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第三節 異土と火種 ②

「……ね、ねえ──あっちから、誰か……来てない……?」


 イヴェットが恐れを抱いた声で呟いて指差すと、ラウレンティウスは三人を隠すようにその方向へ出て、手に武器を呼び出した。

 何かが走ってきている。数は二体。鱗と少しの羽毛に覆われた馬型の魔物だろうか。頭部の両側面には円を描くように曲がった角が一本ずつ生えている。馬のかたちをしているが、馬ではない。羊や爬虫類のような特徴を併せ持つ生き物だ。


「……あれは、魔物……なのか……?」


 旧ヴァルブルク領では見たこともない魔物だった。それに乗って御しているのは、フード付きの黒いマントをしっかりと被った二つの存在。上半身からは人間か星霊かの判別ができないが、足はふたつとも人間のものだ。


「──こっちに来る」


 クレイグも虚空から武器を取り出し、臨戦態勢をとる。


「──!?」


 近づく前に、御者の者が発したであろう声が聞こえてきた。おそらく、どちらかが青年。やがて、馬のかたちをした羊や爬虫類のような特徴を併せ持つ生き物は、四人の前で停まった。


「──? ──?」


「……」


 まったく言葉がわからなかった。だが、警戒心や殺意は感じない。ラウレンティウスたちは、人畜無害そうな雰囲気をまとう青年をジッと見つめ続ける。

 フードから見える顔は、お人好しそうな人間の若い男性。そして、もうひとりのほうは、おとなしそうな女性。そして、二、三才の少年がその女性に抱えられて座っている。この三人は家族なのだろう。彼女や青年は、ラウレンティウスやアシュリーと年齢が近いかもしれない。


「──?」


 青年が、また言葉を発した。穏やかな口調でラウレンティウスたちに何かを問いかけいるかのように。しかし、ラウレンティウスは青年を見つめながら、武器を握り続ける。それを振りあげようとはしないが、警戒し続けていた。


「……──?」


 意外なことに、お人好しそうな青年は武器を握り続けるラウレンティウスたちに怯えることはなかった。まるで慣れたことであるかのように、冷静に彼らを見つめかえしていた。


「わ、わかりません……。あたしたち、なにもわからないんです……」


 イヴェットが思わず現代語で話すと、青年は驚いた顔をして、おとなしそうな女性を見た。

 すると、青年は不思議な生き物から降り、フードを外してラウレンティウスに自分の手を差し出した。


「……その手は──?」


 ラウレンティウスが聞くと、青年は口を開く。


「──」


 相変わらず理解できない言葉だが、青年の表情や声の雰囲気から「怖がらないで」と言っているようにラウレンティウスは感じた。そして、彼は自分の直感を信じ、青年の手に自分の手を乗せる。その瞬間、ラウレンティウスの体内で何かが巡るかのような感覚がした。


「──これが……君たち四人が知っている言葉で……間違いないね?」


 その後、青年はラウレンティウスたちが知る言葉を使って話した。


「あ……ああ……」


 ラウレンティウスたちが呆けていると、青年は女性と手を繋ぎ、そしてすぐに現代語ではない言葉を話した。ラウレンティウスたちには何をしているのかわからなかったが、何をされたのかは理解できた。


「……さっきの感覚は、魔力を介して知識を読み取る魔術……。俺の身体を巡る魔力から言語情報を読み取り、それを自分の魔力に複写したのか……?」


「そうだよ。魔力には、情報を記録するという特性を持っているからね。……それにしても、聞いたことがない言語だったが──。ともかく、きみたちはきょうだい(・・・・・)かい?」


「あ、ああ……。一応は……」


 ラウレンティウスたち四人の両親たちは三人きょうだいのため、戸籍上や血筋的にはいとこ(・・・)になる。だが、四人にとっては『きょうだい』と称しても気にしない間柄ではあった。

 それにしても変なことを聞く人だと、ラウレンティウスは少しだけ思った。四人の関係性の確認など必要だろうか。だが、その理由を聞く心の余裕はなかった。


「異国で生まれたから、このあたりの言葉を知らなかったのかい? 四人は、どこから来たんだい?」


「……それは──」


 ラウレンティウスが返答にまごついていると、また離れたところからドンと響くような爆発音が聞こえてきた。先ほどよりも、近いところから音がした。


「……細かい話は、安全な場所に着いてからにしよう。この近くにある街は、戦火にのまれてしまったんだ……。もっと遠くに逃げなければ巻き込まれてしまう」


「ここ……戦争が起こるとこなのかよ……」


 クレイグが苦々しい顔でその言葉をこぼすと、アシュリーの顔が青ざめた。


「じゃ……ウチが見たんは──」


「……シノ。どうしましょうか……?」


 すると、おとなしそうな女性が現代語で静かに言葉を紡ぎ、お人よしそうな青年を見る。彼女が現代語を話せるようになったのは、おそらく先ほどシノと呼ばれた青年と手を繋いだときだろう。


