八、人中の呂布、馬中の赤兎
諸侯が色めき立つ中、大いに喜ぶは曹操。更に、劉備の背後から張飛が飛び出して声高らかに叫ぶ。
「雲長兄が華雄を斬ったんだ! 奴らが動揺してる間に、早いとこ虎牢関をぶち破って董卓を取っ捕まえちまおうぜ! もたもたするな!!」
袁術が不快感を露わにして大喝する。
「大臣の俺ですらが自重しているのに、一県令の手下風情が何故いたずらに武威をひけらかそうとしておる! 不愉快だ! こいつら全員、つまみ出してしまえ!!」
曹操が諫めて、
「まぁまぁ、論功行賞に貴賤は関係ありませぬよ」
袁術、
「公らがこれ以降も一県令ごときを重んじようというのなら、こちらから出て行くとしよう」
曹操、
「そのような言葉は慎んでくだされ、大事を誤らせかねません」
険悪な空気となった事を察して、公孫瓚は一先ず劉備・関羽・張飛を自陣まで退がらせた。
諸侯が解散した後、曹操は密かに人を遣わし、劉備三兄弟に牛肉や酒を振舞って彼等を慰労した。
一方、華雄敗死の報を聞いた李粛は、大急ぎで洛陽の董卓に危急を告げた。上申を聞いた董卓は、即刻呂布と李儒を呼び寄せて協議した。
かくて李儒が董卓に言うよう、
「上将の華雄を破った今、賊は勢いに乗っております。あちらは袁紹が盟主となっておるようですが、奴の叔父の袁隗が現在太傅の任にあり、もし内応して外部と勢いを合わせれば、相当な脅威となるでしょう。まず袁隗を除き去り、相国自ら大軍を統率して、浮き足立った賊を各個撃破なさるべきです」
李儒の言を容れた董卓は、李傕・郭汜に五百の兵を与えて袁隗の邸宅を襲撃させ、老若男女を問わず一門の悉くを討ち滅ぼした。董卓は先に献じられてきた袁隗の首を関の門に懸けて号令を掛け、二十万の兵を二手に分けて進発した。
李傕・郭汜の五万が汜水関の防備に当り、もう一方、董卓自らが率いる十五万の本隊は、李儒・呂布・樊稠・張済とともに虎牢関を戍衛する。洛陽から虎牢関までは五十里──すなわち虎牢関が落ちれば、都は目と鼻の先であった。
兵馬が虎牢関へ至ると、董卓は呂布に三万の兵を与えて関の前方に駐屯させ、自らは関の守りを固めた。
早馬による報せが連合軍に届き、一族を討たれた怒りに震える袁紹は、諸侯を集めて協議した。
「董卓は虎牢関に兵を屯集させ、我々を背後から強襲しようとしています。兵を二手に分けて迎え撃ちましょう」
と述べたのは曹操。袁紹はそこで王匡・橋瑁・鮑信・袁遺・孔融・張楊・陶謙・公孫瓚の八軍を虎牢関へ送り込み、曹操を遊撃に当たらせた。
いち早く虎牢関へ至ったのは河内太守の王匡、呂布が鉄騎三千を飛ばして迎え撃つ格好となる。
王匡は兵馬・陣列を整え、軍旗の下から呂布の出陣の様子を見ていたが──三又に束ねた頭には紫金の冠、体には西川産紅綿百花の陣羽織と獣面呑頭の鎧、腰には玲瓏たる獅子の帯鉤、手には愛用の方天画戟、弓箭をその身に随え、猛然と風に嘶く赤兎馬に跨るその姿。
まさに人馬ともに傑出した威容──誰が呼んだか、「人中の呂布、馬中の赤兎」である。
王匡は配下の方を振り返って問う。
「誰ぞ出撃する者はおらぬか?」
後方より一人の将が、馬を躍らせ、槍をしごいて罷り出た。王匡が見れば、これぞ河内の名将・方悦。
かくて呂布と干戈を交えた方悦であったが、五合と持たずに強烈な一撃を浴びて落馬、そのまま永遠に沈黙した。勢いに乗った呂布は方天画戟を振り回して直進、王匡の軍勢は大敗を喫して四散していった。
縦横無尽に突き進む呂布、その勢いは無人の野を行くが如しで、王匡の命もあわやと思われたが、そこで運良く橋瑁と袁遺の二軍が加勢に現れた。
呂布が撤退すると、王匡・橋瑁・袁遺は散り散りになった兵を纏めて三十里退いて軍営を張った。
然るのちに残りの五諸侯の軍馬が到り、一同は善後策を練ったが、
「英雄呂布に敵う人間はいない」
という見解は孰れも一致していた。




