第一節 おわりのはじまり ⑤
「っていう反応があるってことは、やっぱテオドルスとなんかあったんやな?」
と言って、アシュリーはユリアの背後に回り込み、彼女の背中にしがみついた。その時、ユリアはビクッと身体を強張らせる。
「ちょっ──!?」
「教えてほしいな〜?」
イヴェットは可愛らしく頼みながら、正面から抱きつく。
「ない! なにもなかった! 早く離れないと、洗濯機の脱水機能みたいに遠心力を使って振り払うわよ!? 高速メリーゴーランドよ!?」
恥ずかしさと焦りのあまり、ユリアは個性豊かな言動でふたりを脅す。しかし、そんな言動が『何かがあった』ことの揺るがぬ裏付けだと判断された。
「すーなーおーにー吐ーけーぇ!」
「トキメキちょうだいよおおお!」
と、アシュリーとイヴェットはまるでおぞましいクリーチャーのような声を出しながら、両腕だけでなく両足まで絡めてユリアを拘束する。
「トキメキに飢えたゾンビみたいにならないでくれる!? いつも通りからかわれて顔を近づけられただけよ! 心にあるのは悔しさだけよッ!」
「とか言いながらキスしたんやろ!?」
「してない!!」
「でも嬉しかったことあったんでしょ!?」
「ない!!」
アシュリー、ユリア、イヴェットの白熱した言い争いのような問答は続く。
「アンタにとったらテオドルスは『太陽』かつ伯爵家の二番目の子息やのにガチの王様になった『ユリアにとっての白馬の王子様』やろ!? 厄介男やけど!」
「あたしたち聞いたもん! ユリアちゃんとの婚約は、ユリアちゃんのご両親にも許可をとって進めたものだって! ユリアちゃんにしか心は捧げないって!!」
「そんなことわかってるわよ全部知ってる!!」
ユリアは顔を真っ赤に染めたが、アシュリーの猛攻は続く。
「やのに、なんで素直にならんねんな!? テオドルスがアンタに愛想尽かして他の女のとこ行くの、考えるだけでもイヤやろ!?」
「イヤよ! というか、それはテオだろうがあなたたちだろうが『私の家族』なら誰でもイヤ! あなたたちがまったく知らない人と結婚してどこかに行ってしまうのはイヤ!!」
「うわっ」
「うわっ」
なんか激重感情来た、と言いたげにふたりは真顔で引いた。その瞬間、ユリアも冷静さを取り戻す。
「えっ、いきなり冷静になって息ぴったりに『うわっ』て言いながら引かないでくれる? 普通に傷つくわ」
「そろそろ新聞の話に移ろっか」
「何事もなかったかのように話し変えようとしないでくれる!?」
「ナナオおばあちゃんがデータで送ってくれた新聞の切り抜き、印刷してきたから見て」
と、イヴェットはユリアの訴えを無視し、彼女に正面からしがみついたまま手に持っていた紙を指先でぴろぴろと動かす。アシュリーもまだ背中にしがみついたままである。おそらく彼女たちなりの『引いてないよ』アピールだろう。
ユリアは「仕方ないわね……」としぶしぶ受け入れ、魔術を使ってイヴェットが持つ紙を宙に浮かばせ、三人が見える位置で広げた。
なぜ、アシュリーとイヴェットはユリアから離れずにしがみついたままなのか。ユリアもそれをツッコまないのか。それは彼女たち三人にしかわからない。端から見ればなんとも珍妙な状況だが、この三人はほかに誰もいなければわりと妙ちくりんなやり取りをする傾向にあるため、実は今に始まったことではない。アシュリーとイヴェットは、テオドルスという男が育ったラインフェルデン伯爵家の末裔で、ユリアはそんな彼と婚約していたし、仲も良かった。全員、元から何かが変なのである。
「えっと──……魔力が少しずつ無くなっていた現象は、今から三、四千年前にも一度起こっていた──」
新聞には、こう書かれていた。
『常世山の祠から三千年前の手紙 未来への警告か
文化財研究センター・常世山支所は、祠の内部から文字が書かれた一枚の紙を確認したと発表した。発見された祠がある場所は常世山周辺であるが、禁足地であるため詳細は伝えられないという。解読調査の結果、それは何者かに宛てた手紙とみられ、年代はおよそ三千〜四千年前にさかのぼるという。
