第十二節 依って件の如し ②
そして、ユリアは光陰を見る。
本当にここには何の手掛かりもないのだろうか。思考整理のためにも、ユリアは思いついたことを光陰へ質問する。
「……光陰──少し突拍子もないことを聞くけれど……アイオーンが光陰を作っていた、という可能性はないのね?」
「その可能性は無いとみていいだろう。我らの身に、此方の『想い』や『願い』を感じぬゆえ」
ということは、光陰を構成している力のなかに、アイオーンの力はないということだ。
「それでも、光陰にとってアイオーンは『同胞』なのね」
「我らの身を構成する力は、アイオーンの力と『根本』が同じ。ゆえに『同胞』と称した」
「根本が同じということは、『種族が同じ』という意味で捉えてもいいのかしら? それとも『親』が同じという意味?」
「どちらの言葉が正しいのかを明確にするのは難しい。ただ魔力の気配が近い──判ることはそれのみだ」
やはり過去がわからなければ前進しない。ならば──。
「……ちょ、どこ行くん?」
無言で境内の奥へと歩いていくユリアにアシュリーが声をかけた。
「地上のお社のように、ここにも拝殿があるけれど──そこに少し違和感があるの。確かめてみるわ」
「違和感?」
仲間たちも拝殿に近づく。すると、クレイグとテオドルスが何かに気が付いた。
「……ああ──たしかに、なんかあんな」
「ただの防壁にしてはずいぶんと気配がおとなしいから、存在に気づけなかったな──もしかして、侵入者対策であえてそうしているのか」
参拝は基本的にないが、ここも一応は神を祀っている施設だ。なのでユリアは、お参りをしてからなんらかの防壁が張られている拝殿の奥へと手を伸ばす。すると、ユリアの手が消えた。
「……私の手が、消えた──」
「──ただ消えたわけじゃないみたいだな」
そう言ったテオドルスは、後ろを振り向いていた。彼が指差すほうを見ると、そこには人間の手が空中に浮いていた。その背後には空間の歪みができている。
「えっ!? 手がある!?」
イヴェットが驚く。
「あの手は私のだわ。今、あのように動かしているのよ」
空間の歪みから飛び出す手は、拳を作ったり、手のひらを開けたりしている。それはユリアの意思で動かす手だった。
「はっは~ん。『これ以上、奥に行くな』ってことやな? んじゃ、この奥になんかあるってことなんかな?」
と、アシュリーは魔術の意味合いを解釈する。
「なんだ、この魔術は……? 防壁術のように見える、転移術の一種か?」
そして、ラウレンティウス。
「たしかに転移術を応用すれば、こういったことは可能ではあるけど──これは、それとは違う魔術だわ。防壁の構造が複雑で、かなり面倒くさいことになっているわね……。これは……まさか、投影強化術? 防壁術と重ねてかけているのかしら……」
ユリアがそう言うと、テオドルスもその魔術に手を突っ込んだ。
「──ん~……。たしかにこれは、防壁術に投影強化術を施しているのかもしれないな。この魔術が面倒くさい理由は、術式が二重にあることと、投影強化術で何を投影されているのかがわからないことにあるからか……」
「投影強化術があるんでしたら、もしかしてこれって……」
その時、イヴェットが言葉を漏らした。
「どうした? イヴェット。もしかして、こういった能力を持つ伝承や神話の武具がヒノワにあるのか?」
テオドルスが聞くと、イヴェットはあまり自信がなさそうにしながらも頷いた。
「あ、はい……。見た目は盾なんですけど、言葉どおりに攻撃を防ぐものじゃないんです。受けた攻撃を別の場所に逸らしたり、攻撃を放った相手の死角からそっくりそのまま返すという能力を持っています」
「受けた攻撃を跳ね返すのではなく、軌道そのものを捻じ曲げるということか──。それは、物理や魔術、関係なくそうなるのか?」
「はい。どんな攻撃でも盾に触れた瞬間、まずは攻撃を消してしまうんです。そのあと、その攻撃を撃った人の死角とか、まったく別方向から同じ攻撃を飛すことができるんです。──だから、ユリアちゃんの手が消えて、真後ろから現れているのはその盾の能力を投影したからじゃないかなって思ったんです」
「よう覚えとんな。伝説に出てくる防具のことなんか」
と、アシュリー。
「携帯端末でしてるゲームに、伝説上の武具がたくさん出てくるの。そのおかげで、神話や伝承のなかに出てくる人物とか武器はけっこう覚えてるよ」
