18-15. 基地Ⅱ
そして、その3日後。
机や椅子、本棚やカーテンといった部屋の備品類は既に買い揃えた。
完成は、あとは黒板の取り付けを待つだけ。
「おいデケェの! 金髪の! 俺が黒板固定するまで動かすんじゃねぇぞ!」
「分かったぞ!」
「水色の嬢ちゃん、釘を2本くれ!」
「はいはーい!」
トントントン
トントントン
大工のオジサンが朝イチで運んできてくれた黒板を、僕達も手伝いつつ壁に取り付けているところだ。
「【冪乗術Ⅱ】・all3!」
「おっ、楽になったぜ。気が利くじゃねえか白衣の!」
「いえいえ」
大工のオジサンに【冪乗術Ⅱ】を掛けてみると凄く喜ばれた。
……この人、復興作業の時に使って以降ステータス加算を結構気に入ってるからな。
「【冪乗術Ⅱ】・all3 for ens.TRIG!」
ついでにシン達3人にも掛けてみた。
……いや、ぶっちゃけこの状況じゃ特に要らないんだけど。ただ【集合】が使ってみたかっただけです。
とまぁ、そんなステータス加算が功を奏したのかどうかは知らないけど……工事はあっという間に終わった。
「ぅし、取付工事完了!」
「おー! 黒板デッカーい!」
「なんでも描けるぞ!」
白い壁紙だけだった部屋の壁には、大きな深緑色の黒板が取り付けられた。
木製の黒板レールにはチョークと黒板消しも用意されている。
「……子どもの頃を思い出すわね」
「ああ。僕もあの日以来だ」
久し振りの黒板。召喚前に通っていた高校を思い出す。
……この感じ、久し振りだ。勉強嫌いだとはいえども案外悪くない。
「オジサン、ありがとうございました」
「気にすんな! また何か有ったらいつでも言いやがれ!」
「はい。お世話になります」
「おう!」
僕のお礼にそう返すと、オジサンは完成した部屋をグルリと見回す。
「……にしてもこの部屋、トラスホームからは聞いてたが秘密基地にしたんだな」
「はい。」
「良いじゃねぇか。このデケェ机とか、まさに会議をするには丁度良いサイズだ。良いセンスしてんじゃねぇか」
「「ありがとうございます」」
部屋の真ん中にドドンと置かれた、地図も十分広げられそうな木製の机に感心するオジサン。
褒められた家具担当のシンとダンも嬉しそうだ。
「紺色のカーテンも中々合ってんな。今はスッカラカンな本棚も、今後作戦や魔王軍の情報収集と共に一杯になってくんだろ?」
「はい」
「どんどん増えてくのが楽しみだな。頼むぜ勇者様。…………ところでアレは観葉植物(?)ッつー事で良いんか?」
そう言ってオジサンが指差す先には――――部屋の隅に置かれた、枯れ木。
鉢植えに植えられた、高さも1mちょっとくらいの、葉の一枚もついていない……枯れ木だった。
勿論、選定したのはコースとチェバのコンビです。
「枯れてるじゃんか……」
「枯れてるわね……」
「枯れてないー! ちゃんと生きてんだよ!」
必死に主張するコース。
だけど、どう見ても枯れてるようにしか思えない……。
「おいおい水色の嬢ちゃん。『葉を観る』からこそ観葉植物なんだぜ? だとすりゃ、俺らはコイツの何処を観りゃいいんだ?」
「んー。…………分かんない」
お前自身も分からないのかよ。
「もっとマシな観葉植物が有っただろ……」
「あったけど……お店のオバアチャンが『これおすすめだよ』って言ってたの! 『ちゃんと毎日お水をあげれば、いつかキレイな木になる』って!」
「で、ソレを買わされたと……」
「うん!」
絶対騙されたじゃんか。
「……ちなみにその店、どこの何つー所だ? 俺ぁフーリエん中なら大体の店知ってるから、言ってみやがれ。水色の嬢ちゃん」
「んー、えっとー…………忘れた」
「「「「「…………」」」」」
ダメだこりゃ。
「まぁ、色々とツッコミてぇ所は有るが……良いんじゃねぇか? 水色の嬢ちゃんらしいチョイスだと思うぜ」
「……はい」
……コースを観葉植物担当にしたのは僕だし、もう仕方ない。
任命責任は私にありますって事にしておいた。
……という事で。
「基地、コレで完成だな」
「「「おぉー!」」」
僕達の目の前には、3日前に思い描いたのと大体同じ部屋が出来上がっていた。
真ん中には広々とした机。
その周りには木製の椅子が6脚。
壁に黒板。
本棚。
窓にはカーテン。
そして観葉植物……。
枯れ木だけはちょっと想像と違ったけど、満足いく仕上がりだ。
「けっこう良い感じの部屋になったわね」
「作戦会議っぽいです!」
「らくがきしちゃおー!」
完成した秘密基地に皆も興奮している。
椅子に座るなりチョークを持つなりカーテンを開閉するなり好き勝手やっている。
「なあ先生」
「ん?」
すると。
黒板に早速落書きするコースを尻目に、ダンが声を掛けてきた。
「この基地に名前は無えのかよ?」
「あぁ、そういえば無いな」
ただ普通に『秘密基地』って言っても良いけど、それじゃ何だか趣が無いしなー。
どうせなら何かカッコいい名前を付けよう。
「どんな名前が良いかな」
とりあえず5人と1頭がそれぞれ席に座り、腕を組んで考えてみる。
……この秘密基地で初めての会議が行われた。この基地自体の名前決めだ。
「秘密基地ですから……隠れ家? 拠点? とかですかね」
「『軍事基地』とかどうだ? カッコ良くねえか?」
「ダンなんかちがーう」
「なっ。じゃあコース、お前は何か良い案あるのかよ?」
「んー。……――――かくれんぼ?」
「何だそりゃ」
「ねえ、そもそもなんだけど……ここって本当に『秘密』基地なのかしら?」
「……と言うと?」
「この家、前の包囲事件で魔物に襲われたのよね? もしかしたら、ここがわたし達の家って魔王軍にバレてるのかも」
「「「「…………あっ」」」」
「……もう仕方ない、『魔王軍にはバレてない』っていう体で進めよう。バレてたらその時また考える」
「そうね」
「皆さん、どうせなら、私は先生の『数学者』とか【演算魔法】とかを名前に組み込むのはいかがでしょうか?」
「あ、それ俺も考えてたぞ!」
「でも、そういうのって結構難しいのよね」
「はい。私もさっきからずっと考えていたんですが……思いつかなくて」
組み込むのか。
結構難題だな……。
「先生、数学者とか、演算とかって別の呼び方は無いんですか?」
別の呼び方、かぁ……。
「そうだな。演算は確か……英語でカルキュレーションだったと思う」
【確率演算Ⅴ】は英語で『プロバビリティ・カルキュレーション』だからな。
「で、数学はマスマティックスだから……」
数学者はerを付けてマスマティックサー?
