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第四節 見知らぬ世界のなかで ④

「──はい。採寸が終わりましたよ。次に、服の意匠についてお伺いしたいのですが、なにかご要望はありますか?」


 仕立て屋から質問されると、ユリアは困ったように頬を掻く。


「……実は、特にこだわりがなくて……。意匠のことは、仕立て屋さんにおまかせします」


 もともとファッションのことなどあまり興味がなかった。マネキンに着せられている服をそのまま真似ていることが多く、あるいは店員のセンス頼りだった。


「それでは、白を基調として、黒や金で威厳や優美さを引き立たせるというのはいかがでしょうか? 戦いに自信があるとのことでしたら、白が目立つ服を着ていたほうが腕のある戦士のように見られる傾向がありますよ」


「では、それでお願いします。装飾は簡素なもので」


「装飾をたくさん付けていたほうがいろいろとお得ですよ? おしゃれな人だなって見られますし、名が知られていなくても仕事がたくさん舞い込んでくる傾向がありますし。外見を華やかにすることは、存外バカにはできません」


「そうなんですが……あまり、私の感性に合わないというか……」


 と、ユリアはチラリとゼリオスカを見る。


「だったら簡素なものにしておきなさいな。傭兵として仕事をしていると、服なんてあまり作り替えられないだろうし。常に着ておくものなんだから、自分なりにしっくりくるものがいいわ」


「はい──。ということで、やっぱり簡素なものでお願いします」


「う~ん……わかりました。なるべく派手にならないようにお作りします。ですが、せめて服に施す刺繍は豪華なものにしましょう。そして、服をお作りした後に、靴の製作に入りますね」


 仕立て屋の女性にとっては、もう少し装飾を派手にしたかったようだ。だが、見た目が派手なものは趣味じゃない。おとなしいものがちょうどいい。


「では、そのまま動かないでくださいね」


 そして、仕立て屋の魔術──被服製作が始まった。

 白い生地の束と黒い生地の束が宙に浮き、長く巻かれていた生地が広がると、それがユリアの身体に纏っていく。生地は、ユリアの身体の各部位の長さに合うように魔術で裁断され、そこに小さな針と糸がミシンで縫われていくように複雑に通っていく。

 他の場所でも、いくつかの服飾品を作っているようで、生地や道具が宙を舞いながら作業をおこなっている。


(これが、この世の仕立て屋さんの作業──)


 現代なら何日かは必ずかかるはずの作業が、数十分程度で終わってしまった。

 白を基調とした上着は、背面部分の裾が足首まであるが、前方は腰までの長さだ。

 そして、上着の前開き部分は、インナーである黒い服に染料で施された金色の蔦模様を見せるために完全には閉められない長さとなっている。ボタンで留められない代わりに、金属製の細長い留め具で閉めている。

 上着の袖口にはスリットが入っており、スリット部分の縁は金の刺繍糸で縁取られ、ここにも蔦模様がある。控えめながらも気品が漂っている意匠だ。背面部分の裾も同じである。上着の袖口からも、インナーの黒い服の袖が見え、そこに施された金色の蔦模様がちらりと見えるように長さが調整されている。

 その白を基調とした上着の上には、首元が隠れるケープのような短い羽織りも作られた。ケープに近い短い羽織りも白の生地で、金の刺繍糸で縁取られている。ケープの形は、どことなく六枚の花びらが重なっているように見える。

 下は動きやすくズボンであり、その生地は白。靴は黒で、ロングブーツ型だ。これらには装飾や模様がない。模様や意匠に統一感を出していることで派手さは抑えられているが、上品さは失われていない服が出来上がった──ユリアはそれを着ていく。オーダーメイドだけあって、長さはどれもちょうどいい。

