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横恋慕ちゃん5~雨のち、晴れ~

 泣くな、泣くな泣くな。


 私はそう強く心で念じた。

 泣いちゃダメ。これは私が決めたことなんだから。泣く資格なんて私にはない。

 だけど、涼くんと一緒にいるのは居心地が良くて、ついつい別れの言葉を先延ばしにしてしまう。

 でも、それではだめだと思うから。私は笑顔を無理やり作って、別れの言葉を彼に言った。


「おしまいにしよう」


 そう言ったのは私なのに、そう言った自分の言葉に傷ついている。

 馬鹿みたい。

 そう思っても傷ついている事実は変わらなくて、ありったけの勇気を振り絞ってそう言った私の言葉に涼くんがすんなりと頷いたから、余計に傷ついて。

 でも最後は笑顔で別れようって決めていた。

 だから泣きたいのを堪えて、私は無理やり笑顔を作って「ばいばい」と告げる。

 歩き出した私の背に、涼くんは何も言ってくれなくて。

 本当は、本当は引き止めて欲しかった。

 だけどそれは私の我が儘で、これ以上私の我が儘に涼くんを付き合わせるわけにはいかない。


 しばらく歩いたところでとうとう堪えきれなくなって、私は上を向いた。

 上を向けば涙が零れないかもしれない。そう思ったけど、だめだった。

 涙が次から次へと零れてしまう。

 ぽつん、と頬に冷たいものが当たる。ああ、雪が降っているんだと思いながら、私は上を向いて歩く。

 これは泣いているんじゃない。雪が当たって泣いているように見えるだけなんだと自分に言い訳をしながら。


 私は、いつの間にか涼くんのことが好きになっていた。

 ぶっきらぼうで、子供っぽいところもあって。だけど、とても優しい、そんな涼くんに。

 最初はたくみさんとの共通点を探して、そのうちたくみさんと違うところを探すようになった。

 ぶっきらぼうだけど、面倒見が良い涼くん。面倒見が良いところはたくみんそっくり。

 言葉遣いが荒いけれど、その言葉はすごく優しくて、何よりも涼くんの傍にいるのはとても心地よくて、いつの間にか、涼くんに惹かれていた。

 私たちの関係はタイムリミットがある。それは私が設けたもので、今更変えることなんてできない。

 それに、やっぱり私のこの想いは不毛だ。だって、涼くんが好きなのはお姉ちゃんなのだから。

 涼くんは最後までお姉ちゃんへの気持ちを私に言わなかった。認めるようなことは言っていたけど、はっきりとは言わなかった。

 でも、お姉ちゃんを見る涼くんの瞳を見れば涼くんの気持ちなんて一目瞭然で、そんな涼くんを見るのが嫌になって私はまた醜くお姉ちゃんに嫉妬して、だから勉強の場所を家から図書館へ移してもらった。

