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第五節 『名もなき』兄弟 ①

 背の高い大男は、長い銀髪が映える真っ黒な服を着ていた。衣類の(ふち)や一部には薄い青色を帯びた銀糸で縁取りや模様が施されているが、ジャケットも、インナーも、靴も手袋も黒一色である。

 そして、アイオーンとほとんど同じ顔。

 神秘的な彫刻であるかのような、男性寄りの美しい顔立ちを持っていた。彼の身長は、アイオーンよりも高い。だが、アイオーンが持っていた本来の身長──星霊の核を消滅させないための人型の器に入る前のもの──に近かった。あの頃と同等の身長がある。テオドルスよりも高い。おそらく一九〇センチと少し。

 それでも違う。見た目や声に騙されるな。

 瞳の色、髪質、魔力の気配が違う。

 アイオーンの瞳の色は深紅。彼は薄い緑。アイオーンの毛先には癖があったが、彼はストレート。そもそもアイオーンは星霊だ。しかし、彼からは人間が生成する魔力の気配がする。


(……あの、男の子は──)


 アイオーンにそっくりな男が外套を脱ぐと、それを真似するように、背の低い人間も外套を脱いだ。同じく黒一色の衣装だが、大男が着ている服と比べると、動きやすさを重視している意匠だ。両腕や両脚、手の甲には保護具のようなものがついていることから、彼は体術を武器としているのかもしれない。その保護具の下からは、包帯のような細い帯らしきものを巻き付けていることが確認できる。

 幼い顔つきで、顔の雰囲気はアイオーンのような大男とほぼ一緒だ。顔のつくりも、髪の色や目の色もほぼ同じ。ただ、目つきだけは少し違っていた。大男は釣り目だが、彼は柔らかい。

 ゼリオスカは、彼らのことを『年の差兄弟』と言っていた。少年の年齢は十一、二歳だろうか。兄の身長が高すぎて、少年がさらに幼い子どもに見えてしまうが、弟の身長はおおよそ一五〇センチ。

 外見から判断すると、兄弟の年齢差は十五から十七歳ほどのように感じる。


「……ユリア・ジークリンデ。どうしたの?」


 すると、ゼリオスカが固まっていたユリアに声をかけた。


「あ……いえ……」


 ユリアは挙動不審な態度しか見せられなかった。

 違う人なのに、アイオーンのように感じてしまう。違う。あの人はここにはいない。あの人が、自分たちをこんなところに飛ばしたのだから。


「ユリア・ジークリンデ……? ……変わった名だな」


 何を言っているのよ。あなたが名付けてくれた名前じゃない。──違う。まただ。もっと『違う』と意識しなければ。

 彼は他人だ。まったくの他人なのだ。アイオーンではない。


「この子、この近くで放浪していたのよ。言葉はわかるけど、常識は知らないようでねぇ……。それに、どうしてこんな所にいるのか自分でもわからないんですって」


「……まさか、受刑者ですか? 忘却刑の」


 弟の傭兵が問うと、ゼリオスカは頷く。


「アタシもそうじゃないかって思ってるのよ。でも、家族のことはすごく覚えているようでね……」


「家族……?」


 その瞬間、兄の傭兵がその言葉をこぼし、目つきが変わる。そして、ゼリオスカを横切り、ユリアに近付いた。


「その家族とは──どこまで覚えている?」


 それを問われた時、ユリアは彼の顔を見ないように俯いた。ユリアは混乱ゆえに黙り込む。

 変な事は言えない。彼の鋭い目が、心の内を見透かそうとしているように見える。


「……ちょっと。ユリア・ジークリンデ……?」


 顔を下に向け、彼と目を合わせようとしないユリアに、ゼリオスカが不思議そうに声をかける。

 すると、兄の傭兵はため息のような息をつき、自らの弟を見た。


「……お前が話せ」


「わかった」


 そして、彼はユリアの前から下がり、弟にユリアへ近づくよう促す。


「──ユリア・ジークリンデさん。ほかに覚えていることは? 言葉を知っているのは、誰かから魔術で教えてもらったんですか?」


 『答えない』という選択肢は与えてくれないようだ。ユリアは小さく息をつき、少年を見る。


「……この世のことは、本当に何も知らないわ……。言葉がわかるのは、とある人物から魔術で知識を複写したからよ……」


「魔術による複写、ですか」


「私が目覚めた場所は、戦場跡のようなところよ。そこで倒れていたの……。そこにはまだ血溜まりがあって、地面も荒れて、魔力が乱れていて……それから、負の感情がこもった魔力が漂っていたわ」


