第二節 不測と不可解、そして──。 ③
「ぼんやりとテレビを見流して、ゲームや検索で携帯端末をいじったり、他愛のない会話をしたりする時間──やっぱり、戦いがなければつまらない?」
そう問われると、テオドルスは「うーん……」と言いながら、口に含んでいたリゾットを咀嚼し、目線を斜め上に上げる。やがて咀嚼したリゾットを喉に通し、ユリアを見る。
「……確かに、オレは戦いを好む獣みたいな人間だ。でも、今は……『戦い』に飢えた気持ちがあまり無いんだ──」
「そうなの?」
「ああ。自分でも不思議なことなんだが……。だったら、なぜあの時代に生きていたオレは、『戦い』ばかり求めていたんだろうな……。今のオレと昔のオレ……いったい何が違うんだろうな──」
それから、テオドルスはまたしばらく考えるように目線を斜め上に上げ、やがて口を開いた。
「……あの時代は、いつでもどこでも戦いが起こっていたから……かな──」
その言葉を聞いたユリアは、寂しそうな目線をリゾットへ移す。
「……魔物や〈黒きもの〉だけでなく、共存派や不信派の過激な思想に暴走する人間や星霊。そして、同じく戦いに明け暮れる者──。戦いは、平和よりもすぐに手に入るものだった……。街の外に出るだけでも、凶悪な魔物はそこらじゅうにいたものね……」
「ああ──。だからこそ、昔のオレは際限なく『戦い』を求めてしまっていたのかもしれない。家族との日常があっても……欲望を抑えられる心は強くなかった」
「『昔と比べると、はるかに平和な時代』にやってきて、そろそろ二月ほどが経ったけど──あなたのなかで、何か変わったことはある?」
ユリアの問いに、彼は感慨深く頷いた。
「この時代にやってきたばかりの頃は、オレは『獣』を抑えて暮らすことができる人間になれるのかと疑問に思っていた──。でも今は、いろいろなものが輝いて見える。今のテレビ番組も、いつの間にか集中して見ていた。戦いがなくてダラダラとテレビを見る時間も、案外良いじゃないかと気付いたんだ」
「……ねえ、テオ。私は、あなたは昔から『平和な時間』を退屈だとは思わず、無意識に好んでいた人だと思うわ。現代に来てから好きになったことではないと思うのよ」
テオドルスはそう思える人間になることができたと思っているようだが、ユリアは元からそう感じる人だったと思っていたようだ。
「……なんでそう思うんだ?」
彼女の言葉に、テオドルスは不思議そうに首を傾げる。
「あなた、言っていたじゃない。お兄さんやふたりのお姉さんに『遊んで』とわがままを言って困らせしまったとか。双子の弟さんや妹さんたちと一緒にいたずらして、両親や使用人たちを困らせたとか。使用人たちからもたくさん遊んでもらったとか……。そういう家族との日常の話を、あなたからたくさん聞いたわ。──だから、あなたは昔から、他愛のない時間も好きな人だったと思うの。じゃないと、家族とそこまで仲良くできないと思うわ。あなたは、戦いも平和な日常も好きな人間なのよ」
すると、テオドルスはぽかんとした。それから何かを思い、フッと微笑む。
「……ああ──よく家族で遊んでいたな……。そして、常世山へ行くまでは鍛錬の日が多かったが、鍛錬から帰ってきた日の夜はみんなでよく遊んだな。カードゲームやテレビゲーム。光る虫を見に行ったり、花火をしたり……。ヒノワの田舎の景色は落ち着きがあって風光明媚で癒されたし、文化も興味深い──楽しい『長期休暇』だった」
「私も楽しかったわ、『長期休暇』。久しぶりにヒノワに行ったからか、もっといろんなところに行ってみたい気持ちが膨らんだわ」
ユリアも微笑む。すると、テオドルスは良いことを思いついたように笑みを浮かべた。
「だったらさ、今度のデートは遠出の旅行にしないか?」
新たなデートの約束を持ち出されると、ユリアは少し考え、ジト目で口角を上げる。
「──日帰りでね」
