三、永訣の詩
一方、永安宮に幽閉された少帝・何太后・唐妃の三者は、着るものや食べるものにすらだんだん不自由するようになり、その涙の乾く日はなかった。
そんなある日、二羽の燕がたまたま庭へ飛んで来たのを見て、少帝は詩を一首吟じた。
若草は緑に密生し、
二羽の燕が裊裊と飛び回る。
洛水は一条の青、
道行く人々の羨ましきかな。
遥かに臨む碧雲の果て、
これぞ我がかつての宮殿。
何人か、忠義に依りて
我が心中の恨みを晴らすは。
董卓は常に部下を配備して永安宮を厳重に監視させていたため、少帝の詩はその日のうちに耳に入る所となった。
「このような恨みの詩を作るとは、愚かじゃのう。わしに殺す名分を与えるようなものではないか」
かくて李儒と衛士十人に少帝弑逆の命が与えられたのである。
この時、少帝は太后・唐妃とともに楼上にあったが、宮女から「李儒がやって来た」との報せを聞いて大いに驚いた。
李儒はずかずかと楼上へ駆け上がってくると、挨拶もそこそこに少帝に酒を勧めてきた。すなわち、鴆毒の仕込まれた品である。少帝がわけを尋ねると、
「本日はお日柄も良く、董相国が特別に美酒を賜られたのでございます。ささ、聞こし召されませ」
何太后は李儒の態度を訝しむ。
「美酒と申すならば、まずそなたが飲んでみよ!」
李儒はこれを聞いて、
「なんだと? 貴様ら、相国の酒が飲めぬと申すか!」
と血相を変え、左右の者に短刀と白絹を持って来させ、無慈悲に言い放つ。
「酒を飲めぬと申すなら、これを使って自決せい!」
見兼ねた唐妃が、李儒の足下に跪いて懇願した。
「妾が陛下に代わって飲みます。なのでどうか、どうかお二人のお命だけはお救いください」
「ええい、誰だ貴様は! 王の代わりに死ぬだと?」
李儒は唐妃を一蹴すると、矛先を何太后へ向け、
「まずは貴様から飲め! そもそも貴様の兄の何進が無能であった故に賊をのさばらせてしまい、今日の混乱に至ったのであろうが!」
と、散々に罵倒した。なおも迫る李儒の姿に、いよいよ少帝は観念して、
「李儒よ、せめて母上に別れの言葉を告げさせてもらえぬか」
かくて少帝は吟じた。今生別離の悲歌慷慨。
天地は易わり、日月は翻り
万乗を棄て、藩屏に退けられん。
臣下に逼られ、命久しからず
大勢去りて潸潸と空に涙す。
唐姫も涙ながらに返し歌を作った。
皇天崩れ、后土頹れて、
躬ら帝姫と為り、随えぬを惜しまん。
生死の路異にして此に従い別たれ
如何に速くも独り、心中悲しからん。
歌い終えると、少帝と唐妃は抱擁を交わして哭泣した。しかして李儒に慈悲はなく、ただ罵声を浴びせるのみ。
「相国に早い所報告せねばならぬというのに! 貴様ら、時間を稼げば誰かが助けに来るとでも思っておるのか!?」
何太后が最後の矜持で逆寄せる。
「逆賊董卓めぇえっ! 我々親子をこのような目に遭わせおったからには、必ずや天罰が下るぞ! 貴様ら董卓に与する者どもも同様じゃ! 必ずや族滅に遭おう!!」
激怒した李儒は両手で何太后を掴むと、そのまま力任せに楼の下へ振り落としてしまった。唐妃は李儒の命を受けた武士によって無残に絞め殺され、残った少帝は無理矢理口内へ毒酒を注がれ、遂に死に至った。
こうして三者を殺害した李儒は帰還して董卓に報告、命によって少帝らは洛陽の城外に埋葬された。