 ちょっとした打算もあった。二人きりでいれば、いつか私を意識してくれるんじゃないかって、そんな期待もしていた。

 …結局、そんなことなかったけれど。


 私は涙を乱暴に拭って、雪が舞う空を見つめた。

 そしてまた、私は自分のこの気持ちに別れを告げる。


「さようなら、涼くん…」


 次に会うときは、きっとこの想いを過去の物にすることができている。

 そう、信じて。






 私は高校に進学して、忙しい毎日を過ごした。

 新しい環境で、慣れないことばかり。だけど、新しい友達も出来て、それなりに充実した日々を送っていた。

 登下校の時、たまに涼くんを見かける。そのたびに胸が痛くなった。

 私は敢えて声は掛けなかった。涼くんと話したら、忘れたはずの想いが復活しそうで。

 …ううん。本当は忘れてなんかいない。

 学校でかっこいいと評判の男の子を見ても、涼くんの方がかっこいいな、って頭では思ってしまうし、涼くんと色々と比較してしまう自分が嫌になる。


 そんな自己嫌悪を繰り返しながら日々を送っていると、あっと言う間にお姉ちゃんの結婚式の日が来てしまった。

 私もドレスを着て、髪の毛をきちんとまとめて化粧をして式に参加する。

 控室に顔を出して、ウエディングドレスに身を包んだお姉ちゃんの姿を見て、私は息を飲んだ。

 お姉ちゃんはびっくりするくらい綺麗だった。そして、とても幸せそうだった。

 そんなお姉ちゃんの姿を見て、今なら心から祝福が出来そうだと思った。

 私はお姉ちゃんに近寄ると、お姉ちゃんは私を見て目を細めた。


「夏鈴ちゃん。そのドレスとっても似合っているわ」

「お姉ちゃんこそ。すっごくきれい!さすが私の自慢のお姉ちゃんだよ」


 私が心からの笑顔で「お姉ちゃん、おめでとう」と言うと、お姉ちゃんは泣きそうな顔をして私に抱き付いた。

 私があわあわとしていると、お姉ちゃんが小さな声で「…ごめんね」と呟いた。


「?なにが?」

「私…知っていたの。なのに…ごめんね、夏鈴ちゃん」


 なにが、という部分をお姉ちゃんは言わなかった。

 だけど、私にはわかった。

―――お姉ちゃんは知っていたんだ、私のたくみさんへの気持ちを。


「私、最低なのよ…だから、夏鈴ちゃんにおめでとうって言われる資格なんて…」

「お姉ちゃん」


 お姉ちゃんの台詞に被せるようにお姉ちゃんを呼ぶと、お姉ちゃんはビクリと体を震わせた。

 私はそんなお姉ちゃんに微笑んだ。


「お姉ちゃんは、私の自慢のお姉ちゃんなの。そんなお姉ちゃんが大好きな人と結婚するのに、おめでとうって言わずにはいられないよ。おめでとうって言われる資格がないなんて言わないで」

「夏鈴ちゃん…」

「それにね、私、お姉ちゃんに感謝しているんだよ?お姉ちゃんのお蔭で優秀な家庭教師を付けて貰えて、志望校に無事合格出来て。だから、気にしないでよ」


 私がそう言うと、お姉ちゃんはぽとりと一滴涙を零した。

 私が「ああ、せっかくのお化粧が…」と慌てると、お姉ちゃんはとても綺麗に笑って涙を拭った。


「…ありがとう、夏鈴ちゃん」

「…うん。お姉ちゃん、しあわせになってね」


私はもう一度、心を込めて「おめでとう」とお姉ちゃんに言った。



 カーンカーンと鐘の鳴る中、お姉ちゃんたちはまるで物語の中の登場人物のように絵になる姿をお披露目した。

 私はそんなお姉ちゃんたちを遠目に見つめ、二人の幸せそうな姿を見守った。

 生憎の雨だけど、幸せそうな二人の姿に胸がいっぱいになった。


「…こんなところでなにしてんの?」


 不意に掛けられた声に振り向けば、そこにはスーツを身に纏ったいつもよりもきっちりとした格好の涼くんが立っていた。

 茶色だった髪は何故か黒くなっていて、だけど相変わらずピアスだけはしていた。


「近くで見るより遠くで見た方が、全体が見れて良くない?」

「そうか?」


 そう言って首を傾げる涼くんは、数ヶ月前に別れた時のままで、私の胸がぎゅっと締め付けられた。

 涼くんを目の前にすると、ああやっぱりまだ好きだな、と再確認をしてしまって、嫌になった。やっぱり忘れることなんてできなかった。あの日にこの恋は置き去りにしたつもりだったのに。


