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第四節 見知らぬ世界のなかで ①

「モクは、街の郊外でうずくまってたのよ。近づいても逃げないし、なんだか具合悪そうにしてたから放っておけなくてね……。だから、魔物の医療所に連れてったのよ。特に問題はないって言われたから、アタシが飼うことにしたの」


 ゼリオスカの案内で街に向かうため、ユリアは木漏れ日と小鳥のさえずりが美しい林のなかを歩いていた。

 そのときに彼──ここでも、星霊という種族には性別が存在しないという。だが、見た目や声の高低、または雰囲気によって『彼』や『彼女』という二人称を当てはめることは、人間や星霊でも多いようだ。ユリアが生まれた時代にはなかった風習だ──は、モクとの出会いを語る。


「異常はなかったのに、モクがうずくまっていたのは……」


「たぶん、親とはぐれたんでしょうね。それか、前の飼い主に捨てられたか……。その時のモクはまだ小さい子どもだったし、不安だったからうずくまってたのかもしれないわね」


「親に……──。優しいヒトに出会えよかったわね、モク」


 ユリアが声をかけると、ウサギに似た魔物であるモクは「うきゅう!」と返事をした。

 そのとき、ユリアは思う。

 私も、ゼリオスカさんに出会えて本当に良かった。目覚めたら誰もいないし、混乱もしていて、何も知らないところだから余計に不安だった。


「……あの、ゼリオスカさん。傭兵になるためには、まず何をすればいいんですか? 組合に登録とかするんですか?」


「アナタには人探しという目的があるから、逆に登録しないほうがいいと思うわ。給料は安定してるし、変な依頼が来るのは少ないけど、情報集めするための融通はあまり利かないし、腕利きになると組合を抜けるのが面倒って聞くからね」


「あるにはあるんですね……組合」


「ええ。でも、組合に入らないとなると……アナタには信用とか名声はないし、後ろ盾もないし──だから、初めのうちは簡単な仕事を地道にこなしていくことかしらねぇ……。あとは、他の傭兵よりもあえて単価を下げて、依頼を受けやすくするとか。あ……でも、安くしたら面倒な奴から依頼が来ることがありそうねぇ──」


「……ですよね……」


 ユリアは肩を落とす。想像以上に長い道のりになるかもしれない。それでも、情報を手早く集めるには傭兵になるのがいい。それに、他のみんなも探しているはずだ。


「そう気を落とさないで。だから、まずはアタシがアナタに依頼をするわ」


「……えっ?」


 ユリアが意外そうな声をもらすと、ゼリオスカは不敵な笑みを浮かべる。


「アナタが傭兵で仕事をするのに『必要な物』をあげる代わりに、アタシの依頼をこなしてきてほしいの。それが出来たら、街の人間や星霊たちに、アナタを腕利きの傭兵だって紹介したげる」 


「──! やります!」


 ありがたい助け舟だった。ユリアは背筋を伸ばして依頼を受けると、ゼリオスカは満足げに頷いた。


「さらにオマケで、アナタと年齢が比較的近い人間の傭兵をふたり紹介したげるわ。アナタの家族について、何か知ってるかもしれないからね」


 傭兵になるために必要なことから、仲間たちの情報収集まで手伝ってくれるなんて──! ユリアは顔を輝かせる。


「ありがとうございます! ちなみに、その人たちはどんな人なんですか?」


「ひと言で言えば、『めちゃくちゃ真面目な年の差兄弟』よ。あのふたりは、傭兵をやりながらいろんな場所を旅してるのよ。今は、ここから比較的近いところにいると思うから、そのふたりと連絡を取ってみるわ」


