永遠のあなたへ
スマホが光る。
確認すると、葵ちゃんからのラインだった。
社会人になって一年目の冬、みんなで近況を話し合おうと、今日に私の家で鍋パーティをすることになっている。
葵ちゃんは早く着きそうだけど家にいるかの確認だった。
私はすぐに返事をして、迎える準備をした。
一時間くらいして、ピンポンが鳴った。
「いらっしゃい。早かったね」
「少し話したいとおもってさ」
お邪魔しますと彼女は手を洗う。
時計やカバンをみると社会人なんだなを実感する。
私は部屋に案内し、近くのチェーン店で買ってきたドーナツを出す。
「このドーナツ美味しいね。」
「良かった。すぐそこのやつだけど。」
「喫茶店のよりうまいよ」
「そっか」
久しぶりに会うこともあってか、静かさがいつもに増して引き立つ。
けれど、心地悪さは感じない。
「椿は今、何の仕事をしているの」
すこし怖い表情で彼女は聞く。
葵ちゃんは私が先生になろうとしてるのをサポートしようとしてくれてた。夢までもそれにして。
いままでやんわりと先生にならないことは言ってきたが、ストレートに言うのは今日が初めてかもしれない。
「今は、放課後デイサービスで働いてるの。空いてるシフトの時とかは、塾のバイトしてる。不登校の子向けの塾でね、なんとなく気持ちがわかって頑張りがいがあるんだ。どっちの職場もさ、子供たちの嬉しそうな顔見ると、これよりも幸せなことはないなって思う。自分まで幸せになる。」
幸せという言葉に反応して葵ちゃんは綺麗に微笑む。
「なら良かった。」
「葵ちゃんは病院?」
「うん。そんな大きなとこじゃないけど。大変だけど、それこそ椿が言ったみたいに笑顔見るとが私まで嬉しくなる。椿もなんかあれば相談してね。割引とかはもちろんできませんけど。」
「ありがとう。そうする。」
ドーナツを食べ進めながら、私たちはなんてことない話を続ける。
テレビに映る芸人の噂とか仕事の愚痴とか。
話す内容は学生の時から変わっても、どこか根幹にあるものは変わってないなと思う。
お互いが大切にしてきたものが話の中に見え隠れする。そんな感覚が好きだ。
「あ、そういえば鍋だけど、具材は買ってあるんだっけ。」
「うん。お肉とか野菜は大体あると思うよ。」
「ありがたい。」
「あでも、お酒あんまりないかも。みんなの好きなお酒があるかな。」
「じゃあなんこか適当に買ってこようか?近くにスーパーあったし。」
「いいの?」
「もちろん。ドーナツごちそうになっちゃったし。」
「それはいいのよ。」
「しっかりとしてもらったことは返さないとね。」
二つ返事で彼女は靴を履き替え、スーパーに買い出しにいった。
私もそろそろ鍋の準備を進めようとしたとき、インターフォンが鳴る。
忘れ物でもしたかなとドアを開けると、きーちゃんの姿があった。
「早く来ちゃった。」
「きーちゃんかびっくりした。今ちょうど葵ちゃんがスーパーに行ったことなの。」
「やっぱりか。それっぽい人とすれ違ったから、そうだろうなって。」
「そうなの。まだ準備中だけど、上がって。」
「お邪魔します。」
きーちゃんと会うのはかなり久しぶりだ。大学二年の夏が最後だったと思う。それからは忙しそうで遊びに誘うのも申し訳なかった。
「すごく綺麗な部屋だね。」
「そう?うれしい」
「あの絵かわいい。」
きーちゃんは飾ってある絵を指さし、微笑む。
「あの絵?働いてるさ、デイサービスの子がくれたんだよね。お絵描きの時間とか結構あってさ。」
「そうなんだ。素敵な絵。素敵」
「今度その子に伝えとくね。プロの絵描きさんが褒めてたよって。」
「プロじゃないよ。全然趣味だからさ」
「プロだよ。すっごくうまいもん。」
「ありがとう。椿ちゃんは立派な先生やってるんだ。かっこいいな。」
「教員免許とってないから、先生じゃないけどね。」
「その子たちにとってはかけがえのない先生でしょ。素敵じゃん。」