三千〜四千年前は、魔力が濃く存在していた時代であり、手書きの文字による公的な記録は残されているが、個人的な手紙は見つかっていなかった。そのため、これは極めて重要な発見だと研究者は語る。
さらに解読を担当した研究者によれば、手紙には「大気中の魔力が少しずつ失われていく現象が、この時代に起きた」と記されていたという。宛名は「遥かなる我が一族」、そして締めくくりには「はじまりの一族」と署名がある。
研究センターは「この手紙は未来の一族へ向けた警告の可能性がある」としており、今後の研究の進展が注目される──』
「発見された祠ってのは、常世山の参道から外れた獣道にある祠ちゃうかってばあちゃんのメールに書いとったわ。じいちゃんとばあちゃんが昔に勤めとった怪異対策局ってのは、たまに文化財研究センターと合同で常世山の調査すんねんて。やから、そのときに見つけたモンちゃうかってさ。その祠、魔術で頑丈に施錠されとったらしい」
「ナナオおばあちゃんは、大気中の魔力が少しずつ失われていく現象は〈黒きもの〉と何か関係あるのかしらねってメールで言ってた。あと、常世山付近にあった祠だから、これはスエガミ家のご先祖様が書いたのかなってことも書いてたよ」
ユリアが新聞を読んでいると、新聞についてアシュリーとイヴェットが補足する。
「確かに、スエガミ家のご先祖様かもしれないと思ってしまうわね。常世山を管理していた一族だったらしいし……。それに……そんな昔の時代なのに、わざわざ紙に文字を記したということも気になるわ……。ここまで昔なら、ヒノワ国でも魔力の特性を用いて、記録や物事の伝達がおこなわれていたはずよね?」
かつて大気に魔力が満ちていた時代のヒルデブラント王国や周辺国地域では、人々の生活は魔術と魔道具と呼ばれる発明品に支えられていたという。
魔道具とは、現代でいうところの機械にあたるようなものであり、その開発と発展によって、文明は現代に匹敵するほど──あるいはそれ以上に──豊かであったという。
日々の営みに必要な作業の多くは、魔術か魔道具で事足りていた。人間や星霊がわざわざ自らの手足を動かす場面は、おおよそ戦場に限られていたらしい。
なぜなら、魔術をものともしない魔物や、魔道具の力をも欺く凶悪な犯罪者が存在したからである。そうした脅威に対抗するには、道具に頼るだけでは務まらなかったのだ。
もちろん、魔術を使えば意思伝達ができるが、自分以上の腕を持つ魔術師にかかればその意思伝達の内容を覗かれてしまうこともある。なので、文字も存在した。しかし、文字を使う者はおよそ役人などに限られていたという。
「うん。ヒノワでも、ヒルデブラントとかにあった魔道具に近いものや魔術に頼っていた時代だったよ。たぶん、この手紙を書いた人、もしかしたら役人的な立場の人かも。あの時代で文字を書いてたのって、ヒノワでもそう言う人だったらしいし」
「んで、こんなん書いた理由は、星が生み出す魔力量がいきなり減ってもうたから、これ以上魔力使ったら星が死ぬんちゃうかって危機感抱いて、子孫に向けて書いたかねぇ……」
と、イヴェットとアシュリーはそれぞれの憶測を言う。
「これ以外の手紙の内容は──文字が劣化していて解読できないのね……」
「ユリアちゃんが生まれた時代には、魔道具なんてもう無かったよね?」
イヴェットが問う。
「ええ。私が生まれた時代は、すでに魔力濃度が低くなっていくことが確定していた時代だから、なんでも紙に書いていたわね。新たな魔道具が作られたという話も聞いたことがないわ」
その時、ユリアの脳裏に現代の仮説がよぎる。
現代では、魔力が減衰した理由は『星の自然現象』だとの説が有力とされている。星にはそれ以上の変異は見られないことから、年を取るにつれて失われる機能ではないかとのことだ。
「……魔力が減衰したのは……本当に『星の自然現象』だったのかしら……」
しかし、ユリアはなんとなく違うのではないかと感じた。特に理由もないただの直感だが。
「自然現象やなかったら、なんやと思うんよ」
「──……誰かの、意思……?」
ユリアが答えると、イヴェットが反応する。
「神話のなかで起こった『人間と星霊が増え続けて愚かになったから間引きした』……みたいなことをするために、魔力が減衰したってこと?」




