前へ目次 次へ 56/59 反転 ある世界線にはべんきょう、便の教えという便教という宗教があったのだが、それはいつしかきれいにトイレを使おうという過激派になってしまったが、本来はトイレに頻回行く人のストレス源をなくそうだとか、 罪悪感を感じている人がそれがすこしでも減るようにトイレットペーパーをきれいにたたんで使おうとか、広めようという理由で始まったが、逆にトイレに頻回行くとかうまくたためない立場のひとが迫害されるような宗教になってしまったのだった