……いや、違う違う。マジシャンみたいな奴だったな。
「数学者はマスマティシャンだな」
「成程、カルキュレーションにマスマティシャンですか」
「マスマティシャン自身でも結構カッコいいなと思うぞ、俺」
「でもそのまま使うのはちょっと面白みに欠けない?」
「まあ、そうだな」
「けどなぁ……」
「「「「「うーん……」」」」」
「くぅん……」
会議は行き詰ってしまった。
5人揃って腕を組んだまま俯く。
チェバまで唸る始末だ。
――――うーん、そうだな。
何か良い語呂合わせみたいなのが作れれば良いんだけどなー。
演算……、数学者……。
カルキュレーション……、マスマティシャン……。
秘密基地……、隠れ家……、拠点……。
隠れ家、カルキュレーション……。
隠れ家、カルキュレーション…………――――
「あっ」
出来た出来た!
良いのが出来たぞ!
「どうしたのケースケ?」
「何か良い案でも思いついたんですか?」
「おぅ!」
そう言うなり皆が顔を上げる。
「まぁ、ココが秘密かどうかってのは良いとして……だ」
そう言いながら立ち上がり、チョークを手に取る。
喋りながら、黒板にアルファベットをゆっくりと書いていく。
「最初の方でシンが言ってた『隠れ家』と、演算の英語『カルキュレーション』を混ぜて、それっぽい名前に仕上げてみれば……――――
” CalcuLega ”
「『カルキュリーガ』っての、どうかな?」
「「「「カルキュリーガ…………」」」」
僕の言葉を、ゆっくりと反芻する4人。
こういう事に於いては何かとダサさに定評がある僕なので、凄く緊張する。
……どうだろう。
「……良いと思う。わたしは」
最初に口を開いたのは、アークだった。
「なんかカッコ良さそうじゃねえか!」
「さっきのダれかさンが言ってた『軍事基地』よりもいーと思う!」
「きゃんッ!」
「……悪かったなあ」
「語呂も悪くないですし、素敵です!」
「そっか」
他の3人からも、思いの外良い反応が返ってきた。
……全会一致だ。
「それじゃあ、コレで決まりだな」
「はい!」
「うん!」
「おう!」
「ええ!」
「きゃんッ!」
――――西門からすぐの、人気のない空き家通り。
――――ズラリと並ぶ空き家に紛れ、佇む1軒の家。
――――その中に設けられた、ある一室。
数学の知識を以って、それを武器とする僕達の……秘密基地が、生まれた。
英語で書けば、CalcuLega。
日本語で読めば、カルキュリーガ。
「対魔王軍作戦基地・CalcuLega、誕生だ!」
「「「「おう!」」」」
「わんッ!」
さてと。
新しく仲間になったチェバに、新しくなった我が家。新しくなった戦士組の武器に、そして新しく作った秘密基地。色々と新しくして、めざせ魔王軍との形勢逆転!
現在の服装は、麻の服に白衣。
重要物は、数学の参考書。
職は、数学者。
目的は魔王の討伐。
準備は整った。さぁ、魔王討伐のネクスト・ステージといきますか!
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これにて第三部、完結です。
そしてついに400話を突破しました。
そんな長々と書き続けてどうする、っていう話ですが……まだまだ書かせてください^^;
数学を魔法にしてみたという、こんなネタみたいな小説ですが……お付き合いくださり本当にありがとうございます。
次話からは第4部・19章に突入。これからも計介の冒険譚を書き続けて参る所存です。
時にはゆっくりになったり、足踏みしたり、脱線したりすることもあるとは思いますが、出来る限りエタらずにこの物語を完結させて行こうと思います。
これからも皆様に楽しんでお読み頂ければ、またささやかながら数学知識のお役に立てれば幸いです。
皆様のご感想もお待ちしてます(小声)
どうぞ、これからもよろしくお願い申し上げます。
2020年 7月25日 ほい
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