まっすぐな言葉をそのまま受け取る。自分の中で抱えていた思いを誰かに口にされると、強く背中を押されている感じで照れくさい。
「きーちゃんは何かやってるの?」
「学生時代のピザ屋さんのバイト続けながら、いろいろなところで絵を描いてる。売れない芸人さんみたいな感じ。」
「そっか。やっぱり、美大ってさみんな画家さんになるの?」
「そうでもないよ。知り合いはほぼみんな美術の教員目指してたし。」
「先生か!きーちゃんは教職取らなかったの?すっごく向いてそうだけど。」
「絶対なるって気持ちじゃなかったからさ。」
「私の周りの子とかは保険として教員免許取ってる子もいたよ。」
「なんかそれは私はしたくなくて。」
「そうなの?」
「本気で目指している人たちに失礼だからさ。私は椿ちゃんが一生懸命に素敵な先生を目指してること知ってたから。椿ちゃんに顔向けできないなって。」
「そんなそんな。なんか申し訳ないよ。」
「いいの。私のわがまま。そんな保険をかけるより、私は椿ちゃんとまっすぐ接したかったから。」
本当にきーちゃんは強いなと思う。私も高校の時よりはきーちゃんに近づけたかな。そうであれば嬉しい。
「ん、葵ちゃん帰ってきたかな。」
インターフォンがなり、ドアを開けると香澄ちゃんの姿があった。
「早く来ちゃった。」
「わ、香澄ちゃん。いらっしゃい。みんないるよ。葵ちゃんは買い出しに行ってるけど。」
「そうなんだ。みんな楽しみだったんだね。」
部屋に入ると、きーちゃんとは違うところを指さした。
「吹部の写真だ。懐かしいね。」
「手紙とかコンクールのパンフレットとか押し入れにたくさんあるよ。なんなら部活のTシャツパジャマにしてるし。」
「いいねえ。またみんなで集まりたいな。」
香澄ちゃんはにこやかに、キーちゃんの前に座り、世間話を始めた。
私はその隙に、コンクールのDVDを取ってこようとクローゼットに向かう。
自分は演奏していないけど、香澄ちゃんが私のために吹いてくれたオーボエをどうか永遠に残したくて買った。箱の中からDVDを取り出すと、その奥に高校時代の思い出の品がたくさんあった。水族館のキーホルダーとかクラスの集合写真とか。
部活のノートがあったので見てみると、自分の字ってあんまりうまくないなと思う。
字を読んでいるだけなのに、当時の雰囲気や奏でられている音色、話した部員の表情が鮮明に思い出される。私だけのDVDみたいと一人で微笑む。読み進めると、香澄ちゃんと部活のことについて話し合ったことを思い出す。真面目な人だから、人一倍悩んでたけど、だれよりも引退するとき満足そうだった。自分が塾で担当している子もそうだけど、本気で悩んだことのある人は素敵な笑顔をしていると思う。誰かを支えることが出来るって幸せだな。もっとバイトの数増やしたいななんて思う。
最後まで見終えたとき、一枚の手紙が落ちてきた。
先生が最後にくれた手紙だ。
夢を叶えたら、開いてねという手紙。拾おうとした瞬間インターフォンがなった。
私がポケットにしまい込み、急いで玄関に向かった。
「ただいま。おつまみとか追加の野菜とか見てたら遅くなった。」
「ありがとうね。」
「あとさ、足を洗いたいんだけどシャワーかりてもいい?」
「いいけど、どうして?」
「海にいってた。なんとなく行きたくなってさ。」
「海か。近くにもあるもんね。」
「椿はあれ以来海に行った?」
返事にこまる。一回行ったが、話せば長くなってしまう。けれど、葵ちゃんになあなあな嘘はつきたくなかった。
「一回だけ。」
「泳ぎにいったの?」
「いや、、、」
言葉を探す。いつだって言いやすい言葉を探してきた私にとっては慣れてることだったが、すべてを表せる言葉が見つからない。
「えっとね……葵ちゃんになりにいった。」
「なにそれ」
「気持ちのお返しみたいな感じ?」
「そうか。で、私になれたの?」
「なれたと思う。今でもきっと私は葵ちゃんだと思う。」
「そっか」
彼女はにっこりと笑う。言葉だけみたら、何を言っているか分からないが、きっと葵ちゃんにはすべて伝わっているのだと思う。
