争い
直哉は1人帰路についていた。
口元が少し赤く腫れているのは、あのホテルで男と殴り合ったせいだ。
あの後…
セリカに振りかざした殺意を直哉に止められて、男の怒りはますます膨れ上がった。
その怒りの矛先を今度は直哉に向けて飛びかかって来たのだ。
無我夢中の男の拳が直哉の右頬にヒットする。
油断していたからか殴られた勢いで直哉は壁に強くぶつかり、崩れるように座り込んでしまった。
パーカーの中の財布や携帯が床に飛び散った。
男は少しだけ満足気にニヤリと笑った。
「クソがっ。」
そう言って完全に戦闘モードのスイッチが入った直哉は、血の混じった唾を吐き捨て、ムクリと立ち上がるとファイティンポーズをとる。
「ううぉーーーっ!」
ほぼ柔道の組手に近い状態で男が再び向かってくるが、直哉は冷静に距離を詰め
男の脇腹に思い切り回し蹴りをお見舞いしてやった。
日頃からサッカーで鍛え上げているその蹴りは、思った以上に威力があり、
蹴られた勢いで窓際のイスを次々になぎ倒しながら男が吹き飛んでいった。
完全に直哉の勝利である。
蹴られた腹を抑えながらやっとの事で立ち上がった男は、吐き捨てるように
「…っく、これで終わったと思うな!」
そう言って部屋から逃げるようにして出て行った。
嵐は過ぎ去り、部屋には静寂が訪れた。
「ふぅ…。」
直哉は一つため息をつくと、洗面所に向かいうがいをした。
口から吐き出した水は赤く染まっている。
鏡を見ると口元が少し赤くなっている。
「ちっ!」
腫れた部分が思いの外傷んだこともあって、舌打ちをして顔をゴシゴシと水で洗う。
「…なんで戻ったんだ。」
そう鏡の中の自分に問いかけていた。
部屋の中でセリカは転がった椅子やズレた家具を直していた。
「どけっ。」
直哉がセリカを退かして家具を直す。
ある程度元の位置に家具を戻し終わると、部屋はまた静かになった。
直哉は冷蔵庫からビールを取り出して窓際のソファーに座りプルタブを開けた。
「これ飲んだら帰るから、お前も帰れよ、実家。」
セリカは外の景色を見ている。
何も喋らない。
そして直哉もしばらく静かにビールを飲んだ。
「当面は静かにしてて、先の事はゆっくり考えろ。」
そうセリカに言って
飲み干した缶をグッと握りつぶし、今度こそ部屋を出た。
直哉は会社に帰る気分にはなれず、通りがかったリトルシネマの懐かしのタイトルをぼんやり見てから帰路についた。
夕方になっていた。
家の玄関の前で、財布からカードキーを出そうとするが見当たらない。
「あれ?ヤベー…落としたか?」
そう言って管理人室まで降りて鍵を借りる。
ドアに鍵を差し込むと、ガチャっと閉まる音がする。
「ん?」
ドアを引くとやはり閉まっている。
「…閉め忘れるはずないけど。」
再度鍵を開けて、ドアを引く。
「おかえりー。」
中から聞き覚えのある声がした。
慌ててリビングに駆け寄る。
満面の笑みのセリカがそこには居た。




