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淡々三国演義  作者: ンバ
第十一回 劉皇叔北海に孔融を救い、呂温侯濮陽に曹操を破る
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五、陶謙再び位を譲る

 さて、使者は徐州へと回帰し、入城して陶謙に見えると、「曹軍が既に撤退した」との書状を呈上してきた。


 陶謙は大層喜び、孔融《こうゆう》、田楷《でんかい》、関羽《かんう》、趙雲《ちょううん》らを徐州城へ赴かせて大宴会を催した。宴が終わると、陶謙は劉備を上座へ座らせ、拱手して一同に言い放った。


「わしは既に年老いた。二人の子はおれども才なく、国家の重任には堪えられぬ。劉公は漢室の裔胄《えいちゅう》にあらせられ、徳は広く才は高邁、徐州を領するに相応しきお方じゃ。わしは暇乞いを願い出て、余生を療養に当てたいと考えておるのだ」


 劉備が言うよう、


「孔文挙どのが私に徐州の救援を命じられたのは、大義の為ですぞ。今、據る発端もなくこれを有さば、天下の人々は私を不義理な輩だと見なしましょう」


 糜竺、


「今漢室は陵遅し、海内は転覆しております故、功業を樹立するのは正にこの時ではないかと存じまする。徐州はまこと富み、戸口は百万、劉使君にこの地を統治していただきたいのです。どうか、ご辞退なさらぬよう」


 劉備、


「この事ばかりは、どうしても命に応じるわけには参りません」


 陳登、


「陶府君はいささか病を患っておいでで、事業を監督する事はかないませぬ。私からもどうかお願いいたします」


 劉備、


「袁公路《えんこうろ》どの(袁術)は四世三公の名家のご出身で、海内の人々が帰服しております。近くは寿春《じゅしゅん》においででしょうに、何故彼に徐州を譲らぬのですか」


 孔融、


「袁公路なぞは塚の中でくたびれ果てた骸骨のようなもので、論ずるに値しませぬ。今日の事は、天が与えた好機ですのに、これを取らねば、後で悔やんでも取り返しがつきませんぞ」


 劉備はそれでも肯じず、遂に陶謙は泣き崩れた。


「貴君がもし我らを見捨てられたら、わしは死しても目を瞑る事がかないませぬ」


 関羽が言う。


「刺史を譲られる事は、陶公たっての願いです。兄者、ここは一旦お受けになっては」


 張飛も続いて、


「俺たちが州郡を寄越しやがれと強要したわけでもねぇし、あっちが好意から譲ろうとしてくれてるんじゃねぇか。玄徳兄はどうしてそこまで撥ね付けるんだよう」


 劉備、


「そなたらは、私を不義の輩に貶めたいのか!」


 陶謙は再三再四に渡って譲位を申し出たが、劉備の意思は梃子でも動かぬ。陶謙はそこで妥協案を打ち出した。


「玄徳どのがどうしても肯じられないようであれば、この近郊に小沛《しょうはい》と申す地がございまして、軍を駐屯する事もかないましょうぞ。玄徳どのにはどうか、彼処へ一旦腰を落ち着けられ、徐州を守っていただきたいと存じますが、いかがでございましょう」


 一同もみな、小沛に留まるよう勧めたので、劉備はこれに従った。


 陶謙による軍の慰労が終わると、趙雲は辞去し、劉備はその手を取って涙ながらに別れた。


 孔融と田楷もそれぞれ兵を引き連れて本拠地へ戻り、劉備・関羽・張飛は本来の部衆を連れて小沛へと向かい、城壁を修復して民衆の慰撫につとめた。

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