「いやさあ、椿がうちにおつまみを届けた日さ、椿が時計忘れてったから届けようと思って、バス乗って家まで行こうとしたんだよ。」
「そうなの?」
「そう。あの砂浜を通ったときさ、車が止まってるのが見えたの。ちょっと気になってたんだけど、やっぱり椿の部屋のインターフォン押してもでなくて。」
「そっか。」
「でもさ、椿が飲酒運転するわけないし。きっと誰かと一緒なんだなって思って。だから、それを確かめたくて。」
葵ちゃんはそれを知ったうえで私に聞いてきたのだなと思うと、全部そのまま話せばよかったなと思う。
「その答えを聞けて安心した。やっぱり椿は強いね。」
強いなんて久しぶりに言われた。強いにも肉体的なものとか精神的なものがあるけど、葵ちゃんはどの強さをわたしから感じたのだろう。
それがきーちゃんのような強さだったら嬉しいなと思う。
鍋パーティも佳境にはいり、みんなお酒が回ってきた。
さっき葵ちゃんに強いといわれたけど、お酒のことではないことはわかる。
4人のなかでは意外と香澄ちゃんが強い。あおいちゃんと私はテンションが上がる方の酔い方で、きーちゃんは黄昏るにちかい酔い方をする。
「ねえさ今日椿の家に泊まっていってもいい?」
「いいけど、仕事は?」
「あるけどここから通う」
「通えないでしょ。香澄ちゃん任せた。」
「了解。駅まで一緒に歩くから安心して。」
「泊まるから心配いいのー。」
いつにもまして葵ちゃんは酔っている。そんなに楽しかったのだなと思うとこちらまでお酒が進む。
「あ、香澄ちゃん、コンクールのDVD見る?探してきたよ。」
「え!みたいみたい。」
「私も見てみたい。」
先ほどまで月を見ていたきーちゃんも話に参加する。
葵ちゃんは何かを言いながら横になった。
いざつけるとみんな静かに画面を見つめる。
演奏を聴くと、走馬灯のように歩んできたことすべてが思い出される。
昔、お父さんが友達と飲みに出かけるのを見て、羨ましいとおもった。
私はそれを叶うわけないなんてどこかで感じていた。
けれど、小学校で唯一の友達ができた。そして憧れの先生とであった。夢も決まった。
そんな桃源郷は一年間で終わりをつげ、また長い暗闇が訪れた。ずっと二人を探す日々だった。
高校に入り、抱いていた想像というより宿命にちかい絶望は、今隣で演奏をじっと聞いている彼女が打ち消してくれた。そして、今うたたねをしている彼女と出会い、夢をもう一度目指した。まるで必然かのようにテレビに近づき感心している彼女と巡り会い、私の目標が出来る。
この三人からは数えきれないものをもらった。
そして、そのすべてをずっと探していた人を救うために使った。その人に私の夢を託し、私は新たな夢を見つけ、叶えている。
こんなに幸せなことはない。私が欲しかったものはすべて手に入れてきたつもりだ。それでも一つだけ言うことがあるとすれば、憧れだった先生に会いたい。形は違うけど、あの頃言った夢とは違うけど、先生のようになれましたって。素敵な人たちにたくさん巡り会えましたって。今私は世界で一番幸せだって。
演奏が終わりDVDを抜こうと立ち上がると、ポケットの中の紙の感触を感じた。
先生の手紙だ。中にはきっと連絡先が入っている。
みんなが帰ったら手紙を開けようと決める。
「椿ちゃんありがとう。すごい懐かしかったよ。」
「すごくいい演奏だった。かっこよかった。」
あおいちゃんも何か言っていたけど聞き取れなかった。
なんとなく今この瞬間を形にしたいと思い、急にカメラを向け、四人で写真を撮る。
「きーちゃん。この写真に題名をつけるなら?」
「え?うーん。」
「私も聞きたーい。」
「砂のお城とか?」
「深いね。どういう意味?」
「私たちって近くで見れば、たくさんも思い出のひとつひとつで溢れてるでしょ。遠くで見ればただの集合写真でも。」
「素敵な気分になるね。」
香澄ちゃんはそう言ってにこやかに時計を見る。