 まだ不確定なことは多いが、それでも希望が持ててきた。

 きっと大丈夫。そう思っていたとき、ユリアは大切なことを失念していた。


「──ところで、ゼリオスカさん……。『必要な物』のなかに、武器って含まれていますか……?」


 突如としてユリアは暗い顔を見せた。そのことにゼリオスカは不思議そうに見つめる。


「含まれてるけど……でも、このあたりには魔術が効かない魔物はいないわよ? 魔術できるなら、それで大丈夫よ」


「いえ、その……なんといいますか……」


 ユリアはもじもじとしながら目線をそらし、やがてバツが悪そうに微笑む。


「……て、手加減に自信がなくて……。魔術だと、文字通りに消し炭にしてしまうので……」


「……は……?」


 ゼリオスカから意味がわからないと言いたげな声を返されると、ユリアは慌てた。


「い、いえ! 素手であってもできるんですけど、やっぱり武器があったほうが……弓が、一番安定します……ハイ……」


「……とりあえず、弓が欲しいってことでいいのね?」


「ハイ……。弓デ、大丈夫デス……」


 と、ユリアは恥ずかしそうに後頭部を掻き、棒読み気味にそう答えた。


「──それから……ゼリオスカさん。別件で少し気になったのですが……星霊って、たしか人間のような食事は必要ないですよね? どうしてゼリオスカさんは、魔物の肉が欲しいんですか?」


 やがて、ユリアは恥ずかしい話を遠ざけるために、気になっていたことを問いかける。


「アタシ、人間の食事を作って食べるのが趣味なの。腕には自信あるから、今日の食事はちょっと期待していてもいいわよ? とりあえず、しばらく衣食住についての面倒はアタシが見てあげる」


「おお……!」


 料理に自信があることが判ると、ユリアはまた目を輝かせる。

 そんな彼女を見たゼリオスカは微笑み、それから少し憂いた顔になった。


「本当なら、市場に出回る肉を買いたいんだけどね……。今は、各地の情勢が不安定なのよ。たまに市場にお肉が出回らない時があるの。もちろん、魚や野菜とかも市場に並ばないことがあるわ。そのときは、街のみんなで協力して魔物を狩ったり、川で釣ったり、山菜採りをしているのよ」


「市場に食材が並ばない理由は……まさか、街が戦いに巻き込まれてしまったからですか……?」


「そうよ。ここは自然豊かで在住者も少ないほうだから、自然頼りでもなんとかやっていけるけど……街によっては、外に頼らないとやっていけないところがけっこうあるわ。街の治安が良くても、店に並ぶ食材が極端に偏り続けたことで、街から人間だけがいなくなったところもあるみたいだわ」


 星霊は大気中の魔力さえ豊富にあれば生きられるが、人間はそうではない。なので、街によっては人間が増えたところもあるのだろう。


「戦いが起こる原因とは、何なのですか……?」


「『神がこの国を落とせと神託を下したから』だとか、『自分たちが信仰している神をこの国でも信仰しろ』だとか──おもに権力者の暴走ね。でも、権力者が操り人形で、黒幕は別にいたという事例もあるんですって。その黒幕は、権力者とも街ともまったく関係のない存在だったらしいけど。あとは……憎しみの連鎖ってやつね」


 と、ゼリオスカは冷静に説明する。被害者側のはずだが、ユリアはどこか傍観者のような印象を受けた。物流や出荷元に被害がこうむり、食べ物で困るのはおもに人間だが、星霊でも困ることはたくさんあるはずだ。


「──見えたわ。アタシが住む街よ」


 林を抜けると、崖が見えた。そこから見える風景は広い平原に聳え立つ一本の巨木。枝は傘のように四方へ伸びており、葉は生えていないが薄桃色の花が咲いている。その木の下には、花咲く枝に包まれるように家々が存在していた。


「……すごい……幻想的な街ですね……。あんなにも大きな木があって、花まで咲いて──」


「こんなにも大きな木は、たしかに他にはないわね。それに、あの木の花は魔物除けの機能もあるから住みやすいのよねぇ──。……あ。アナタはまだ街には入っちゃダメよ」


「どうしてですか?」


「だって……その格好だと目立つもの。アタシはともかく、普通の人間や星霊にとったらあまりにも不可解な不審者にしか見えないわ」


 そうだった。ゼリオスカと出会った時にも指摘された。『魔術的な気配をなにも感じない服』は普通ではない。ただの布だったとしても、なにかしら気配は感じるものだと。

 はぐれてしまったみんなを探すことが今の願い。変に目立ってしまっては、その願いが遠ざかってしまうかもしれない。

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