六、徐州大虐殺
この時、応劭の部下の中で生き延び、曹操に報せた者がいた。
曹操はこの凄惨な事件について聞くと、慟哭して地に倒れ伏した。衆人が救い起こすと、曹操は切歯して、
「陶謙め……、兵に横暴を働かせ、我が父を殺しおったな……!! 許さん、許さんぞ。奴と共に天は戴かぬ!! これより、大軍を総動員して徐州を消し去り、我が恨みを雪いでくれようぞ!!」
かくて、荀彧・程昱を兗州に留め、三万の軍勢を統領させて鄄城・范・東阿の三県を守らせ、余勢の悉くが徐州へと殺到した。
先鋒となったのは夏侯惇・于禁・典韋。曹操は、「敵の城を得たなら、城中の百姓を皆殺しにして父の讎を雪げ」──と命じた。
当時の九江太守・辺讓は陶謙と親交があり、徐州に危機が迫っているとわかると、自ら兵五千を引き連れて救援に向かおうとした。曹操はこれを聞くと大いに怒り、夏侯惇を遣わして道を遮らせ、彼を殺してしまった。
かつて曹操の危機を救うも袂を別った陳宮は、この時東郡の従事となっており、曹操が復讐の為に兵を挙げ、百姓を殺し尽くしていると聞くと、当夜に曹操の前に現れた。
曹操は、彼が陶謙の為に説客としてやって来た事を悟り、会わずにしておこうと考えたが、一方で旧恩を無視するわけにもゆかず、やむを得ずに帳の中で陳宮と会見した。
陳宮の言うよう、
「今、明公は大軍を徐州へ臨ませ、ご尊父の讐に報いんと、至る所で百姓を皆殺しにしていると聞き及び、私はこうして特別にご意見に参りました。陶謙どのは仁の人であり、君子にございまして、利を好みて義を忘れるような輩ではござらぬ。ご尊父が害に遭われた事は、乃ち張闓の罪であって、陶謙どのの罪ではありません。かつ、徐州の民衆に対して、明公は何の讎があるというのですか! それを殺そうとなさるのは不祥と申すもの。どうか、どうかご熟慮を」
曹操は怒りの声をあげた。
「貴公はかつてわしを見捨てておきながら、今、何の面目があって再びやって来たというのだ! 陶謙は我が一家を殺した。腑を摘み、その心臓を抉り出して我が恨みを雪ぐと誓ったのだ! 貴公が陶謙の為に遊説に参ったと雖も、わしが聞き入れるとでも思っているのか!!」
陳宮は辞去すると、嘆息して述べた。
「ああ、陶謙どのに合わせる顔がない……」
かくて馬に乗り、陳留太守の張邈のもとへ落ち延びていった。
さて、曹操の大軍は至る所で人民を殺戮し、墳墓の盗掘までもが罷り通っていた。
徐州の陶謙は、曹操が報讐の兵を挙げ、百姓を殺めていると聞くと、天を仰いで慟哭した。
「ああ、わしは天の罪を得て、徐州の民をこのような地獄へと突き落としてしまったのか!」
かくて、百官を招いての緊急会議が執り行われた。
臣下、曹豹の意見、
「曹操の兵が既に至っておりますのに、どうして手を縛って死を待つような真似ができましょう。それがしが我が君の助力となって、これを破ってご覧に入れます」
陶謙は仕方なしに兵を率い、曹軍を待ち受けた。一様に喪服に身を包んだ曹操の軍勢は遠望すると霜雪の如くであり、中軍には両面に「報讐雪恨」と大きく書かれた白旗が掲げられていた。
軍馬が列を成して陣形を整えると、喪服を身に纏った曹操が馬を縦に陣頭へと躍り出て、鞭を振り上げ陶謙を大罵した。
陶謙もまた軍門の旗下へ出馬すると、身を低くして礼を施した。
「わたくしは、本来なら明公とご厚誼を結ばんと考えておりました。故に張闓にご一家の護送を託けたのでございます。しかしながら、賊の心を想い、改める事かなわず、今日の事態に立ち至ってしまいました。本当に、わたくしの与り知らぬ事なのです、何卒、何卒ご明察を!」
曹操はなおも痛罵して、
「老ぼれの匹夫めが! 我が父を殺しておきながら、なおも世迷言をほざくのか。誰ぞ、あの老賊を生捕りに出来る者はおらぬか!」
夏侯惇が曹操の声に応じて打って出ると、陶謙は慌てて陣中へと引っ込んだ。迫る夏侯惇に、曹豹が槍を扱き、馬を踊らせて応戦、両馬が相交わると、忽然と狂風が吹き起こり、砂塵や小石が飛び交ったため、両軍ともに潰乱し、各自兵を引いた。
陶謙は入城し、衆人へ計を披瀝していわく、
「曹軍の大勢力の前では、戦うのは至難であろう。わしは自縛して曹操の陣営へ向かおうと思う。わしの身は八つ裂きにされようが、それと引き換えに徐州の百姓たちの命が救われるのならば……」
言い終わらぬうち、一人の男が進み出て述べた。
「府君は久しく徐州を慰撫され、人民は御恩を感じております。今、曹操の軍勢がいかに多いと申せど、我らが城を破るまでには至っておりませぬ! 府君は百姓とともに城を堅く守られ、打って出る事のなきよう、お願いいたします。私は非才ではありますが、どうか愚策を献じさせてくださいませ。曹操を、死すとも葬る地も無い目に遭わせてくれましょう」
衆人大いに驚きて、彼の打ち出さんとする策を問う。
まさに、本は交わりを為さんとして却って恨みを買い、窮地に陥りてまた活路あり、というところ。
畢竟するに、この男は誰なのか。
それはまた次回で。
──第十回、おわり──




