24話 潜入
「死ぬ……喋るっ、て……?」
「情報を喋るか、中毒で野垂れ死ぬか」
ヴィオは路地裏に入り、少年を下ろした。
肩を掴んだまま、再び問いかける。
「喋る気があるなら、飲め」
緑の丸薬を半分に割り、提示する。
少年の喉が鳴り、息が微かに荒くなった。
「喋った、あとは……?」
「残りの半分を渡す。その後は好きにしろ」
一拍の戸惑いの後、少年は丸薬を口に放り込んだ。
音を鳴らして飲み下すと、直ぐに変化が現れる。
「これ……」
火照りが収まり、指に力が入る。
輪郭がはっきりした巨躯を見上げ、三度喉を鳴らした。
「あんた、冒険者……?」
「余計な詮索はするな。先ず、持ち物を出してもらおう」
有無を言わさない声音に、少年は渋々従った。
幾つかの財布、飴玉、小ぶりな短剣をヴィオに渡す。
これで全部だと言わんばかりに両手を上げるが、翠の双眸が下を向いた。
「足元もだ」
「っ……これで、全部……本当だ!」
ブーツの隙間から取り出されたのは、小さな煙管。
吸い口に残る雑な甘い香りが、ヴィオの眉根を寄せさせた。
(粗悪品だな。この程度のブツを扱う輩……ヒラか)
胴元がいるかどうかは、まだ定かではない。
都市の規模を考えれば、いない方が不自然ではあるが。
そう考えながら、ヴィオは煙管を握り潰した。
少年から悲壮な声が漏れるが、視線が合うと押し黙る。
「何処で、いつ、誰から買った」
「裏通りの……クチナシって奴から、買ってた。ここら辺の奴が、気持ち良くなって、腹も紛れるって……」
「そうか。では、そこまで案内しろ」
「喋ったら、好きにしろって……!」
「あぁ、訂正する。案内したら、好きにしろ」
「そんな!――分かった……」
反射的に抗議しようとヴィオを見上げるが、その気持ちも途端に萎れた。
少年を見下ろす感情のない眼、黒革の上からでも分かる筋骨隆々な体躯。
一切荒げる事のない声音は、寧ろ冷たさを如実に現す。
路上で暮らし、スリで生きて来た少年は無茶であっても無知ではなかった。
観念して歩き出そうとすると、肩に置かれたままの手がそれを制する。
「飲め」
ヴィオは残った丸薬を差し出しながら、外套のフードを深く被った。
少年が丸薬を手に取ったのを確認しながら、口を覆うまで襟元を引き上げる。
周囲に視線を走らせると、ゴミ置き場を見つけた。
少年を前で歩かせながら到着すると、適当な木の棒を拾う。
「何で? 案内してないのに……」
「喋った後に残りを渡すと言っただろう」
確かに、言われてみればそうだったかも知れない。
解放条件は変えたのに、そこは守るのか。
少年は首を傾げながらも、丸薬を飲み込んだ。
「……やっぱり、これって薬か」
完全に鮮明になった思考、完璧に動く手足。
薬を知らない時と同じ感覚を、久しぶりに味わった気がした。
少年の寛解を見届けると、ヴィオが一段低い声となる。
「今から言う事をよく聞け」
「……何」
「俺はこれから歩行が困難になる。故に、お前の肩に掴まったままだ」
「はぁ……?」
ヴィオが木の棒で地面をこづくと、少年は小さく溜息を吐いた。
「あんた、頭どうかしてる――う、わ」
「ここからが、大事だぞ」
耳元で囁かれた声音は、今までよりももっと冷えていた。
「年は幾つだ」
「じゅ、十七……」
「そうか。では、肩の骨を砕かれた事はあるか?」
「は、ねぇよ……!」
「それは運がいいな。あれは中々に辛いぞ」
そう言うと、肩を掴む手に僅かに力を入れる。
「この先、俺の二歩前を歩け。歩幅、速度は一定のまま。別の通りに入る時、角を曲がる時はその十五歩手前から小声で示せ。それ以外は声を出すな。言った事を守れない場合は、右肩を貰う。分かったら、二度頷け」
少年は首筋に一粒の汗を流し、こくりこくりと頷いた。
ちらりと後ろを振り返ると、ヴィオも静かに頷いた。
少年が歩き出すと、木の棒が石畳を弾く音が規則的に後を追いかける。
裏通りを進み、角を曲がる。
小さな橋を渡り、短い階段を登っては下る。
また通りを変え、川の流れる音が聞こえてきた。
(やはり西側か)
リザディアには東地区と西地区があり、それぞれ顔が違う。
ギルドは東地区の中央に据えられ、生活の基盤となっている。
対して西地区は、ギルドとは別の勢力圏が存在していた。
(七、八等級の依頼に西のものはなかった。色々面倒がある、という事か)
段々と入り組んでくる住宅街。
夕陽が全く届かない暗がりに来ると、少年の足が止まった。
「あの、奥の角。そこを曲がれば、クチナシがいる」
「では、取引は完了だ」
「え……?」
呆気ない幕切れに、気の抜けた声が漏れる。
ヴィオは幾つかの財布を取り出すと、少年に返した。
「……なん、で」
「なんで?」
財布を見つめて呆然とする少年に、ヴィオは僅かに首を傾げた。
「お前の戦果だろ。俺は担保として、預かっただけだ」
「は……? これ、盗んだ金だぞ……治安部隊に、行くかと思ってたのに……」
「行きたいのか?」
淡々とした返答に、少年は大きく首を振った。
「ならば問題ない。好きにしろ」
「あんた、なんなんだよ……」
「また薬に溺れようと、知った事ではない。今日はたまたま、知りたい事があった俺の前に、お前が現れたというだけだ」
フードの奥から見える両眼は、只々平坦な光を灯していた。
少年に鈍痛のような衝撃が走る。
こんな風に生きていけたら。
でも、日々の生活だけで精一杯だ。
そんな思いが、口をついて溢れ出した。
「溺れたくて、やった訳じゃねぇ……! でも、生きてく意味なんかわかんねぇし……!」
「それで」
「は……? 食いもんも満足になくて、屋根もない場所で寝てんだぞ……!」
拳を握り締め、少年は俯いた。
吐き捨てた言葉が、暗がりに吸われていく。
だが、淡々とした声音はやはり変わらなかった。
「それは死ぬ理由になるのか?」
「っ……!」
「生きていく意味がない事は、死ぬ理由になり得ない。俺は生き続ける――何をしてもな」
「……何を、しても」
口を閉じたヴィオは、振り返る事なく歩き出した。
少年は暫しその背中を見つめていたが、やがて反対側へ駆けて行く。
角を曲がった先は、下へ続く階段。
その中腹程に、薄汚れた外套に身を包んだ人影が座っている。
足跡が響き、目深に被ったフードが後ろを振り返った。
白濁した両眼が、ヴィオを捉える。
縫われた口が、微かに揺れた。
「お前がクチナシか?」
「……ぁ」
霞むような声音と共に、クチナシはゆっくり頷いた。
ヴィオは腰から巾着を取り出し、中を広げて見せる。
「取引だ」
詰まった金貨を一瞥し、クチナシが立ち上がる。
階段を一歩ずつ下りながら、人差し指を曲げて指示を出した――付いて来い、と。
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