「…久しぶりだね。元気だった?」

「まあ、それなりにな」


 …会話が続かない。前はどんな会話をしていたんだっけ。

 私は必死に会話を探す。きょろきょろと忙しなく視線を動かして、涼くんがどこかを見ていることに気付き、その視線を辿ると、その先にお姉ちゃんがいた。

 ああ、やっぱりまだ涼くんはお姉ちゃんのことが…と思って私は勝手に落ち込んだ。


「…陽奈子さん、綺麗だな」

「…うん。だって私の自慢のお姉ちゃんだし」

「そうか。そうだな」


 涼くんはそう言って苦笑した。

 そしてお姉ちゃんたちを見つめる涼くんの瞳に、私は違和感を覚えた。

 涼くんの瞳には前まであった切ない色が一切なかった。あるのは二人を心から祝福しているような温かい色だけ。

 あれ、と私がまじまじと涼くんを見つめていると、涼くんと目が合う。


「…ね、ねえ。涼くんは…」

「なあ、夏鈴」


 私の言葉に被せるようにして涼くんは私の名を呼んだ。

 久しぶりに名を呼ばれて、私の胸の鼓動が早くなる。

 なんとか「なに?」と返事をすると、涼くんは柔らかい表情をして私を見つめた。


「前に、俺に聞いただろ?前を向けそうかって」

「え?う、うん…言った」

「あの時、俺が答えられなかったのを覚えているか?」

「…うん。覚えてる」


 私がその質問をしたとき、涼くんはとても困った顔をしていた。

 だから質問の答えを聞くのを諦めた。


「俺、自分の気持ちがよくわからなかったんだ。けどさ、こうしてあの二人の姿を見て、なんとも思わないんだ。だから、きっと俺は前を向けているんだと思う」

「なんとも思わない…?」

「あ、勘違いするなよ?おめでたいとは思っているからな?」


 慌てて言う涼くんに、私は苦笑して「わかっているよ」と言うと涼くんは少し安心した顔をした。


「俺が前を向けたのは夏鈴のお蔭だ。その礼を言いたくて」

「私?私はなにもしてないよ」

「…いや。やっぱり夏鈴のお蔭だ。だから、礼を言わせてくれ。ありがとうな」

「涼くん…」


 そう言ってニカッと笑った涼くんに、私はもうだめだと思った。

(ずるい。反則だ。そんなこと言われたら…)


「…もっと好きになっちゃうじゃん…」

「は?」


 ぼそりと呟いた私の声は涼くんには届かなかったようで、涼くんは訝しげな顔をした。

 私はキッと涼くんを睨んだ。


「ばか!」

「はあ?なんでばかって言われなきゃ……夏鈴さん?」

「ばか…もう本当に涼くんのばか…」

「お、おい…なんで泣いているんだよ…?」


 涼くんは突然涙を流した私を見ておろおろとしている。

 そしてハンカチを取り出してぎこちない手で私の涙を優しく拭った。


「せっかく…せっかく諦めようと思ったのに…」

「…諦める?」

「そんなこと言われたら期待しちゃうよ?」

「…えっと…?」

「期待、しちゃうよ…?涼くんが、私を見てくれるかもしれないって…期待しても、いいの?」

「あ…あー…」


 ようやく何のことかわかったのか、涼くんがポリポリと頭を掻いた。

 私は涼くんの顔を見ることが出来なくて、俯いた。


「…いいぞ」


 やがてポツリと呟いた涼くんの言葉に私は咄嗟に顔を上げた。

 涼くんは少し照れくさそうな顔をしていた。


「…いいの?」

「むしろ、俺はおまえを見ているんだ。…ってああ、俺なに言ってんだろ…」

「それって…」


 恥ずかしそうにそっぽを向いた涼くんに、私の鼓動がトクンと高鳴った。


「ああ!くそ…こんなこと言うつもりじゃなかったのに…!」

「ねえ、涼くん。それって…それって、私のことが好きってこと…?」

「……!」


 涼くんは目を見開いて私を見つめた。

 そして自棄になったように少し顔を赤くして、私を睨んで怒鳴った。


「――ああそうだよ!なんか文句あるか!」


 逆ギレをする涼くんに、普段なら怒るのに、この時だけは私は目を見開いてまた涙を流した。


「文句なんて…あるわけないじゃん…すっごく嬉しい…」

「あーえっと…」


 逆ギレをしてしまって気まずそうな涼くんに、私は精一杯笑った。

 涙が流れているせいで泣き笑いみたいになってしまったけれど。


「私も、涼くんが好きです…涼くんのお蔭でね、私、お姉ちゃんたちを心から祝福できたの」

「…そうか。同じだな」


 涼くんが目を細めて私を見つめた。

 その時、ワアという歓声が聞こえた。

 私と涼くんが歓声のした方を向くと「雨が止んで虹が出てるぞ!」「すごくきれい…」という声が次から次へと聞こえた。

 私と涼くんが空を仰ぐとそこには大きな虹が架かっていた。


「綺麗…」

「ああ」


 私と涼くんは二人で虹を眺めた。

 まるで空がお姉ちゃんたちを祝福するかのように、はっきりとした虹の橋。

 お姉ちゃんも拓海さんも、目を細めて虹を見ていた。


「神様からのプレゼントなのかもな」


 不意に涼くんがそう呟いた。

「プレゼント?」と聞き返すと、涼くんは頷く。


「兄さんたちへの祝福と、横恋慕を終わらせられた俺たちに対するご褒美みたいな…?」

「…涼くんって意外とロマンチスト」

「うるせえ」


 ふいっとそっぽを向いた涼くんに私はくすくすと笑いを零す。

 そしてそっと涼くんの手を握った。


 私たちは虹が消えるまで、ずっと手を繋いでいた。






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