1話 【灰燼】
たった一人で、戦場を灰に帰す――【灰燼】。
数多の戦場へ投入され、常に戦果を挙げてきた傭兵は、いつしかそう呼ばれるようになっていた。
「はぁ、はぁ……全滅、だと……!」
自軍の惨状を目の当たりにした王が、力なく膝から崩れた。
兵力は十二分、士気も上々。
大陸を代表する使い手と呼ばれる臣下達と、圧倒的な〈恩寵〉の数々。
国の至宝と呼ばれた者達全てが、骸と成り果てていた。
「貴様が、最強の傭兵……【灰燼】か……!」
「自称した事はない」
銀灰の髪を土と返り血で汚した、漆黒の鎧を身に纏う巨躯。
翠の双眸で王を見下ろす男は、声一つ荒げる事はなかった。
傭兵部隊【黒禍】最強の男――ヴィオが立っていた。
「貴様は、貴様らは! 我が国になんの恨みがあるというのだ!」
威厳を保つ為か、己を奮い立たせる為の悪足掻きか。
王は声を荒げ、土を掻きむしりながらヴィオを睨み付ける。
「恨みがあるのは、お前が戦争を仕掛けた国の方だろう」
「くっ……! 金で魂を売る蛆虫が! 貴様らのような害虫は、末代まで呪われるがいい!」
「そうか」
「は……?」
ありったけの呪詛だった。
王としての誇りも、敗者としての怒りも、奪われた者の怨嗟も全て込めた。
だが、眼前の男は僅かも揺らがない。
「灰に、帰す……ただ、塵となり……宙空に浮かんでは、消えていくのか……」
ヴィオを見上げ、王が小さく呟いた。
契約で戦争を請け負う傭兵部隊を、侮っていた。
侵略の度に国力を増していた自国を、過信していた。
ただ、戦う。
忠誠も、義侠心も、名誉も、恨みでさえも。
そんなものは必要なかった。
「ただ、戦う……それだけの者が、これほどの力を……」
「それが傭兵だ」
刹那、風切り音が落ちた。
大人の身幅ほどもある大剣――巨刃剣が王の首を転がした。
ヴィオはそれを拾い上げ、自身の外套で丁寧に包んだ。
手近にあった木箱に納めた瞬間、背後に複数の気配が舞い降りる。
「よっ、と! ヴィ〜オ〜、まぁーたご丁寧に包んだの? 無駄じゃん」
両手を頭の後ろで組みながら、赤髪の女が溜息を吐く。
「僕も……そう思う。ごめんね……だって、意味ないから……」
薄紫の長髪を垂らした男が、周囲をしきりに確認しながらボソリと呟く。
「それは首級だ。ならば、丁重に葬ってしかるべきだろう」
黒髪を高い位置で一つに結った女が、二人を嗜めるように薄く睨む。
そうだろう、と向けられた視線に、ヴィオは頷かなかった。
「別に。そうしろと叩き込まれたから、やっているだけだ」
ヴィオが戦場を一瞥する。
遠方で、緑色の爆発が未だ響いていた。
「アイツも下がらせろ。依頼主にこの首を渡し、戦争を終結させる」
「あのバカが……私が行こう」
黒髪の女が頷き、爆発の方へ駆けて行く。
他の二人は互いを見やり、片手をヴィオに差し出した。
そういう事務仕事はやらない。
無駄に息の合った意見の表明に、ヴィオは小さく溜息を吐いた。
「契約は完了だ。首を届け、帰還する」
こうして、大陸史に残る大戦争は幕を閉じた。
歴史の一文に傭兵の名が残る事はない。
だが、生き残った者達は口を揃えてその名を語る。
傭兵部隊【黒禍】は危険だ。
【灰燼】には近付くな、と。
▽▼▽
戦争から数日後。
ヴィオは大陸の北、黒禍の拠点へ戻っていた。
隊の統括から呼び出され、物々しい城内を歩く。
闇を落とし込んだような漆黒で統一された廊下を進み、最奥の観音扉へ辿り着いた。
「此度の貢献、ご苦労だった」
巨大な天蓋の下。
黒々と磨かれた椅子に腰掛けた統括が、入室したヴィオに薄い笑みを向ける。
「報酬はいつも通り、大商会へ送れ」
いつもと変わらぬやり取りに、統括が真紅の双眸を細めた。
手元の羊皮紙に素早く一筆入れると、側仕えに渡す。
「中央の戦争は終結。東は【震砕】と【堕天使】が制圧にいった。我が部隊の礎は盤石。次世代も育っているぞ」
「そうか」
いつになくよく喋る。
ヴィオがそう感じた直後、背後の扉が閉められた。
視線を戻すと、統括を挟むように、机の上に幼い双子が座っていた。
共に白妙のような髪を持ち、片方は内側が紅と橙に染まり、片方は青と紫に染まる。
色付いた髪と同色の瞳をヴィオに向け、ゆっくりと口角を上げた。
「お前達の次を担う器だ。最後に挨拶でも、と思ってな」
「不要だ」
双子の重心が僅かに動くが、統括が片手を上げる。
幼い顔からは、既に笑みが消えていた。
「ヴィオ、お前が黒禍に属して何年になる?」
「十五」
「十五年……長きに渡り、お前は完璧に仕事をこなした。その功績を讃え、褒美を授ける」
双子の頭を撫でながら、統括はヴィオに視線を向けた。
「五体満足で遺るか、醜い肉塊と成り果てるか。選べ」
大人しく死ぬか、抵抗して殺されるか。
それは、再利用する為の処分通告。
双子が掲げた五指には、歪に伸びた刃が光っていた。
「承知した」
驚く事も、嘆く事も、怒る事もなく。
ヴィオは、ただ静かに頷いた。
いずれそうくる事は予期していた。
ヴィオの恩寵〈不能〉――効果範囲内の全ての恩寵の効果を黙らせる、唯一無二の力。
統括がその力を常に手元に置きたがっている事は、知っている。
別の器に入れ込む気なのだろう。
(潮時だな)
だが、死ぬ気などさらさらない。
どんな状況になろうと、殺されてやる理由など何一つとしてない。
「さぁ、選べ。ヴィ――っ!」
その刹那、ヴィオが眼前にいた。
蹴り上げられた机と共に、双子が宙を舞う。
翠と真紅の視線が交差した瞬間、巨刃剣が身体を斜めに横断した。
「これにて廃業だ」
統括を斬り捨て、ヴィオは黒禍から離反した。




