そう。
以下の命題はどれも偽だ。『反例』を探して、命題が偽であることを証明してほしい。
では、1問目からだ。
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・以下の命題に対し、反例を挙げよ。
(例7) xは2の倍数 ⇒ xは4の倍数
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この命題を偽にするためには『(正)⇒(偽)』、つまり2の倍数だけど4の倍数じゃない証人xが居れば良いんだよな。
そんなxが誰かと言えば……『x=2』だ! もしくはx=6、x=10、他にも沢山居るぞ。
ということで、この問題の答えは『反例:x=2』など。
では、このような感じで残りの例題についても反例を挙げていってほしい。
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(例8) x>0 ⇒ x-1>0
(例9) x>0 ⇒ x²>x
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……分かったかな?
それでは、答えの一例だ。
例題8は『反例:x=1』。 0<x≦1 となるxであれば全て反例になるぞ。
例題9は『反例:x=0.5』。こちらも 0<x≦1 であればオッケーだ。
このような問題が解けるようになれば、ぶっちゃけこの単元の大体は終わったと言っても良いだろう。
ココから先のPointは、この技術を使って解く応用版だ!