時間はもう遅く、終電が迫っていた。
そのため、二人は急いで準備を進めた。
私も鍋やお酒を片付け始める。
「葵ちゃん!帰るよ。」
まるでお母さんのように香澄ちゃんが諭す。きっといいお母さんになるんだろうなと思う。
葵ちゃんは何とか立ち、二人と一緒に玄関まで向かう。
「葵ちゃん、タクシー使うよ。時間がかなりまずい。」
じゃあ、またみんなで集まろうね!と言い残し、急いで二人は私の家をあとにする。
きーちゃんも続いて帰ろうとする。私は少しきーちゃんを引き留める。
「ねえ、きーちゃんさ、さっきの題名さ、どっちのすな?普通の砂?それともあの時の絵と同じ沙?」
題名を聞いたとき、真っ先に気になってしまった。
どうしてかはわからないけど聞いてみたかった。
「普通の砂かな。」
「どうして?」
「普通の砂は乾いて明るい感じで絵の沙は濡れて悲しい感じ。だから今日の写真は普通の砂。」
「そんな意味があったんだ。日本語って面白いね。」
「本当かどうかはわからないよ。私がそう思ってるだけだから。」
私はそう思うから。ずばっと自信をもって言う彼女はやっぱりかっこいい
「そっか。ありがとう。また絵が出来たら見に行くから教えてね。」
「写真おくろうか?」
「ううん。直接見たい。全身で感じたい。それが作者さんにとっての礼儀だと思うから。」
「そっか。椿ちゃんかっこいいね。ありがとう。じゃあまたね。お邪魔しました。」
きーちゃんにかっこいいって言われた。なんだか夢が叶った気がする。
きーちゃんを送り、部屋に戻ると一気に寂しさが襲う。
寂しさを紛らわすようにポケットから、高校の先生がくれた手紙を開く。
今日の写真も今まであったことも、夢が叶い、また新たな夢が出来たことを報告しようと思う。
綺麗な便せんに書いてあったのは先生の連絡先ではなく、ある住所だった。
誰かの家ではなく、施設名まで書かれていた。その中の詳しい場所まで、丁寧な図と共に。
それを見た瞬間、音楽室からよく聞こえてきたメロディーを思い出す。
ああそうか。だから懐かしく感じたんだ。
そうだったんだ。だから、私の前から急に消えてしまったんだ。そうか。
そうだったんだ。
涙が溢れてくる。どうしようもなくなって紗夕ちゃんに電話する。
なんて伝えればいいか分からないまま。
「もしもし、こんな時間にどうしたの?」
「ねえさ……」
「大丈夫?なにかあったの?」
「お花」
「お花がどうしたの?」
「お花渡しに先生の所いこう。小学校の時の約束果たせないままだったから。」
「先生と会うの?いつ?」
「いつでも会えるようになっちゃった。」
そう伝えた瞬間、何かを悟ったのか、沈黙が続く。
「そう。せっかくなら……」
紗夕ちゃんの嗚咽が聞こえる。
「二人で夢叶えましたって。いまでも二人で生きてますって。幸せですって伝えたかったね。」
やけに強調された沈黙が二人の間に流れる。
私も紗夕ちゃんも同じだったんだね。ずっと先生のことを大切に思っていた。
紗夕ちゃんと砂浜で再会してから、いかに自分が自己中心的に人生を生きてきたか分かった。
あなたも私と同じように苦しみ、悩んでた。そして私や先生のことを大切に想っていた。
だからいつかまたどこかで先生と会えたら、今まで歩んできた全て話そうと思ってた。
「会いたい。」
「会いたいよ。」
「紗夕ちゃん」
「なあに」
「会いたい。」
「私もだよ。今週末さお花探してからその場所まで一緒に行こう。」
「いいの?」
「もちろん。だっていつも一緒に生きてきたでしょ。あの時と変わらない姿、先生に見せよう。」
どろんこになりながら遊び、綺麗なお花やかわいいお洋服をまとう少女、ホルンを演奏する美少女、私に背負われ海を後にする女性、そして今日、悲しみを分け合う紗夕ちゃん。
彼女が言う通り、出会ってから今日までずっと共に生きてきた。
「紗夕ちゃんと出会えてよかった。」
「ほんと?」
「この気持ちは紗夕ちゃんとじゃなきゃ分け合いたくない。」
