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第二節 不測と不可解、そして──。 ④

「昨日からあったん? 王宮経由で先生に言ってへんの?」


「時間が経てば……勝手に治るものだと思っていた……」


 そう言いながら、アイオーンは気まずそうに少しずつアシュリーから目をそらしていく。すると、アシュリーは呆れた。


「ちょ〜、人間みたいなノリで判断したらアカンって。『器』と人間の身体、全然ちゃうってのに〜……。魔力がめっちゃあるかぎり不老不死で治癒力も高いけどさ、それはアイオーンの心臓──『核』だけの話や。『器』には適応されへんってのは、謎の頭痛でも解っとることやろ」


 そう叱られると、アイオーンはバツが悪そうに口を閉ざす。珍しくやらかした子どものように叱られ、テオドルスはアイオーンを見て笑った。


「アシュ姉は一応、アイオーンの『器』をメンテナンスするメンバーの一員なんだよね? 体調不良の原因、何なのか判る?」


 イヴェットが問うと、アシュリーは困り果てたように頭を掻く。


「ウチは、まだメインメンバーやないからなぁ……。それに、専門的な機器使って調べんとよう判らんへんねんよ。星霊の『器』ってのは。つか、アイオーンの症状、過去の事例報告書にも無かったし……。王宮の食事に変なモン混ざることなんかないやろうし……──けど、器の不具合なのは確かやろうから、早めに先生に診てもろたほうがええわ」


 そして、アシュリーは息をついた。


「──星霊の核を『器』に入れて延命させるって方法は、始まってからまだ数十年かそこらや。まだまだ判らんことのほうが多い……。ええ機会やから、診察室に入らしてもろてアイオーンの『器』すみずみまで観察したろ」


「……なんでアシュリーまで診察室に入るんだ?」


 少しだけ間が空いてからアイオーンが聞くと、アシュリーは首を傾げる。


「入るけど? 関係者やし、それでなくてもそういう系の研究者やし」


「入らないでほしいんだが?」


「なんでやんな、後学のためやで。研究だけやなくて勉強もすんのが研究者や」


「本当に後学のためか?」


「なんやその信じられへんって顔は」


「だったら恍惚とした目で俺の身体をベタベタと触るなよ?」


「しゃーないやろ。そこに『()え体』あんねんから」


「開き直るな変態女」


「……アイオーン。悪ぃけど、姉貴の手や目はなんとか躱して診察受けてくれ」


 クレイグが宥めるように言うと、


「なんで診察を受けるだけなのによく判らんミッションが発生するんだ……」


 もっともな文句を言って諦めのため息をついた。


「──ところで、ひとつ気になったことがあるんだが、ヒノワの怪異には悪霊のようなこともする種があるのか?」


 すると、テオドルスは先ほど話題に上がった怪異のことを口にする。その疑問に「ヴァルブルクの異変のことの疑問じゃないのか」とアイオーンがボソッとツッコむ。


「そういう個体もいるという話は、ナナオおばあちゃんやリチャードおじいちゃんから聞いたことがあります。おばあちゃんやおじいちゃんは、ヒノワで起こる心霊現象の半数は、怪異が起こしてるんじゃないかって昔言ってました」


 幽霊は、無念や心残りといった生前の強い想いからこの世にとどまり続けている魂魄だと昔から言われている。

 怪異という存在が生まれる理由については、まだ不明な点が多いが、今を生きる人々が信じる想いや霊魂が混じり合っているのではという説がある。人の想いが関連している可能性があることから、あのふたりはそう思っているようだ。