「投影強化術を解除するには、術式そのものを力づくで壊すか、投影されたものの弱点を突けばいい。一番楽なのは、投影されたものの弱点を突くことなんだが──その盾の弱点は知っているか?」
そして、テオドルスは話を元に戻す。
「たしか……鏡に映せばよかったと思います。目の前にいる対象物やその攻撃を『逸らす』能力なので、その対象が自分自身となると自分の能力を『逸らす』みたいです。そのときに攻撃したら、この防壁を破壊できるかもです」
「へえ? なかなか厄介な能力だが、弱点は意外にも可愛らしいな」
「あ、あの──あたしが魔術で鏡みたいなのを作って、破壊できるか試してみます。これで投影対象が間違ってたら、あたしたちのほうに攻撃が来るので……一応そのことを警戒しておいてください」
もしも間違っていたらという気持ちゆえに、イヴェットは術式を破壊する役割を買って出た。
ユリアとテオドルスは術から離れ、仲間たちは全員、イヴェットの後ろへ下がった。イヴェットは前に出ると、魔術で拝殿の前に大きな鏡を作る。その後、深呼吸をし、少しまごついた様子を見せた。読みが間違っていたらどうしようという不安だけでなく、参拝者がいない社の拝殿とはいえ攻撃するのは気が引けるのだろう。
「……お社に向かって攻撃なんて、罰当たりなのは重々承知だし──これでも、あたしたち四人はこの山の管理者一族の末裔らしくて、ほかのみんなも〈黒きもの〉をどうにかするために頑張ってるので許してください!」
決意と弁解を訴えたイヴェットは、指先に集束した魔力の閃光を放った。月白色の魔力の塊は銃弾のごとく放たれ、目には見えない防壁に当たる。
「あ……──!」
やがて、術式に綻びが生じたようで防壁は形を崩し、塵のように朽ちていった。
「投影強化術って……投影したものの弱点を知っていたら、意外と簡単に突破できちゃうんだ……」
神話に出てくる武具だが、想像していたよりも簡単に壊せたことから、イヴェットは拍子抜けした様子で呟いた。
「簡単に壊せる場合もあるが、そうでもない場合もある。特に弱点などはないうえ、頑丈で能力が高い武器を投影されたら攻略は難しくなるな」
すると、テオドルスが彼女の言葉にそう答え、続いてクレイグが問う。
「けど、神話や伝承上で『非の打ちどころのない武具』を投影しても、なにかしらのデメリットつくんじゃねえか? 魔術でも『完全無欠』ってのは有り得ねえだろ?」
「そのとおり。まずは、それを投影すること自体が大変だな。『非の打ちどころのない武具』だからこそ、魔力も集中力も段違いに消費する。そして、投影が成功したとしても、投影した武具が持つ強力な力に呑み込まれて所有者が暴走してしまう場合もあるな」
「暴走すんのか?」
「『魔力を多く消費する強化術』とは、対象者の周囲の魔力濃度を高めるものでもあるんだ。だから、『対象者が持つ魔力耐性値』と『魔力を多く消費する強化術』が噛み合わなかった場合、対象者の体調や精神がおかしくなる時があるんだ。魔術研究者曰く、その精神異常は酒の飲みすぎでおかしな言動をする症状と似ているから、術を止めて安静にしていればマシになるらしいんだが──戦闘中だとそんな暇はないからな」
すると、イヴェットの顔が曇った。
「投影強化術って、諸刃の剣なんだ……。それを適切に施すための判断もそうだけど、手あたり次第施していってもいい魔術じゃないのかな……」
「一応、対象者に降りかかるデメリットを防ぐ方法はあるわ。対象者本人か術者が、体内に濃い魔力が流れてこないように防御のための膜を張るの。それから投影強化術といった魔術を施すのよ」
そう言ったのはユリアだった。
「方法は簡単そうだけど……その膜を維持しながら戦わないといけないから、慣れていないと難しいよね……?」
「そうね……。それでも──まずは、光陰から貰った力の本質を見極めていきましょう。イそれは、ヴェットにしかわからないものだもの」
イヴェットは、無人島での鍛錬を経ても、いまだに自身の能力が戦いにおいて何に役立てるのかを見つけられていなかった。
光陰が現代で生まれた四人に与えたのは、曰く『真っ白な力』。それは固有の能力ではあく、能力を生み出すための『きっかけ』となるもの。それが、イヴェットたちの体内を巡る魔力と融合し、今の四人が持つ固有能力へと変化したのだという。そのため光陰は、現代で生まれた四人が持つ能力の詳細は彼女たちから説明されるまでわからなかったという。
「……うん」
イヴェットが呟いた、次の瞬間だった。
──この山の防衛機構を停止させたのは、お前たちか。




