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第一節 おわりのはじまり ③

 かつては、ユリアを一個人と見る者はテオドルスとアイオーンしかいなかった。しかし、今は多くいる。彼女が困っていれば、誰かが手を差し伸べてくれる。自分がいなくても。

 もしかして、もう傍にいなくてもいいと思っている──?


「……『役に立てない』なんて、有り得ない」


 ユリアは静かに零すと、まるで縋るような目で言葉を紡いだ。


「離れていかないで……。私の傍にいて……! 私から離れるなんて許さ──ぶっ!?」


 彼女がそう言っていた時、テオドルスは突如として大好きな飼い主に飛びかかる大型犬のような勢いでユリアを抱き締めた。


「く、くるしい……」


「あ……。悪い……」


 と、テオドルスは呆けた声で言い、抱きしめる力を緩めた。


「い、いきなり勢いよく来ないで……。驚いたじゃない……」


「いや、だって……真面目で照れ屋なユリアが、恥ずかしがることなく必死に縋ってきて──そのうえ、独占欲をむき出しにしてきたんだぜ……?  ユリアが滅多にしないことをするから、オレの頭が爆発するかと思った……」


「……そ、それは……。えっと……すごく変なことを言ってしまって……ご、ごめんなさい……」


 テオドルスに言われたことで、ようやく自分が言った言葉の『重さ』に気づいたユリアは、だんだんと声を小さくしていきながら謝った。テオドルスは呆れながらそんな彼女を笑う。


「待て待て。ユリアが謝ることなんてどこにもないだろう? オレは嬉しかったんだぜ? ──オレは、絶対に君から離れない。少し前に、そう約束したろ?」


「……うん。ありがとう。──でもね、テオ。私にとっては、役に立つとか立たないとか、どうでもいいことなの。私は、あなたが傍にいてくれるだけでいい」


「そうか? ……でも、オレにとっては、どうでもよくないんだ。やっぱりカッコイイところを見てほしいし、カッコイイ男でありたい。──だから、今は役に立てていなくても、いずれはそういう男になろうと思ってる」


 そうして、テオドルスは笑みを浮かべながらユリアから離れた。


「そのためには、オレももっといろいろな経験を積まないといけないんだろうな。それ以前に、こんなにも簡単に落ち込んでしまうのはカッコよくない。うっかりカッコ悪いところを見せてしまったけど──これからオレは、君が惚れるほどの『良い男』を目指そうと思う。他の人から見ても、君の隣に相応しいと言われるような男になってやるさ!」


 落ち込んだかと思いきや、すぐさま立ち直り、快活にそう宣言した。

 彼は普通の人らしく落ち込むときはあるのだが、その時間は短く、立ち直りが驚くほど速い。空元気ではなく本心から笑っている。

 羨ましくて、いつも眩しい。太陽のような(ひと)


「……『良い男』──」


 すると、ユリアはじっとテオドルスを見つめ続けた。


「なんだ? なにか言いたげな顔だな」


「私は……あなたが、それを目指す必要なんてないと思っているわ。だって、テオは何度も私を助けてくれたじゃない。私から見れば、あなたはすでに『良い男』と呼ばれていてもおかしくない人だわ」


 誰かを救えて、支えることができる人はみんな素敵で良い人だ。そんな思考から、ユリアが真面目な顔でそう言う。刹那、テオドルスは目を見開き──。


「──……な、なあ……。今のオレ……猛烈かつ熱烈にユリアに口付けしたい気分なんだが、してもいいか……?」


 真顔で問うた。その瞬間、ユリアは声にならない声を出して目を見開いた。


「キッ!? キ、キキキスを!!? な、なぜ!!? ──あっ。も、もしかして、『家族として』という意味で言ったつもりだった……?」


 あまりにも突飛な行動予告にユリアは声を裏返し、唇を震わせながら後退(あとずさ)るが、すぐに別の可能性を思いつき、後退(あとずさ)ったことを申し訳なさそうに問いかける。


「……」


 しかし、彼の表情はどこか不機嫌なものへと変わっていく。


「──はぁ……。そういえば、君は昔からそういう人間だったな……。そうやって素の言葉でオレを翻弄して口説いてくる……」


 そうして、テオドルスはわざとらしく目を伏せて落ち込んだ。ユリアはその態度を真に受けてしまったのか戸惑いはじめる。


「わっ、私は翻弄どころか口説いても──!」


「ああ、そんなことは知っているさ……。君の言葉には下心なんてない──素の褒め言葉だというのはわかってる」


 それからテオドルスはユリアの言葉を遮り、そして伏せていた目をゆっくり開いていった。

 そして、ほんのわずかに口を開き、唇を動かすことなく小さく言葉を紡ぐ。「オレが期待している気持ちに、君はいつ気づいてくれる──?」。その言葉は、ユリアには届いていない。