「ありがとうね。じゃあ、日曜日迎えに行くね」
「忙しいのにありがとう。」
紗夕ちゃんは今小学校の先生をしている。先生の仕事はやはり多忙で、相談に乗るたびに大変だなと実感する。それでも椿ちゃんならどうするかといろいろな生徒の問題を考えて、そうしてみようかなとあの時誓った通りに私の代わりに私の夢を叶え続けてくれる。
可能なら、その姿を先生に見てほしかった。
電話を切り、ソファに横たわる。
体を横にすれば、水滴が床に垂れる。
垂れた水滴は一瞬で染み込むことなく、乾いてしまう。
これが砂だったら、水を抱え込んでくれるのに。
なんて訳の分からないことを考えてしまうのは、さっきまでのお酒が抜けていないかもしれない。
もしあの日の前の私が手紙を開き、先生のことを知ったのなら、傷つくためにお酒を飲み、先生に本当の意味で会いに行こうとしたのかもしれない。
けれど、私は紗夕ちゃんと共にいき、彼女の夢を叶えると決めた。今まで出会ったすべての人に感謝を返しながら。
私はそれが人生を生きる意味だと思うから、前を向き続けてたいと思う。
私は恵まれていると強く強く思うから。
約束の週末がきて、インターフォンがなった。
「じゃあいこうか。」
「うん。」
車に乗りこみ、ナビを設定する。
住所をうつと夕陽丘霊園とはっきり文字が出る。
その事実は先生はもうこの世にいないことを実感する。
「その前にお花屋さん行こうか」
「うん。」
「どんなお花がいいかな。」
「私もう決めてる。」
「そうなの?いろいろ決まり事とか厳しそうだしなあ。調べてはきたけど。」
「あんまりそういうの気にしてないな。綺麗な花、二人が決めた花を持ってく約束だったから。渡したいって思うのを上げたい。」
「そうか。そうだよね。それなら一つあげたい花がある。きっと椿ちゃんとも同じ。」
そう言って大きいお花屋さんへ向かう。
車の中は重すぎずに、仕事の相談をしたりした。私は学校とは合わない子たちに勉強を教えたりしているが、先生から見てそういう子たちにどういう指導してほしいのか踏み込んだ話もしたりした。けれど、どこか上の空だったと思う。
一年間という文字だけ見ると、短いと思う。けれど私たちが先生と過ごした一年間は文字なんか意味をもたないくらい深くてしたたかなものだったと思う。それは彼女もそう思っているはずだ。
お花を選ぶ時だけはあの頃のまま会話できたと思う。紗夕ちゃんはお花の知識もあって、選ぶのが楽しかった。まだまだ自分が知らないお花もたくさんあった。これからどこかで出会うのだろうか。
今思えば、道端に咲いているお花の名前言えないなと思う。あの頃綺麗だと思った花を名前では探せない。けれど、見れば一発でわかった。名前より上のところにあるもので、人はものを認識しているのだろうなと思う。10年近くあっていなくても、友達のことは分かる。だから、きっと先生も遠いところで私たちが来たと気づいてくれるはず。
「このお花さ昔公園にあったよね」
毛糸で編まれたオブジェを指さし、私に尋ねる。
「懐かしいね。目玉焼きの花だよね。本当はなんてお名前なの?」
「調べてみる。ハルジオンだって。花言葉は追想の愛だって。」
「あとでさ、道端に咲いてれば摘んでいこう。」
「そうしよう。紗夕ちゃんさ、この花どう?」
「彼岸花?お墓参りいくなら、買っておいた方がいいもんね。」
「紗夕ちゃんは買いたいのある?」
「あるけど……」
彼女は微笑む。
「ついてからのお楽しみね。」
懐かしい無邪気な笑顔だった。そこからはお互いあげたい花をそれぞれ探し、車へと向かった。
車はあっという間に目的地につく。大きな綺麗な霊園だった。冬のど真ん中なのに暖かった。日が沈むのも早く夕日が出始めていたが、日の光も入り口を照らしていた。まるで私たちを歓迎するみたいに。
「大きいところだね。結構入ってから遠いかも」
「がんばろ。私最近体育で走り回ってるから、体力には自信あるよ。」
