覚悟
スタンピードの後の惨状は酷かった。
生き残った二十名ほどのエルフのうち戦闘員はたったの5人。
戦闘員から先に死んでいったのだから当たり前だが元々100名ほどだった戦闘員でもこれほどの代償を払ってなんとか凌いだスタンピードを再度凌げる可能性など、万にひとつもないだろう。
というか国の滅亡すらもあり得るスタンピードによくこの数で対応できたなとは思う。
おそらくこれは現象としてはスタンピードなのだろうけど魔力が足りなかったのか何かが欠けていて不完全なものなのだろう。
さらに主戦力だった俺自身、オークのとの戦いでかなり重傷を負ってる。
なにより、今のエルフにスタンピードに立ち向かう気力などない。
皆各々の家族や友人を失っている。
幸い村の中には入れさせなかったため家は無事だが。
「…。」
俺は今、エルフの家の一室を借りて包帯を巻き寝転んでいる。
俺もこの怪我の状態…というか万全の状態でもスタンピードを凌げるとは到底思えない。
手が、震えている。
(…)
そこで、コンコンとノックされる。
「村長だ、失礼する。」
そう言って入ってきた。
「今日は大切な話があってここにきた。」
「どうした?もうスタンピードが来たのか?」
「いや、違う。」
そういうと、村長は覚悟の決まった目でまっすぐこちらを見ていった。
「九条くん。君の、これからについてだ。」
「?どういうことだ?」
「正直にいうと、この村はもう滅ぶ可能性が高い。」
「…」
「だが私ふくめ村の住人はここに残るつもりだ。故郷を捨てるつもりはないし仇を討つつもりでもいる。まあその覚悟は皆できている。」
「…そうか。」
「しかし、君は無関係者だ。たまたまこの村に立ち寄り、スタンピードに巻き込まれてしまった運の悪いただの大和の人間。」
「何が言いたい?」
「……九条君。君だけでも逃げなさい。」
「!?何言ってるんだ!俺は…」
「元より私たちの命はたまたま助けてくれた君に貰ったものだ。恨む者など誰もいないし後ろ感謝しているんだ。そんな人をこれ以上スタンピードに巻き込むわけにはいかない。」
「それは…」
「それに君はまだ若い。逃げ切れるかはわからないがポール王国の支援が来るまで逃げ続けられれば生き残れる可能性もゼロではない。ここから距離は遠いが西に行けばルミナリア帝国もある。」
「…」
「次のスタンピードまでまだ少し時間はあるだろうからよく考えてみてくれ。」
「…」
「話は以上だ。失礼。」
村長はそれだけ言って部屋から出ていった。
(逃げる…。)
今までになかった選択肢だ。
確かに俺はここの関係者でもなければここに仲のいい友達がいるわけでもない。
ましてや命をかけてまでここを救う義理などない。
(…)
しかも俺はもうすでに1度あいつらを助けている。
俺がいなければアイツらは今頃1人残らず死んでいただろう。
そうだ、助けたんだ。
俺はもうすでに十分にアイツらを助けている。
(いいじゃないか…。)
そうだ、もういいじゃないか。
もう、十分に頑張ったじゃないか。
俺にはまだこれから先の人生も残されている。
ここで俺が犬死にしても意味がない。
そう、意味がないんだ。
この旅に出た目的も何も果たせていない。
まだ死ぬわけにはいかない。
そう、だから。
「……ああ、クソ…簡単に見捨てられればなぁ…。」
ああ、そうさ。
俺は命を賭ける勇気のない臆病者だ。
助けられるかもしれないものを助けようとしない臆病者だ。
そう、それで逃げる勇気もない、臆病者なんだ。
そして、ああ、でも、
だから、なんだっていうんだ。
エルフと共闘した時点で。
いや、エルフの村に着いた時点で。
いや、この旅に出た時点で。
俺の覚悟は決まっていたんだ。
(本当に?)
ああ、そうさ覚悟は…いや、そうか。そうだな。
ずっと馬鹿にされてきた人生。
誰にも認めてもらえなかった人生。
そして、ようやく誰かの助けになれそうなこの状況。
「逃げる…?冗談じゃない。」
俺の覚悟は俺が1番理解している。
この醜い誰かに認められたいという思いが、自分を認めたいという思いが。
ああ、そうさ。
俺は、本当は。
本当に、望んでたのは…
『あなたは、父上にも兄にもない輝きを持っているわ。だから、本当にやりたいことをーー』
◇◆◇
翌日、俺は村長の部屋の扉の前に立っていた。
「はぁ…。」
やはり、怖いものは怖い。
また、あんな化け物の集団に突っ込むことを宣言するのだ。
怖いに決まってる。
どれだけ覚悟を決めようが逃げたいものは逃げたいしやりたくないものはやりたくない。
それでも、俺は…。
「…………よしっ。」
俺は目の前の扉に手をかける。
「失礼。入るぞ。」
部屋に入ると、覚悟を決めたような顔の村長がいた。
(…やっぱ、村長も怖いよな。)
「逃げるかどうかは決めたか?」
「ああ。」
「そうか。」
「確かに、俺にはここの村を助ける義理なんてないな。」
「…」
「助けたい、仇を打ちたい友人だっていない。ここの人達に助けられた覚えもない。」
「…そうか。なら、早いところ出発した方がいい。やはり逃げるなら西に…」
「それでも俺は、お前らを助ける。」
「…何を、いっているんだ?」
「村長。あんたはさっきから2つ、勘違いをしている。」
「?」
「まず、俺がこの村から逃げようとしていると勘違いしている。逃げないさ。俺はお前らを助けると決めている。いや、お前らみたいなやつら全員を助けると決めている。この旅に出た時点でな。もう、覚悟は決まっている。この旅は、そういう旅なんだ。」
「…?」
「そして、もう一つの勘違い。それは…お前ら全員、スタンピードに負けて死ぬつもりでいることだ。俺は違う。スタンピードに打ち勝って、全員で生き残って、それで終わらせる。負ける気なんか毛頭ないぞ。」
俺は、村長の目をまっすぐ見る。
「俺が、お前らを助けてやる。これが、俺の覚悟だ。」
そしてこれが、後に英雄と呼ばれる男の英雄記の始まりである。




