4、堪能する
「どうして私がサイラスだと分かった?」
壁ドンは解除されず、ただただ近づいてくる美麗な顔。
「エレノア嬢、私の質問に答えてくれないか?」
顔、とにかく顔がいい。
さらりと揺れた黒い髪が私の頬をかすめていく。
やばい。あつい。脳が溶ける。
答えさせたいなら、まずは離れてほしい。
だが、向こうは私の気持ちなど知る由もなく。
「もう一度訊く。どうして私がサイラスだと分かった?」
耳元で囁かれて(……たぶんそんなつもりはない)
私は完全に崩壊した。脳以外も溶け溶けの溶けだ。
真夏のアイスクリームのように、あっという間に溶けた。
へたり込んだ私に合わせるようにイケメンが膝をつき、顎に手を掛け、目線まで合わせてこようとする。恐怖!!
このイケメンは自分がやっていることが逆効果だとなぜ分からない!!
眩しい。無理。目を閉じようとした一瞬、
与えられた情報に、瞼が再び持ち上がる。
「二十二歳?」
あれ?シャルロッテ様は確か十六歳では?ん?でもこの人はシャルロッテ様ではなくてサイラスだから二十二歳でもおかしくないのか。そうか二十二歳。それならあの色気のある声も……って今はそういうことを言っているわけではない。
「ここでは埒が明かないな」
目の前の色気たっぷり二十二歳は眉間に皺を寄せ、ため息をつく。
恐ろしい。そんな姿さえ絵になる。
なんて呑気に現実逃避できたのはそこまで。
目の前のイケメンがさらに距離を詰めてきたと思ったら抱き上げられた。いわゆるお姫様抱っこだ。
怖い。二十六年生きてきて壁ドンに続き、姫抱っこまで経験するとは。
ヒロイン流石。すごい。ヒロイン効果恐るべし。
あれ?でもこの人は攻略対象者ではないような?
やりこんでないから確信は持てないけど、でも、こんなキャラはいなかったはず。
でも……好感度は見えないし、もしかして隠れキャラとか?
あ~ありえそう。この破壊力はどう考えても隠れキャラ。
よくある二週目以降とか、全員攻略してからでないと、とかそういうもったいぶった登場をするキャラ。
それならめちゃくちゃ納得できる。
……って更なる現実逃避してたわ。
だって、お姫様抱っこされてしまったんだもん。
仕方ない。なんて考える間もなく、私は次なる場所へと飛んだ――
「えっと……ここはどこでしょうか?」
一瞬の間に移動したことは分かる。転移魔法とかあるのだろう。きっとそれを使用したのだと思う。
ただ場所に覚えはない。
ベッドとか机とかあるし、多分誰かの部屋。めっちゃ豪華な家具だし、部屋も広い。前世の私のワンルームマンションより広い。
私はふかふかのソファーの上に座らされた。
サイラス君、やることは恐ろしいが紳士だと思う。優しく下ろしてくれた。
「どこだと思う?」
サイラス君は向かいのソファに座る。テーブルを挟んで距離が出来た。大変ありがたい。
これで少しは脳が回転してくれるはず。その成果をサイラス君に示さなくては。
「普通に考えて……あなたの部屋ってところですか?」
サイラス君は私の回答に満足してくれたのかにっこり笑う。お!シャルロッテ様の氷の笑みそっくり。
「そうです。私の部屋。あなたが私の質問にさえ答えてくれたらすぐにでも学園に返します」
安心して下さいね。そう付け加えられて、ふーんって呑気に思うも。
よくよく考えたら答えなかった場合には?ってなる。
「答えなかったら……ここで監禁かもしれないですし、最悪死体になってるかもしれませんね」
なにそれ!!……怖い。紳士じゃない。殺人鬼だ。
「別にそんなに怯えなくても大丈夫ですよ。どうして私の正体に気付いたのか、それだけ答えてくれればいいんですから?」
長い脚が目の前で組み直される。ただそれだけなのに無言の圧力を感じる。
