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第一節 おわりのはじまり ⑥

「んなことできんの、神様みたいなのしかムリや。しかも、大気中の魔力を減らした動機はなんやねんって話やし──なんか星霊だけ世界から消滅させようとしたみたいなこと」


「理由は、さすがにわかんないけど……たしかに、そんなことは神様の部類しか無理だよね。アイオーンは『不老不死と神のような強大な力を持つ星霊』って言われてたみたいだけど、それでも肉体は星霊だったから、魔力が減衰したら生きられなかったみたいだし……。そういう存在がいたとしたら、アイオーン以上の存在ってことだよね」


「その存在の正体が『遥か昔から生きとる存在』で、当時の時代にもまだ生きとって、それが星に何かしたってんやったらまだ納得できるんやけどな。『大気中の魔力を減らした』理由はいったん抜きにして──。大昔はバチクソに魔力あって、ありえへんくらい魔術が発展してたって言われとる時代やし。斜め上な能力持った存在が生きとってもギリ納得できる」


 アイオーンという名が出てきたことにより、ユリアは神妙な顔つきになる。そして──。


「……ねえ。考察し合っているところ悪いんだけれど……ふたりは、いつまで私の身体にしがみついたままでいるつもりなの……?」


 背面からはアシュリーに、正面からはイヴェットにしがみつかれている。腕だけでなく、足までも。まるで親にしがみついて共に行動する動物か何かだ。


「え」


「え」


 この『一悶着』──たまに起きる、よくわからないふたりの謎の行動──は、どうやらまだ続くようだ。



◇◇◇



 その頃、アイオーンはヒルデブラント王国の王宮の客室にて、現女王カサンドラ・オティーリエと面会していた。


「それでね……そう言ったら、あの子ったら何と返事をしたと思う……? ──アイオーン。聞いているかしら?」


 アイオーンがヒノワ国で得た情報をカサンドラへ伝えると、彼女はひと仕事終えたと言わんばかりにアイオーンへ愚痴を並べはじめたのだ。女王と言う立場だからこそ、簡単に鬱憤を晴らすことができないのだろう。アイオーンもそれを理解しているようだが、それでも嫌気がさしている顔で紅茶を飲んでいる。そのため、王宮の客室での面会にしては雰囲気が所帯じみていた。


「……俺は、カサンドラの『なんでも相談室』などやっていないんだが──。そもそも、いつもの『お茶会』ならともかく、オレから不穏な情報を聞いたというのに何事もなかったかのように普通に愚痴りはじめる精神がよくわからん……」


「あら。よろしいでしょう? 情報伝達も私の愚痴や相談を聞くのも、極秘部隊としての仕事に含まれていますもの」


「『愚痴や相談を聞くのも仕事に含まれている』というのは初耳なんだが?」


「今決めました」


「テオドルスのように職権濫用をするな。側近に愚痴ればいいだろ」


 かなり雑な会話が繰り広げられているが、これがカサンドラ・オティーリエという女王の肩書きを持つ女性だった。

 『いつものお茶会』とは、カサンドラに時間ができたときに催される不定期なお茶会のことである。アイオーンは、力を解放すれば身体が飛竜になっていくという特異体質ゆえに、ユリア、ラウレンティウス、クレイグ以外の極秘部隊や魔道庁の職員たちとともに仕事ができない。そのうえ今のアイオーンの身体は現代の技術を駆使して作られた『器』であるため、あまり無茶はできない。普通の人間の身体とは違うといっても、一概に頑丈とは言い難いところがある。

 なので、極秘部隊という立場であっても、今のアイオーンにできることは『あまり戦うこともなく、一人でできる仕事』だった。しかし、そういった仕事の数は少なく、時間的に余裕があることが多い。そんなアイオーンに、カサンドラが話し相手になってほしいと頼んだことからお茶会は始まった。


「まあまあ、テオドルスさんったらそんなことを? やっぱりもっとお話してみたい御方だわ」


 そう言ってカサンドラが面白そうに笑みを浮かべると、


「絶対に面倒な『化学反応』が起きるから会わせたくない」


 アイオーンは明らかに嫌そうな顔な顔をした。


「いいの? 貴方の大好きな王室御用達の紅茶が飲めなくなるわよ?」


「それくらい直接買う。売っている店舗くらい把握しているからな」


 その時、部屋の扉がノックされた音が聞こえてきた。


「──お話の最中に失礼いたします。今しがた、ヒノワ国のトシヒロ・フドウ殿から伝達がありました」


 声の主は、カサンドラの側近であり、魔道庁な総長を務めるダグラス・ロイの養父エドガー・ロイだ。


「わかったわ。入りなさい」


 彼は、ユリアとアイオーンのことを知っている。なにせ、廃墟となったとある神殿の深部で眠り、そしてこの時代で目覚めたふたりを迎えに来てくれたうちのひとりだ。


「はっ」


 エドガーは部屋に入ると一礼し、要件を伝える。


「──トシヒロ・フドウ殿によると、昨日の深夜、ユリア様が舞を奉納されたという社の舞台にて、不審な人影が現れたとのことです」


「不審者だと……?」


 アイオーンがこぼす。


「社に設置されていた防犯兼魔力感知カメラには、舞台に突き刺さっていた刀を不審者が抜き取ったらしく、そこから不可思議な濃い魔力が溢れたとのことです。しかし、不審者は刀を元に戻し、溢れた魔力が消えたあとにその場を立ち去ったようです」


「……あの舞台に刺していた刀を抜き取り、また戻した──?」


 不審極まりない行動だ。刀を盗むことだけでなく、その場に留まらせている魔力を解放したかと思えば、その魔力が消えた。封じられていた魔力を本当に消したのか、それとも吸収されたのかは不明だが──。