「ああ。まずは日帰りで。……でも、いつかは泊まりで行こうな?」
何かを見透かしたような、余裕の微笑み。ユリアはそんな彼から少しだけ目を逸らした。
「あなたが『変なことをしない人』になってくれるのならね」
「とかなんとか言っても、いつか一緒に泊まりの旅行へ行ってくれるんだろうなと思う。ユリアは優しいからな」
そして、ユリアはなんとなく悔しそうに唇を尖らせ、恥ずかしそうな雰囲気を醸し出しながらかすかに眉を顰めた。
「良い男になるとか言っていたのに、私の優しさに甘えようと? とてもカッコ悪いわよ」
「その話とこの話は別だ。君の優しさに甘えるつもりはないし、あの言葉に二言はない。──あの言葉は、プロポーズと同等の重みがあるものだと思っておいてくれ」
「……」
プロポーズという言葉を聞いた瞬間、ユリアの顔が少しだけ照れた。テオドルスはその変化を見逃さない。
「照れるなんて可愛いな」
「……早く食べてちょうだい」
「フ──そうだよな。せっかく君が作った料理が冷めてしまうもんな」
ふたりの間にちょっとした言い合いが発生しても、いつもテオドルスが最後に笑うのだ。
◇◇◇
次の日。ユリアたちは異変が起こったという旧ヴァルブルク領のとある地域にやってきた。
その後、廃墟の神殿後を集合場所とし、七人は各自で問題を探すことになったのだが──。
「……みんな、どうだった?」
最後に集合場所へやってきたユリアが問う。
「特になんもなかったで」
「オレが見たとこも何もなかった。魔術や術式の気配も特にナシ」
「あたしが調べたところも問題なさそうだったよ。変な人も魔物もいなかったし」
「俺もくまなく調べたが、特に問題は見つからなかった」
アシュリー、クレイグ、イヴェット、ラウレンティウスも異常なし。ユリアは憂いた目で息をつく。
「私もよ……。光陰にも協力してもらったけれど、何も感じないようだったわ」
『我らに近しい気配はなかった。わずかな気配もない』
と、刀から無機質な女性の声で光陰は言う。
「オレも違和感はなかった。誰かが何かを施したという跡もなかったし、そもそも今回は、聖杯は奪われていない。となると……突如、魔力濃度が上がったという異常の原因は──」
テオドルスがある憶測を口にしようとすると、
「ダグラスによれば、感知した異常は魔力観測塔の不具合でもないとのことだ。むしろ、〈黒きもの〉が存在していることは確かだから、たとえ不具合であっても油断はできない」
アイオーンがひとつの可能性を否定した。その時──。
「……くそ……。朝から妙に頭がボヤける……」
「頭がぼやける? 痛いんじゃなくてか?」
クレイグが聞くと、アイオーンは症状を不快に思う目で「ああ……」と溢した。
「ぼやけるって──まさか、朝に酒でも飲んだか?」
テオドルスがズレた指摘をすると、アイオーンは肩を落として首を振る。
「飲んでない……。そもそも星霊の器には、飲食物に含まれる養分を吸収する機能がないから酔わない。食べ物から微量の魔力は吸収できるみたいだが、それでも微々たるものだ」
五感が備わっていて、見た目も人間と大差ない。だが、人間のような食事を必要とせず、魔力のみで生きられるのは星霊と同じだ。そう説明されて、あらためてアイオーンは人間ではないと気付く。
「なあ……まさか、ヒノワから怪異でもついてきたとかないやろな……? 幽霊みたいに、魔術師に憑依する怪異もおるっていうし。ウチらは遭ったことないから、ようわからんけどさ」
すると、アシュリーが別の可能性を示し、刹那、テオドルスがそれについて興味ありげに反応した。
「だが、それなら怪異の気配を感じるはずだろう。アイオーンからは何も感じない」
ラウレンティウスが指摘すると、「それはそう」とアシュリーは納得し、その線はないと判断した。
「そもそもさ。その違和感って、いつからあるんよ?」
「……昨日……だな……。王宮で夕食を食べたあとからか……」




