五、曹孟徳と七星の宝刀
伍孚の一件以来、董卓は出入りの際には常に武装した兵士を護衛に付けるようになった。
この時袁紹は依然として冀州渤海郡にあったが、董卓の専横を聞いて洛陽の王允へ密書を遣った。その大略は以下の通りである。
「逆賊董卓は天をも侮りて主上を廃し、人々は口にする事も憚られておるとか。公は奴の暴虐をさも聞こえぬかの如くに静観しておりますが、その様で国に報いんとする忠臣と呼べましょうか! 私は今兵を集めて調練をさせている所でして、王室を洗い清めんと敢えて軽々しく動かずにおるのです。公にもしそのつもりがおありならば、間隙に乗じて計を練りましょう。公が早馬を遣わされれば、すぐにでも御命を奉じる所存にございます」
王允は袁紹の書状を得て尋思するも、これといった方策は浮かばずにいた。
王允はある日、宮廷に近侍する旧臣らに声を掛けた。
「実は、今日はやつがれの誕生日でしてな。今晩皆様を拙宅へお招きし、ささやかな宴会などを催したいのですが」
諸官は口を揃えて「必ずお祝いに参ります」と述べ──その晩、王允宅の後堂に設えられた宴席に挙って出席した。
酒が数巡した所で、忽然と王允が顔を覆い、声を上げて泣き出した。みなが驚いて、
「本日は王司徒のご生誕の日でありますのに、どうして泣いていらっしゃるのですか?」
と尋ねると、王允は悲嘆して、
「今日は、本当はやつがれの誕生日などではないのです。皆様とぜひ一度話し合いたいと考えておったのですが、董卓に疑いを抱かれては一大事ゆえ、あのように述べたのでございます。董卓めは主上を欺き権威を笠に着て、今や社稷の崩壊は旦夕に迫っております。高皇帝が秦を誅し、楚を滅ぼして天下を奄有された事を思い起こすに、今日まで連綿と受け継がれてきた漢王朝が、董卓めの手により失われようとしているとは、誰が想像し得たでしょう。やつがれは涙を禁じ得ません」
王允の言葉を聞いて、同席した者達も滂沱の涙を流したが、その中に手を叩いて哄笑している男が一人──
「はーっはっはっは!! お偉方は揃いも揃って夜から朝まで泣き明かし、また朝から夜まで泣き腫らすおつもりですかな。それで果たして董卓を討ち取れるとでも?」
王允以下かの者を見やれば、これぞ驍騎校尉の曹操。王允は曹操の態度に憤怒して、
「孟徳!! そなたの家も漢王朝の禄を食んできたであろうに、国家の恩に報いる事も考えず、反対に笑っているとはどういうわけだ!!」
曹操は落ち着き払った様子で答える。
「私は別にその事を笑っておったのではございませぬ、各々方が董卓を殺す策を一つたりとも持ち得ておらぬ事を笑ったのです。私は非才といえども、董卓めの首を討って都の門に懸け、天下に謝罪したいと考えております」
王允は席を離れて曹操のもとへ歩み寄る。
「孟徳、何か考えがあるのだな?」
「私がこの頃、下手に出て董卓に仕えてまいりましたのは、奴の隙に乗じて討ち取らんがため。そして今や董卓は、私をすぐそばにまで近付ける程に信頼しております。聞けば司徒どのは七星の宝刀を持っておいでとの事ですが、願わくばこの逸品を私にお貸しくだされ。さすれば相国府に立ち入りて、董卓めを刺し殺してご覧に入れます。この孟徳、死をも恐れませぬ!」
曹操の申し出に王允感嘆して、
「孟徳がその志を果たしたならば、天下にとってこれほどの幸いはあるまい!」
かくて王允自らが注いだ酒を曹操は飲み、誓約を交わした。しかと聞き届けた王允は七星刀を持ち出して与え、酒を飲み干した曹操はすぐさま身を起こして辞去した。
列席していた諸官もまた、ややあって解散した。