「すごい。私は仕事でお散歩くらいしかしないからな。塾なんてすわりっぱだし。」
「そっか。仕事は順調かい」
「大体は順調。今はさ通ってる子たちの就職先探しに翻弄してる。いろんな事業所とかあって一つ一つ見回りしてさ。やっぱり保護者さんにとっても、本人にとっても良いところで頑張ってほしいじゃん。本人の特性とか鑑みながら探すの大変だけど、やりがいがある。
「立派だね。」
話しているうちにお墓の前まで着いた。手入れはしっかりされていて、綺麗だった。
赤雲夕妃 と書かれたお墓だった。
「先生のこと名前で呼んだことあんまりなかったね。」
「私にとっての先生は一人だとおもってたから、そういえばずっと先生って呼んでた。」
「素敵な名前だね。」
「うん。」
私たちはお線香に火をつけ、手を合わせる。
周りの静かさが耳に焼き付く。静かな再会になってしまったが、悲しさで溢れたくない。
悲しさを隠すように、準備してきたお花を供え始める。
「私ね。フリージア買ったの。花言葉は友情とか感謝だって。」
紗夕ちゃんは丁寧にフリージアを供え始める。なにをやってもそつなくこなす彼女はすごい。まるで専門のひとがやってくれたかのように綺麗だった。
「そっかあ。素敵。」
「椿ちゃんは何を買ったの?」
「私ね彼岸花といろんな花を花束みたいにして買った。」
私はその花たちを並べ始める。
夕暮れに輝くカスミソウ。強く鮮やかな菊の花。凛と鮮やかなアオイ。
そして寒いこの季節に咲きほこる椿。
一つの花束にして、お墓の前に供える。
綺麗に咲いている。目を奪われるほど綺麗に。
花束をつつみこむように、さっき二人で摘んだばかりのハルジオンを供える。
そしてその真ん中に彼岸花を挿す。高校の音楽準備室に飾ってあったような優美さで。
供え終わり、お墓を見ると言葉を失うほど、美しかった。そして冬なのに暖かかった。まるでそこに先生がいるように。
もう一度手を合わせ、先生に語りかける。
私は幸せです。これまでたくさんのいい人と巡り会い、助けられながら夢を見つけ、叶えてきました。先生のような小学校の先生にはなれなかったけれど、先生のようにたくさんの悩める子供たちを導いてあげたいと思います。
今日もとなりには紗夕ちゃんがいます。私たちは互いの夢を叶えあっています。いつもそばで生きていてくれて、私の生きる理由です。
私たちは先生の分まで、明日も息をします。
人生は不平等だと思います。生まれた時点で9割近くのことが決まってしまうと今でも思っています。夢は必ずかなうなんて嘘だと思います。
それでも、私はこの世界で生きます。人と違うことに悩むこともあるけど、それは誰もがそうであるとこれまで生きてきて感じたから。私も誰かの生きる理由になりたいから。叶わなかった夢にもがく日々も素敵だったといえるから。
出会ってくれたすべての人にお返しをするために人生はあると私は思うから。
目を開け私たちは、また来ようね。といいその場を後にする。
「あ、水だけあげてから帰ろうか」
「そうだね。」
水を汲み、お墓の方へ体を向けると、夕日がとてもまぶしくて、とても直視できなかった。
目をゆっくりと開けると、お花を供えた花瓶に水が垂れていた。お花を見るとまるで彼岸花が泣いているかのようだった。中心に備えた彼岸花は囲まれている花たちに水をやるように優しく咲き誇っていた。
きっとそれは紗夕ちゃんも感じたと思う。
風に吹かれている花たちはまるで手を振っているかに動いた。また二人で来てねといっているみたい。
私たちは何も言わず目を合わせ、抱き合った。
今日また、一つ夢が叶い、新たな夢が出来た。
叶った夢は先生に会えたということ。
そして、新たな夢は二人でまたここに来るということ。その時には二人とも先生のような人になっていたい。
永遠となってしまったあなたが、私たちを誇りに思ってくれるように。
私たちの想いが全て届くようにただ祈る。
どうか届きますように。永遠のあなたへ――。