「……けどな……そのせいで、こっちは心臓がいくつあっても足りないんだ。……狂いそうになる」


 わずかな苛立ちを含んだ目でユリアを捉えると、彼は不穏さと艶のある顔で微笑んだ。

 そんな彼の蠱惑的な表情と言葉に、ユリアは思考と目線を奪われて固まってしまった。


「──なあ……。いつかは責任をとってくれよ……? 気持ちが昂りすぎて、どうにかなりそうなんだ……。今はまだ我慢できるが、いつかは限界が来てしまう──オレがこんなにもどうしようもない男なのは君も知っているだろう……?」


「な……なにを……言って……」


 彼は苛立っているのに、色気がある。『逃がさない』という意思を感じるギラギラとした目がある。初めて向けられた雰囲気に、ユリアは顔を赤らめながら目をそらし、一歩下がった。それ以上、ユリアは自分の身体を動かすことができなかった。


「……だから、そんな顔をオレに向けないでくれって。今のオレは、ユリアの照れ顔が一番好きなんだ。……正直、今はわりとどうにかなりそうなんだぞ──」


「っ……あ、あなた……からかうのもいい加減にして……!」


 ユリアの声色には怒りがあった。しかし、彼女はテオドルスのか顔を見ようとはせず、俯いている。


「冗談だと思ってるのか……? 今はさ……この屋敷には、オレたち以外には誰もいないんだぜ……?」


 刹那、テオドルスはユリアをふたたび抱き締めて──まるで拘束を目的とした、絡みつくような抱き締め方で──口元を耳に寄せた。


「ッ……!?」


 ユリアは即座に彼を突き放そうとした。が、その前にテオドルスが拘束術をかけ、彼女の動きを止める。コンセプトパーティーの時のように、また行動を制限されてしまった。


「な、なに……を……」


「オレが本気で『おかしくなる』前に忠告しておこうと思ってな──。まず、ユリアはオレを信じ過ぎている。信じてくれることは嬉しいんだが……」


「信じ、過ぎてる……?」


「ユリアは、一度オレを『魔術で殺した』。その経験があるせいか、君はオレに対する大きな怒りがなければ(・・・・・・・・・・)、危険を感じても咄嗟に魔術で防ごうとはしないよな? オレが君の食べ物を勝手に食たことで、怒りのあまりオレを魔術の手刀で気絶させたことはあるが、あれは君が『怒りに囚われていたから』できていたんだろう?」


 彼の指摘は当たっている。彼に対しての不意打ちや、それに近い魔術的な動きをすることは、ユリアにはできなかった。その原因は、生きながら地獄を味わった『あの日』を経験したことにある。その後遺症のようなものだ。


「こんな忠告をするのは、オレが我慢強くないせいでもあるんだが──それでも、もう少し警戒してくれ……。嫌だというのなら『嫌そうな反応』を見せてくれ。男なんだぞ、オレは──どこまで君の反応を信じればいいんだ……?」


 我慢と怒りを感じる声。そのすぐに、ユリアの耳にとある感覚が現れた。耳の端を、何かが撫でている──テオドルスが、彼女の耳に自分の舌を這わしている。


「いっ、や……ん──っ……!?」


 その感覚にくすぐったさと『異性への戸惑い』を感じたユリアは、言ったことのないような甘みのある高い声を出してしまった。抱き締めるだけなら今までにもあったし、感極まった場合は彼女からも抱き着いたことがある。しかし、このような行動はされたことがなかったため、彼女の頭の中は真っ白になっていた。


「耳、弱かったんだな……知らなかった。でも……やめてくれよ……。そんな嬌声を出されたら──」


 君を食べたくなる。

 何かを抑制した声で、その言葉が耳元から聞こえた。


「──」


 耳を舐められただけでも、すでにおかしくなりかけていたというのに──ユリアの思考回路は完全に止まってしまった。

 あまりにも大きな衝撃だったからか、彼女は息をすることを忘れた。互いの顔が近くにあることから、テオドルスが彼女から呼吸をする音が聞こえてこないことに気が付くと、おかしそうに口角を上げる。


「……息、ちゃんとしてるか? 酸欠になるから息はしておけよ。でも、オレの『人工呼吸』を受けたいのであれば、そのままでもいいんだけどな……? 今からしてやろうか?」


 彼のその言葉に、ユリアはようやく我に返り、自身の状況を再認識する。


「っ、ち……ちが、う……!」


「ははっ。声、迫力ないなぁ──。けど、今の君には、戸惑いのなかに怒りの感情もあるんだろうな。拘束されたまま抱きつかれて、そのうえこんなことを言われて……。それでも止めてほしいという言葉が出てこないのは、今のオレが怖いからか? それとも……オレにこうされるのは嫌じゃないのか?」


 と、テオドルスは妖艶な笑みを浮かべた。

 ユリアが術を解こうとしないのは、彼を受け入れようとしているわけではない。頭の処理が追いつかず、行動できないからだ。

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