 それからゼリオスカは料金を払い、仕立て屋の女性は去っていった。


「……? ゼリオスカさん。何をしているんですか?」


 すると、仕立て屋の女性が去ってすぐに、ゼリオスカは引き出し式の収納家具から宝石のような輝く石を取り出し、魔力を込めはじめた。


「ああ、これはね──ちょっと見てて」


 そして、窓を開けて宝石を掲げると、全身が青色をした鳩ほどの大きさの鳥がやってきた。ゼリオスカはその鳥の足に石を括り付けると、小鳥はとある方向へと飛んでいった。


「あの石が持つ魔力に伝えたいことを刻んだの。そして、あの鳥に傭兵兄弟がいるところまで運んでもらったのよ」


 それを聞いたユリアの脳裏に、伝書鳩という言葉が思い浮かぶ。


「その鳥は、ふたりがどこにいるかわかるんですか?」


「ふたりの魔力の気配を教えこませているからね。あの鳥は魔力の気配察知に優れていて、そのうえ人間が生み出す魔力の違いをしっかり判別できるのよ。どこまでも飛べる体力もあるから、目的の人物がはるか遠くにいても届けてくれるってわけ」


 人間が生み出す魔力の気配は、指紋のようにまったく同じ人はいないという。あの青い鳥は、『においを覚えさせて目的のものを探す犬』のような存在なのだろう。

 その時、窓にまたあの青い鳥がやってきた。違う個体ではない。先ほどゼリオスカに石を渡された個体の鳥だ。


「えっ? あ、あら……? なんでそんなにも早く帰ってきたわけ……?」


 ゼリオスカが呆気にとられながら青い鳥を見る。容態が悪いわけではなさそうだ。そのとき、窓から何かを見つけて呟く。


「……まあ……。あらやだ……まさか……」


 ゼリオスカは急いで青い鳥から石を取り外し、玄関へと向かった。役目を終えた鳥はどこかへと飛び去っていく。


「──あら~ん! 連絡もなしに来てくれるなんて思わなかったわ~!」


 そして、玄関からゼリオスカの喜ぶ声が聞こえてきた。


「なにかあったのか?」


 迎えられたのは男のようだ。冷静な性格なのか、声に抑揚がない。


「──……え」


 その瞬間、ユリアの心臓が飛び跳ねる。

 男の声が、聞き覚えのある声に聞こえたのだ。骨格や体格などが似ていると、声質が似ることがあるとどこかで聞いたことがある。だから、同じような声を持つ人がいることは、特におかしいことではないはずだ。

 こんなところにいるはずがない。違う人だ。それでも声の主が気になったユリアは、玄関に繋がる廊下をこっそりと覗いた。

 ゼリオスカの前にいたのは、背の高い大男と背の低い人間。身長差があるため、まるで親子のように見える。そんなふたりは、旅用の外套に付いたフードを深くかぶっているため顔がよく見えない。その外套の効果か、魔力の気配がまったく感じない。


「ちょっとね、アナタたちに紹介したい子がいるのよ。──けど、なんの連絡もなしにここに来るなんて珍しいじゃない。どうしたのよ? 何かあった?」


「こっちにも不審な戦いがあったようだからな。念のため確認しようと思ったんだ」


「……紹介したい子、というのは……あそこから見ている女の人のことですか?」


 背の高い大男とゼリオスカが話していると、背の低い人間がユリアを指差した。少年のような雰囲気のある声だった。彼の声にも抑揚がない。まるで感情を知らないような声色だ。


「そうよ。あの子は、ユリア・ジークリンデっていう子なの。ちょっといろいろあってね──この子、傭兵になりたいらしいのよ。だから、いろいろと教えてあげてくれない?」


「『いろいろあった』とはなんだ。詳細を話せ」


 大男は呆れたように言うと、フードを外し、外套を脱いだ。


「──な……ッ!!?」


 その顔を見たユリアは絶句した。

 顔立ちが、アイオーンにそっくりだったのだ。

 だが違う。魔力の気配は人間。髪の毛先にクセがついていない。そして、目の色が深紅ではなく、澄んだ薄い緑色。


 それでも、あまりにも似ていた。

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