でも素直に答えればいいだけだ。
「その……横に文字が浮かんでて」
「は?」
「ですから、あなたの横に文字が浮かんでて、それでそこに……」
じっとりとした視線が私を追い詰める。いやでもこれが真実。他になんて言えばいい。訊いてきたのはそっち。私は悪くない。素直に答えている。
「サイラス/男って書かれているんです」
「私を馬鹿にしてます?」
室内の気温が一度下がった気がする。
「ああ……すみません。それとなく冷たくしてしまいましたね」
そう言ってにっこり笑ったサイラス君は、手のひらの上に氷の塊を出現させる。
魔法。魔法だ。
思わず魅入ってしまう。すごい。綺麗。氷の塊がキラキラと光っている。
「……エレノア嬢」
名前を呼ばれてハッとする。
「あ……すみません。氷の魔法が綺麗で……その……つい……」
私の返しに重いため息。同時に氷の結晶が消えてしまう。そんな……
「答えてくれたなら、いくらでも出しますから」
呆れたように言うけど、私はさっきから素直に言ってるし。信じてないのはそっちだし。……私は私の真実を証明することが必要なのか。
「そうだ!」
「……なんです?」
胡散臭げな視線が私を見据える。
「誰でもいいから私が絶対に知り得ない人を連れて来て下さい」
「……はい?」
「証明します」
「証明?」
「ええ!私が本当のことを言っているという証明です」
「……つまり?」
「私はあなたに限らずその人の基本情報を知り得ます。名前と性別ぐらいですけど。あ、歳も」
「……なるほど」
静かに頷いた彼はパチンと指を鳴らす。
気障ったらしいその仕草もイケメンがやれば許されるのか。
ちいさな音はどんな仕掛けなのか、数分後に部屋がノックされた。
「お呼びですか?」
顔を出したのは多分執事さん。
部屋の中に見知らぬ女がいるというのに、顔色ひとつ変えないのは実に素晴らしい。
「エレノア嬢、ではどうぞ」
どうやら、この執事さんについて答えればいいらしい。
「はい。リコニア様、男性、四十二歳です」
執事さんが驚いた顔をした。
ふふん。大正解だったに違いない。
「なるほど。それが読み取った情報という訳か」
「はい」
「ちなみにうちの執事はマシューだ」
「へ?」
「マシュー・ドリアッド」
「え……でも……リコニアって書いてあります」
思わず指をさしてしまい、慌てて下ろす。
「サイラス様……」
困惑気味の執事さんと、何故か眉間に皺を寄せているサイラス君。
正直私も眉間に皺を寄せたい。いや、寄ってると思う。だって彼はリコニアさんだ。何度見てもそう書いてある。
「マシュー、下がって良い」
「はい」
私にはリコニアさん、彼らにはマシューさんは、サイラス君の指示に従い、一礼して静かにドアを閉めた。
流れる重苦しい沈黙。
私はこのまま殺されるのか?
転生僅か数時間でまた命を落とすのか?
なんだか悲しくなっていたところに、冷気を感じてブルリと身体を震わす。
「約束だ」
その声に顔を上げれば、目の前にいくつもの氷の結晶。
先ほどよりもはるかに小さく細かいそれはキラキラと舞って美しい。
ただし……
「寒い」
「貴女が望んだことだ」
それはそうだけど。なにか釈然としない。
思わず睨みつければ、何故か笑われた。
「エレノア嬢。あの執事はマシューで通しているが、本名はリコニアだ」
「え?」
「彼の家族を除いては父と母、私と妹しか知らないことだ」
「あ……」
「聖女候補の力は伊達ではないのかもしれないな……」
そう言って、サイラス君は顎に手を当てて、何かを考えているようだった。
……さすがイケメン。絵になる。
私は氷の結晶が輝く部屋の中で、イケメンをじっくりと堪能した。




