それならお前はお姫様だ!
嘉隆は、アパートへ戻っていた。
「あー面倒だな。」
ベッドに横になりながら、机に置いた洗剤を見つめた。
アパートはワンルームだか、バストイレ別。割と築年数も浅く綺麗だ。
3階建ての3階。
お隣りさんと言うと、階段を挟んだ向かいのドアだけだ。
嘉隆は、向かいのドアのお隣りさんに挨拶しに行く様に、両親から言われていた。
「ちょっと行ってみるか。」
嘉隆は重たい体を起こした。
ピンポーン。
「えっ誰だ?」
挨拶に行こうと重たい体を起こした直後、誰かがインターホンを押した様だ。
(気おつけないとな・・・東京は悪質な訪問販売とか多いらしいからな。)
嘉隆は気合をいれ、ドアを開けた。
ガチャ。
「なんだ、西園寺かー。」
嘉隆は胸をなで下ろした。
と、同時に疑問が生まれる。
「・・・なんで西園寺が?」
「・・・。」
(な、何なんだ。まさか、まさか、まさかー!家も隣りなのか?!あり得ない!これは神のイタズラなのか!)
「あー!もしかして今日の非礼を詫びにわざわざ先生に住所を聞いてきたんだな!」
「ち、違う!」
「じゃあ何で?」
もう、考え付く理由が嘉隆には見当たらなかった。
「ま、まさか!ストーカーと言うやつか?!お、俺はその、」
「違う!す、少し黙れ!私も混乱しているんだ!」
「えっ?あぁ。」
「・・・私は、お隣に引っ越しの挨拶に来た。そして、ドアが開くと、お前がいる。お前がお隣さん・・・で、間違いないな?」
「あ〜!そのパターンは思いつかなかったわ!あっ、ちょっと待ってろ。」
バタン。
「お、おいっ!」
(ダメだ。引っ越したい。やっぱりあいつといると調子が狂う。疲れる。)
ガチャ。
「お待たせ!俺も挨拶行くつもりだったんだよ。これっ!」
嘉隆は用意していた洗剤を手渡した。
「無意味だ。」
零は、嘉隆の差し出した洗剤を見ながら、手に持っていた洗剤を差し出す。
「同じ・・・だな。」
「あぁ。無意味だ。」
「お前さー、こう言うのは一見すると、無意味に見えるが、よろしくと言う気持ちを込めて交換するんだから、無意味じゃないんだぞ?ロボットみたいな事を言うなよ。」
「ろ、ロボットとは失礼な!私はロボットじゃない!そ、それから!この髪も白髪じゃない!銀髪だ!お前といると調子が狂う!私に関わるな!よろしくと言う気持ちは私にはない!」
バタン。
勢い良く零はドアを閉めた。
「なにいきなり怒り出してんだよ。」
ガチャ。
「これはもらう。これはやる。」
バタン。
零は、洗剤を交換するとドア閉めて帰って行った。
「洗剤の交換はするんだな。
良く分からん奴だ。」
グー。
「挨拶終わって安心したら、お腹がすいたな。」
「う〜ん。」
嘉隆は、料理ができない。
棚いっぱいに並ぶカップ麺のどれを選ぶか吟味していた。
「クンクン。いい匂いだ〜。」
窓から香る料理の匂いに釣られる様にバルコニーに出た。
「まっ、まさか?!これは西園寺の家からか?!グー。
・・・食べ物恵んでもらえないかな。
まぁあの感じだもんな・・・期待はできないな。あ〜ぁ。母さんのご飯食べたいな〜。」
嘉隆がベランダでブツブツ言っていると、隣りの網戸が開く音がする。
「ブツブツとうるさいぞ。」
零が手摺に寄りかかりながら顔をのぞかせる。
「あ、すまん。」
「食べる物が無いのか?」
「カップ麺はいっぱいあるんだけど、母さんのご飯が食べたいな、と思っていたんだ。」
「思っていたのではない、口に出てたぞ。」
「そ、そうか。」
「・・・その、私の作った物で良ければ食べるか?」
少し照れくさそうに零が言う。
「い、いいのか?!」
「い、いゃ、やっぱり辞める。」
「はぁー!ひどくないか?!期待させておいて!」
