五、獅子身中の虫
一方、兵糧担当の袁術。或る者が袁術に進言して、
「孫堅は江東の猛虎です。もし彼が洛陽を打破して董卓を殺したならば、それこそ狼を除いて虎を得るようなもの。ここで兵糧を与えなければ、必ずや彼の軍は離散しましょう」
袁術はこの提案に頷き、兵糧の輸送を止めてしまった。孫堅軍はやがて糧秣が尽きてしまい、自ずと統制も乱れていった。
孫堅の軍勢が明らかに弱ってきているという報せを聞いた李粛は、ここで華雄に謀った。
「今夜、それがしが一軍を率い、間道を伝って孫堅を背後から強襲します。将軍は前方から攻めてください。挟み撃ちにすれば必ずや虜に出来ましょう」
華雄はこれに従い、かくて伝令により兵士の腹を一杯に満たすと、宵闇に乗じて出撃した。
当夜は月白風清、華雄の手勢が孫堅の幕営へと至ったのは、半夜の頃であった。けたたましい太鼓の音とともに襲来した敵軍を前に、孫堅は急ぎ鎧を装着して馬に鞭を入れたが、そこで華雄と出くわす形となる。
両騎は矛先を交えたが、数合と打ち合わぬうちに背面から李粛の軍団が到り、軍営に火の手が上がっていった。壊乱した孫堅軍の兵は逃げ散り、諸将は各自混戦、孫堅は祖茂ただひとりを従えて血路を開く。
そこへ、逃がすものかと追い縋るは華雄。孫堅は弓を手に取り、華雄へ向けて二発放ったが、片方は躱され、もう一方は外れてしまった。三発目の矢を番えようとしたが、力が入り過ぎ、弓は鵲を描いたかの如くにへし折れた。
もはや応戦は叶わぬ、そう悟った孫堅は弓を投げ捨て、ただ馬を走らせる事のみに専念した。
「殿の頭上の赤い頭巾を目印に賊は追ってきているのです! 急ぎそれを脱いで、それがしの頭に被せてください!」
併走する祖茂が述べる。最早迷っている暇などは無い──孫堅は自身の赤頭巾と祖茂の兜を取り替え、二手に分かれて逃走した。
官軍はただ赤い頭巾のみを目指して追走してきたため、孫堅はその隙に間道から辛くも脱出を果たす。
華雄からの猛追を受けた祖茂は、孫堅の赤頭巾を半壊した人家の焼けた柱に被せておき、自身は樹林の中へ隠れ伏せた。
月明りの下、遠目に孫堅の頭巾を発見した華雄軍は、これを幾重にも取り囲み、不用意に近付こうとしなかった。華雄は兵士に命じて矢を射かけさせたが、そこで初めて計略である事に気付いた。
華雄が進み出て赤頭巾を手に取ったその隙に、祖茂は林から飛び出し、愛用の双刀で斬りかかった。が、華雄は怯むどころか大喝一声、祖茂は一刀のもとに斬り伏せられてしまった。
そして夜が明ける頃、官軍は関へと引き返していった。
程普・黄蓋・韓当はやっとの事で孫堅と合流し、散り散りとなった兵馬を取りまとめて民家に駐屯した。孫堅は祖茂が戻って来ない事からその死を悟り、哀惜の声が止む事はなかった。