「エドガー。フドウのやつは、ほかに何か言っていなかったか?」


 怪訝な顔をしながらアイオーンが問う。


「はい。フドウ殿曰く、舞台に封じられていた魔力の気配がなくなっていたとのことです」


「無くなっていただと……!?」


「無くなっていたら危険なの……?」


 カサンドラが不安げに聞くと、アイオーンは目線を下にした。


「いや……悪いものではないとは思うんだが──今の時点では、なんとも言えない……」


 舞台に封じられていた魔力ではないが、舞台の四方に生える木になっていた花の花弁のおかげで、アイオーンは記憶の欠片を思い出した。

 その異様な気配がする魔力が何なのかは今もわからない。しかし、そのおかげで記憶を思い出したこともあり、アイオーンは悪いものとは思えなかった。


「──フドウ殿からの伝達を続けさせていただきます。フドウ殿は、この件に関しては『高い魔力濃度に耐性がある不審者』として各国にも報告し、不審者の調査を進めていくとのことです」


「わかったわ、ありがとう。ヒルデブラントも警戒を強化して、不審者に目を光らせておくよう通達しておくわ」


 カサンドラが言うと、エドガーは少し困った様子でもうひとつの伝達事項を伝えた。


「それから、アイオーン殿──その伝達のついでに、フドウ殿から、テオドルス殿を外交官にしないかとの提案が来ているのですが……」


「どんな『ついで』だ! そんなにもアイツに会いたいのかクリカラのヤツは!?」


 思わず厳しい口調かつフドウ・トシヒロの本名を言いながらツッコむと、エドガーは目を丸くし、アイオーンはすぐさま我に返って咳払いした。


「──……いや、失礼した……。その提案は無視していていい。クリカラ──ああ、いや……今はフドウ・トシヒロだか……そいつは、俺の古い知り合いなんだ。無視してもヒノワ国との関係にヒビが入ることはない。俺に直接文句が来るくらいだ」


「あら、断るのですか? ヒルデブラントの女王としては、そんなにも早く断りたくない話なのだけど……。なんとなく、ちょっともったいないことをしている気がするのよね……」


 すると、カサンドラが残念そうに唇を尖らせた。


「テオドルスを外交官にしたければ、必ず目付け役が必要となる。ユリアに頼んでみればいい。あいつも応じない確率のほうが高いが──俺も断じてならんからな」


「貴方がここまで駄々をこねるなんて珍しい。相当、尻拭いしたくないのね」


「あいつの相手をしていたら胃の穴が開くぞ」


 アイオーンが息をつくと、エドガーは苦笑しながら「それでは、私はこれにて失礼いたします」と言って部屋から出ていった。扉が閉まろうとした、その直後。ギリギリのところで誰かが閉まる扉を制止した。


「……あの~、お祖母様。こちらにアイオーン様がいらっしゃると聞いたんですけど──」


 聞こえてきたのは少年の声だった。王宮で少年の声といえば、カサンドラの孫であるフェリクス・フォルクハルトだ。


「ちょっと、こんなときにやめなさいフェリクス──」


「別にいい。入れ、フェリクス」


 アイオーンはカサンドラの注意を制止し、フェリクスに部屋へ入るよう促す。


「……あなたって、昔からフェリクスには甘いわね」


 と、カサンドラが呟いた。


「失礼します。こんにちは、アイオーン様」


「久しぶりだな、フェリクス。また背が伸びたか?」


「なんだかんだで、もう十五歳ですからね。あと二、三年で成人の儀をおこないます」


「もうそんな年齢か──っ、痛……」


 刹那、アイオーンの頭に一瞬だけ痛みが走る。


「まさか、頭痛ですか?」


「ああ……。だが、治まった。……それで、フェリクス。俺になにか用か?」


「あ、はい。あの……えっと、その……──」


 フェリクスは言い淀んだ。言いづらいことなのか。しかし、少年の目からは少しばかりの畏怖を感じる。アイオーンが不思議に思っていると、フェリクスはかすかに意を決したような目を向けた。


「きょっ──今日、一日だけ日だけ……こちらに泊ってくれませんか?」


「泊まる? 俺が、ここで?」


 思いもしなかった言葉に、アイオーンは目をぱちくりさせる。


「フェリクス。無茶を言うんじゃありません」


 カサンドラが叱るが、フェリクスは引き下がらない。


「もちろん。〈黒きもの〉についての現状はぼくも知っています。それでも、どうか──」


「そのまえに、フェリクス。お前が俺にここに泊まってほしいと思う理由はなんだ?」


「えっ、えっと……。ヒノワで……何があったのか……教えてほしいなって……。あ──いや! 後学のためにどんなことが起こって、そのときどう対処すればいいのかなって知りたいという意味です! だって、ぼくは王位継承権を持ってますから!」


 焦るフェリクスの言葉に、アイオーンは何とも言い難い表情をした。そんな状況に陥る可能性などないに等しいというのに、それを知りたいと思うのか。それとも、単なる好奇心を隠すために苦し紛れの言い訳を並べているのだろうか。フェリクスは王子だ。自由の身ではない。


「……まあ、いい。一日だけなら構わない」


「あ、ありがとうございます!」


 少年は喜びの顔を見せた。一瞬だけ、似たような光景がぼんやりと脳裏に浮かんだ気がしたが気のせいか。


「……っ」


「アイオーン……? また頭痛が起こったの?」


 カサンドラが不思議そうに問うと、アイオーンは「気にするな」と返事をした。


「──では、泊りの準備をするために、俺は一度屋敷に戻る。また来るから、少し待っていてくれ」

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