「……イルエ。シュイと一緒に先に行っててくれないか? 何も知らないこの四人を、こんなところに放ってはおけない。誰かに見つかれば、洗脳されるか殺されるかの二択だ」


 洗脳されるか殺されるか。あまりにも物騒な言葉に四人は絶句する。

 向こう側でどのような戦いが繰り広げられているのか──。


「わかった……。気を付けてね、シノ」


 女性はイルエ。幼い少年はシュイという名前らしい。そして、青年の名前はシノ。現代のヒルデブラント王国では聞きなれない名前だ。


「う~ん……?」


 状況をまだ理解できていないのか、幼い少年は不思議そうに唸る。すると、シノはその幼い子に現地の言葉で何かを言った。その後、シノが言うとイルエは手綱で魔物を操り、駈けていった。


「──あの子は、ぼくとイルエの子なんだ。まだ三才だから、この出来事の意味を理解できていない」


 そして、シノは深く息をついた。


「……たぶん、これから長旅になるはずだ。もっと遠くの街に行かないと危ないだろうからね……。君たちも一緒に連れていきたいんだが……実は、食料や水は三人分しか持つことができなったんだ。君たちの分がない。だから──」


「待ってくれ。そもそも、そんな荷物はどこにある?」


 シノには、リュックや鞄らしき荷物を入れるための容器は持っていない。イルエにもなかったうえ、魔物にも背負わせていない。それをラウレンティウスが指摘すると、シノの顔がぽかんとした。


「……? 魔術で異空間を作れば、手には何も持つ必要はないだろう?」


「……あ」


「その考えに至らなかったということは……もしかして、魔術をあまり使用しない地域からやってきたのかい? ──あ、いや。すまない。今はそんなことを聞いている暇はないね。ともかく、旅をしながら小さい魔物とかを狩って食料する必要があるんだが、君たちは戦えるかい? あと、魔術で早く駆けることは?」


「戦えるし、駆けることはできる。……シノは……魔物を裁くことはできるか?」


「ああ、捌けるよ。戦闘が起こったらよろしく頼む。水に関しては、材料さえ揃えれば魔術で作ることもできるから、そのあたりは心配しないでくれ。──では、早くここから離れようか。申し訳ないけど、四人は走ってついてきてくれ。安全なところまで案内するよ」


 シノが言い終わると、また爆発が起こった。そして、爆発音の後に、おぞましい唸り声のような音も聞こえてきた。


「……早く行こう」


 シノは、音が聞こえてきた方角を睨み、手綱を握りしめた。



◇◇◇



「……ん……」


 陽が高く昇っているときに、テオドルスは目覚めた。上半身を起き上がらせ、周囲を見渡す。


「……どこ、だ……? ここは……」


 何もない平地にいたはずなのに、今は厳かな気配のある建築物──テオドルスにとっては、どことなく古い時代の神殿様式のように感じている──の敷地にいる。テオドルスに怪我はないが、彼が倒れていたところには激しいひび割れがある。元からあったものか、それともテオドルスがここにやって来たときに発生したものかはわからない。


「……ユリ、ア……? アイ……オーン……?」


 傍にいたはずのユリアがいない。

 対峙していたはずのアイオーンの姿もない。

 ここは、どこだ──。


「……!? ユリア! アイオーン! ラウレンティウス! アシュリー! クレイグ! イヴェット! どこだ!? みんな、どこにいるんだッ!!」


 状況を理解したテオドルスは勢いよく立ち上がると、仲間たちの名前を大きく叫んだ。だが、誰ひとりとして返事が来ない。


「──……どうしてだ……どうして誰もいない……!?」


 仲間たちが自分を放っていくはずがない。

 誰もいない理由は、あの術のせいだろうか。聖杯と光陰を使って発動した、あの術が──。


「……なぜだ……なんでなんだ、アイオーン……! なんで、オレたちをこんなところへ──!?」


 テオドルスは悲しさと怒りに満ちた顔を片手で覆い、苦しげな声色で心の内の感情を無意識に吐き出していく。


「オレが暴走してしまったら……それを止めてくれるのはアイオーンだろう……? ヒノワ国のあの祭りで、君は呆れながらも笑っていて拒否しなかったじゃないか……──!」


 心の内の言葉を吐露すると、テオドルスはしばらく口を閉ざした。

 やがて、少しずつ冷静さを取り戻していった。そして、ヴァルブルクでアイオーンに出会ってから、あの術が発動するまでのことを思い返す。

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