「・・・もう私に関わらないでくれ。
バルコニーでもブツブツ話すな。
じゃあな。」
「・・・おのれ西園寺。
俺を怒らせたな!今日の王子様の件も合わせて報復してくれる!」
嘉隆は怒りに満ちていた。
「ブツブツうるさい。窓をしめるか。」
零は、キッチンに立ちながら、窓の方を見つめ、呟いた。
嘉隆は、仕方なくカップ麺を食べた。
「足りないな〜。かと言ってもう一つ食べたいかと言うと・・・それは違う。
あ〜ぁ。料理教えてもらっとくべきだった。風呂入って寝よ。」
空腹に耐えながら、嘉隆は眠りについた。
「おはよう〜!」
「おはよう。」
「おはよ〜!」
「おはよう。」
次の日、学校に着くと嘉隆を待っていたのはおはよう地獄だった。
すれ違う名前も知らない女子生徒ほぼ全員が、挨拶してくる。
やっとの思いで教室につき席に座ると、ホッと肩をなで下ろした。
「ふっふっふ。」
そして、昨日寝る前に思いついた最高の報復を実行する計画を思い出しながら不適な笑みを浮かべた。
「何だ?気持ち悪い笑みを浮かべて。」
声の方を見ると、目を細めながらこっちを見ている零が座っている。
「おー!姫じゃないか、おはよう。」
嘉隆は満面の笑みで話しかける。
「うー。寒気が。と言うか聞き流す所だったが姫って何だ?」
「ふっふっふ。楽しみだな。」
「な、何がだ?」
何かを感じ、零は警戒している。
「おはよー!」
二人が話していると、女子生徒達が集まってきた。
男子生徒も数人。
嘉隆と零にお近づきになりたそうにしている。
「九鬼くん、王子様って本当?」
「本当よ〜!すごいでしょ?本物の王子様よ!」
割り込む様に零が言う。
「やっぱり本当なんだー!」
女子生徒達は、目がハートになっていると錯覚する程、嘉隆に熱烈な視線を送る。
「婚約者もいるんだよね〜?お姫様の。」
「そうそう。」
ニヤニヤしながら零が答える。
「あのさー!」
突然嘉隆は立ち上がった。
生徒達の注目が集まる。
「そのお姫様だけど、隠すのも面倒だし、みんなには言っとく。」
そう言いながら、零に近づき、肩に手を回して抱き寄せた。
「ちょ、ちょっと!」
零は顔を赤くしてもがくが、嘉隆は離さない。
「西園寺なんだ。俺の婚約者。」
「えー!」
「キャー!」
残念がる声、興奮した奇声、教室は大盛りあがりだ。
「ま、待て、違う!違うから〜!」
周りの生徒達は、興奮して聞いていない。
零は、敗北感に襲われ、俯いた。
嘉隆は、ニヤつきながら俯く零を見つめ、顎に優しく触れ、持ち上げる様に視線を合わせる。
「照れなくていいだろ?俺たち結婚するんだから。」
(人間とは、こんなに悪い顔ができる物か!?こいつはきっと人間じゃない!悪魔だ!魔の化身だ!)
「キャー!」
固まって動けない零をよそに、クラスには大歓声が巻き起こる。
零は、我に帰り、改めて否定しようとするが、
時は遅かった。
キーンコーンカーンコーン。
ガラガラ。
授業の始まりを知らせる鐘は容赦なく鳴り響き、先生が教室に入ってきた。
「みんな座ってー!」
先生が、教卓に立つと生徒達は席に散らばっていった。
満足気にニヤニヤしながら席に着く嘉隆に、殺意に満ちた視線が突き刺さる。
「おい〜、九鬼嘉隆〜。やってくれたな〜。」
嘉隆は、無視している。
「無視するな。」
「西園寺、俺とやり合うからにはそれなりの代償は覚悟してたんだろうな?」
「うっ。・・・・無念。」
「ははっ。俺の勝ちだな。
姫!精々頑張って演じてくれたまえ。
あっはっは。」
「おのれ・・・これほどとは。
恐るべし、九鬼嘉隆。」
「こらー!そこ!授業中よ!」
嘉隆と零は、注意され話すのを辞めた。
こうして、嘉隆と零は、どこかの国の王子様と、どこかの国のお姫様となった。