 その時、ゼリオスカの目が見開いた。


「ユリア・ジークリンデ……──あなたったら、そんなところで倒れていたの……?」


「すみません、説明不足で……。いろいろと混乱していたので、説明する機会を逃してしまいました……」


「……忘却刑なら、もっと辺鄙なところへ飛ばされるはず──」


 そして、少年はユリアをジッと見つめながら呟く。刹那、ユリアの胸の鼓動が激しくなった。


「その状況だと、戦闘が終わってからそれほど経っていないということか。……それで、ほかには?」


 アイオーンによく似た青年が、再び問う。しかし、ユリアは、彼とは目を合わさないまま口を開いた。


「……そこで、十代後半の女の子に──戦いを好む感覚が狂った子に襲われたわ」


「そいつから言語知識を複写したのか?」


「ええ……。倒してからね」


 青年と会話はするが、ユリアは変わらず彼と目を合わさない。


「戦い方や魔術は覚えているんですね。……やっぱり、忘却刑を受けたにしては、覚えていることが多すぎるような気がする──」


 少年は、ユリアをさらに訝しがる目で見つめる。


(……やはり、不審すぎる存在よね。私は……)


 そう思われても仕方がない。

 それでも、だからといって真実を伝えてもいいものか。

 兄の傭兵と外見がよく似た星霊によって、この世界に飛ばされた。もともといた世界は、ここよりも魔力が非常に薄く、それゆえ星霊も器がなければ生きられない。魔術を使える者も少なければ、魔力の薄さから一部の術しか使えない。魔術の代わりに、機械というものが生活を支えて豊かなものにしてくれている──。このような経緯と故郷の世界を、この世に生きる者たちは信じてくれるのだろうか。


(……本当のことを話しても、頭でも打ったかとか言われそうだわ)


 それに、傭兵の兄弟からはかなり警戒されている。それは肌で感じ取れる。信じてくれない気がする。まるで創作物語のような世界だと言われ、嘘をついていると思われるかもしれない。この世界にとっては、そんな生活はあり得なさすぎる。


(私だって、千年後の現代で生きることになった当初は、まるで『夢物語のような世界』だと思ったもの──。魔術がなくても、便利で豊かな生活ができるのだと……)


 だから言わない。それでも、言えることは伝えるべきだ。家族を探すためにも、この世の者たちと関わり、世の中を知っていくべきだ。そして、みんなの目撃情報を探す。それが今の目的。


「お前を襲った者はどうした? 殺したのか?」


 そして、また青年が問う。


「……どうかしら……。血を流して倒れるまで戦ったけれど……気絶しただけかもしれない──。その時の私は、目覚めたばかりで何もわからなくて、いろいろと余裕がなかったから確かめてないのよ……」


「その子は、どんな外見をしてましたか?」


 少年も聞く。


「赤髪で、髪を高く二つに括りあげていて、肌を露出した大胆な服を着ていたかしらね……。魔術にも長けていたわ」


 その後、兄弟は互いの顔を見る。


「……兄さん。ユリア・ジークリンデさんが倒れていた場所って、もしかして……」


「ああ……この街に来る前に、行商人が話していた戦場かもしれないな。巡礼中の兵士たちが被害に遭い、大怪我を負ったという──」


 その会話を交わすと、青年と少年はユリアに踵を返し、ゼリオスカを横切って玄関扉に手を伸ばした。


「ちょっと、アナタたち……どこ行くつもり?」


 ゼリオスカが問うと、青年と少年は背を向けながら答える。


「巡礼中の兵士たちが襲われた現場だ。──お前もついてこい。ユリア・ジークリンデ」


「その場所なら、おれたちが把握していますから。心配は無用です」


 それ伝えると、兄弟は家を出ていった。こちらのことを気にも留めずに。

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