↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
淡々三国演義  作者: ンバ
第七回 袁紹磐河に公孫と戦い、孫堅江を跨ぎて劉表を撃つ
PR
58/135

二、若武者趙雲

 公孫瓚の来攻を知ると袁紹もまた兵を統領して出撃した。両軍は磐河の上で相見える格好となり、袁紹軍が磐河橋の東側、公孫瓚軍は西側に陣を構えた。


 公孫瓚は立ち所に橋上へ参ずると、大声で呼ばわった。


「義に背く輩め! 何故私を売り、あまつさえ弟の命まで奪いおった!」


 袁紹もまた馬に策《むち》を入れて橋の辺まで至ると、公孫瓚を指差して、


「韓馥には才無く、自ら願い出て私に冀州を譲ったのだ! 貴様には何の関係もない!」


「ぬかせ! 先日は忠義によって貴様を連合軍の盟主に推戴したが、本性は虎狼や狗の類であったとはな! 何の面目ありて世間に立てるというのだ!?」


 公孫瓚が逆寄せると、袁紹の憤怒の檄が飛んだ。


「誰か、公孫瓚めを引っ捕らえよーーっ!!」


 言うが早いか、文醜《ぶんしゅう》が馬に鞭入れ槍を扱いて突っ込んで来ると、公孫瓚は橋の辺で鉾先を交えた。十合打ち合うも公孫瓚は抵抗し切れずに反転、第一陣は見る見るうちに崩されていった。公孫瓚は中陣へ逃れたが、文醜は馬を飛ばして突貫、公孫瓚軍の兵士を薙ぎ倒していく。


 そこで公孫瓚配下の健将四名が一斉に迎撃に出たが、うち一名が文醜にたったの一撃で斃されて馬から吹き飛ぶと、残る三名は怖気付いて逃げ出してしまった。


 文醜は自陣から突出してしまった公孫瓚の背後を追走、公孫瓚は山谷へと逃れようとしたが、


「公孫瓚! 潔く下馬して投降せよ!」


 との厲声がすぐ後ろから離れない。


 公孫瓚は弓箭を全て落とし、兜も脱げ、髪を振り乱して遮二無二駆けたが、そのうちに乗馬が山の坡に前脚を取られて転倒してしまい、どさりと山肌に投げ出されてしまった。


 文醜がすぐさま馬首を巡らせて、公孫瓚に止《とど》めの一突きを見舞わんとしたその時、左方の草叢から出し抜けにひとりの青年が現れた。馬を飛ばして槍を携え、直接文醜に向かっていく。


 公孫瓚が傷付いた体で這い上がって青年を見ると、その身長は八尺(193センチ)、濃い眉毛に大きな瞳、闊い面に二重顎、威風堂々たる姿である。


 公孫瓚を討つ絶好の機を潰された文醜は、怒りの形相で青年に襲い掛かった。交戦、火花の散るかの如き打ち合い。しかし、五十から六十合鉾先を交えてもまるで決着が着かない。一介の青年が渤海《ぼっかい》一の武勇と謳われた文醜と五分を張り合っている光景に、公孫瓚はただただ目を丸くしていた。


 やがて公孫瓚麾下の援軍が至ると、文醜は形勢不利と見て退却していったが、青年はこれを敢えて追わず。


 文醜が去った後、公孫瓚は慌てて体勢を戻すと、彼の者に姓名を問うた。


 青年は恭しく身を屈めて、


「私は常山《じょうざん》郡真定(しんてい)県の者で、姓は趙《ちょう》、名を雲《うん》、字を子龍《しりゅう》と申します。もとは袁紹の幕下におりましたが、彼には忠義なく、民衆を救おうという意思がありませぬ。故にその下を離れて公孫将軍の麾下へ身を投じようとした折、期せずしてこの場に出くわしたものにございます」


 公孫瓚は大いに喜び、かくて趙雲を連れて本陣へ戻ると、軍団の兵装を改めて整えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。