「ますます興味深いな、怪異という存在は……──よし! 全てが終われば、またヒノワに行ってみよう」


「頼むからお前は普通の観光をしてくれ……」


 アイオーンのツッコみのキレは相変わらずだが、ただでさえ体調不良ならぬ『器』不調であるのにどんどん力を消耗していっていた。


「──アイオーンが力尽きそうだから、そろそろ話を元に戻しましょうか……」


 ユリアが場の空気を整えると、「意識しないと話がどんどん脱線してグダるのが俺達だからな」とラウレンティウスは頷き、彼女から話を継ぐ。


「一旦、調査はこれで切り上げるか? それか、アイオーンだけが戻るか?」


「アイオーンだけ戻らせんのも、ちょい怖いわ。不調やし。やから、付き添いでウチも戻るわ。──アイオーン、ええやろ?」


「……わかった」


 アイオーンは少し納得できない部分があるようだが、一理あるとして受け入れる。


「では、私たちは陽が暮れるまでヴァルブルクを調査しましょうか」


 ユリアが言うと仲間たちは了承し、


「んじゃ、そっちは頼んだで」


「……すまん」


 アシュリーとアイオーンはヴァルブルクの地を去っていった。その後、遠く離れていくふたりの背中を見送りながらイヴェットが言う。


「──……今まで頭痛はあったけど……それ以外の不調なんて無かったのに、急にどうしたんだろうね……? ヒノワでは、いろいろと特殊なことが起こっていたけど、ヴァルブルクはアイオーンも昔からいたところだし……」


「ええ……」


 ユリアが曇った顔で呟くと、「あんま心配すんなよ」とクレイグは言った。


「──ま、診察受けりゃ何かわかんだろうさ」


「俺達は、俺達ができることをする。今はそれに集中したほうがいい」


 と、ラウレンティウス。


「そうだな。友への安否を憂う気持ちが生まれるのは当然のことだが、今のオレたちにとっては、その不安という気持ちが『邪魔者』となる場合もある」


 そして、テオドルス。

 結果が分からず不安だからこそ、妄想で補完しようとしてしまう。いけないことなのは、ユリアもわかっていた。だが、家族として常に一緒にいたアイオーンが不調であることは、ここまでユリアの心に影を落としていた。

 こんな時に戦いが起これば、気持ちがそちらへと引っ張られてしまい、本来の力を出せないこともあり得る。不安を抱いていても良いことはない。ユリアは、無理やりそのことを頭から退かすように努めた。


 その後、ユリアたちはすみずみまで調べたが。


「どこを探しても、異変がない……それに、陽も暮れてきたわね……。今日のところは、このあたりで帰りましょうか……──」


 件の予言が、脳裏に蘇る。


『時が満ちたヴァルブルクにて、未知なる交響楽団の最終楽章が始まる。しかし、演奏者たちの楽譜はすでに白紙。顔のない指揮者は演奏者となり、ひとりの演奏者の指揮者となるだろう』


 この予言の意味は──。



◇◇◇



「問題、なし……?」


 ユリアは呆気にとられた。

 旧ヴァルブルク領から街へ戻ると、ユリアたち五人はアイオーンの様子を見に国立研究所を訪ねた。その一室にて、アシュリーからそう告げられる。


「ん──。器の異常は見られへんかったわ。魔力保有値も正常やし。内部の異常も見られへんかった」


「それでも、変な感覚は今もある……。だから、今日は研究所に泊まって、もっと精密に調べることになった。悪いが、今日は屋敷に帰れない」


 アイオーンがそのことを伝えると、ユリアたちはそれぞれ憂いに満ちた表情をした。


『──我が主よ。同胞と共にいても良いだろうか。大気の魔力が不足しているゆえ、人型にすらなれぬただの刀だが、同胞に対して何かできるやもしれぬ』


 刹那、光陰がユリアに言葉を伝えた。


「……わかったわ」


 光陰の声色は相変わらず抑揚のない女性のようだが、わざわざそのようなことを伝えるということはアイオーンを案じているのだろう。ユリアは腰帯から光陰を外し、アイオーンへと手渡した。


「そんな顔をするな、ユリア。そう経たないうちにもとに戻る」


「……そうね」


 アイオーンからそう言われても、今のユリアには不安を払拭することはできなかった。


「今日、できることはやった──だから、ほら。もう帰って寝ろ」


 アイオーンに諭されたユリアは小さく頷く。

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