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第十一節 霊峰・常世山にて ②

「──さあ、来るぞ」


 と、テオドルスは未知なる敵に喜ぶかのように微笑んだ。人のカタチをした者たちは、急襲することなくゆっくりと歩み寄る。逃げるなら今のうちだ、とでも言いたいのだろうか。

 山頂までの距離はまだある。帰りも油断できないため、無駄な消耗は避けたいところだ。


「ラルス。あなたはアイオーンとイヴェットとアシュリーを守ってあげて。後ろから増援が来るかもしれない──イヴェットも、近くに敵がやってきたときにだけ戦ってちょうだい。でも、山を壊すわけにはいかないから魔術は控えてね。クレイグは撹乱役を。私とテオが倒すから、戦場を乱すことだけを考えて」


 と、ユリアは大気中の魔力を編み、使い慣れた形状の槍のような剣を二本作り上げる。イヴェットは、アシュリーよりも前衛で戦う能力があるが、それでも後方で待機と命じられたことで複雑そうに下がる。彼女が光陰からもらった能力は『召喚』だが、イヴェットはまだそれを使いこなせていない。

 一行が今いる場所は、まだ道幅が広いところだ。しかし、大きな魔術を放つとどこかが崩れるかもしれない。奇天烈な環境を持つ山であるため、もしかしたら自動修復するかもしれないが、規模の大きい攻撃はやめておいたほうが無難だろう。


「──クレイグ。もしかしたら、ウチの魔眼経由で、撹乱役ちょい手伝えるかもやからさ。一回だけでも『同期』試してええ? 敵にデバフかけれるかもや」


 すると、アシュリーが弟にそんな頼み事をした。


「は……? ……まあ、変なことしすぎないでくれたらいいけどよ。敵の能力が未知数すぎるから、あんま舐めた行動しないでくれよ」


「わかっとるわかっとる。つーわけで、撹乱役は頼んだ」


「ホントにわかってんのか、姉貴……」


 戦闘が始まるというのに、姉はいつも通りに気の抜けた口調で話す。そのことに弟は呆れて踵を返し、敵に向かっていった。

 クレイグには体力がある。そのうえ、多種多様な小技の魔術を瞬時にできる器用さと高い敏速、周囲を広く見てどうするべきかの判断もできるため、彼はこういった撹乱役に適している。ラウレンティウスと比べると、敵を倒すための決定打には欠けるが、仲間が敵を討つためのサポート、あるいは味方の体力を温存しながら敵を撒いて退避できる能力がある。


「──そらっ」


 アシュリーは、弟の目と『同期』した。

 その効果は、視覚を共有するだけではない。彼女の魔眼と繋がりを持ったクレイグの目も、彼女の魔眼と同じ能力を持てるのだ。クレイグの目が魔眼と化しても、視界を動かすのは変わらず彼だ。しかし、魔眼能力の発動権限はアシュリーにある。

 つまりアシュリーは、弟の視界を借りて、その視界に入った敵を離れたところから妨害できるということだ。


「さぁて、こっちが有利になる動きになってもらおか──!」


 クレイグが見ている敵の動きが、まるで見えない力に引っ張られているかのように少しだけ遅くなった。その隙に、クレイグが短剣で人影を斬りつけていく。斬られた人影は、黒い霧となって飛散した。撹乱役に頼んだクレイグが、すべての敵を倒してしまった。そのことに、ユリアは「あら」と嬉しそうに声をもらす。


「……」


 勝利に一役買ったアシュリーを、イヴェットはどこか悔しそうに眉を顰めながら見つめ、すぐに従姉から目をそらした。

 イヴェットは、まだ自分の戦い方を確立できていない。

 前衛で戦うほうが、まだ自信がある。しかし、光陰から貰った力は、後方支援に向いたものだった。

 なぜ、自分が貰った能力が『召喚』だったのだろう。前衛で役立てるものならよかったのに。今よりも、まだ役に立てていたはずだ。〈黒きもの〉と戦える能力をうまく扱えない自分が、ここにいる意味はない──イヴェットは、苦悩と焦燥感を抱いていた。そんな気持ちは恥ずべきことだと感じていた彼女は、そのことを誰にも言えずにいた。


「敵の動きが緩慢となる魔術をかけたのか。アシュリーの『人の目を借りる』という能力は、物陰に隠れることと似ているな。敵意を悟られることなく、安全圏から嫌がらせ──不意打ちに適している。だが、敵はまだまだやる気のようだ」


 クレイグとアシュリーの実践を見ていたテオドルスは、クレイグの攻撃によって形を保てなくなって飛散した影──黒い霧を面白そうに見つめる。しばらくすると、黒い霧がじょじょに一箇所へと集束して、ふたたび人型の影に戻った。


「うわっ、元に戻りやがった!?」


「やはりまだ戦えるか。そうこなくてはな──面白くない」


 そして、テオドルスも帯びていた剣を鞘から抜き取り、敵へと向かっていった。ユリアも、周囲に新たな敵が現れていないかを確認しながら敵へと斬りかかる。


「──うぐ〜……! 効けへん……」


 アシュリーは、すかさず同期した弟の目を介して敵に魔術をかけるが、すぐに解かれてしまった。またかけるも、解かれる。


「あー、アカン! 魔眼経由の魔術、やっぱ普通にやるよりも威力落ちるわ……。簡単には解かれへんように、もっと技能レベル上げなアカン──」


「それが判っただけでも試した価値はある。だが、これ以上は戦いに介入しないほうがいい。おとなしくしておけ」


 アイオーンに制止されると、アシュリーは肩を落として「へーい……」と言った。すると、戦いを見守っていたラウレンティウスがあることに気が付く。


「……あの人影、さっきよりも戦闘技能の練度が上がってないか……? 動きが違う」


「ああ──俺もそう感じた。倒されて復活するたびに強くなっている。まるでこちらの戦闘能力を図っているかのようだな」


「倒しても復活して、そのたびに強くなる敵なんて、どうやって倒すの……?」


 あまりにも奇妙な敵に、イヴェットは困惑する。


「どんな能力を持っていたとしても、神でもないかぎり永遠などありえない。俺だってそうだ。不老不死の能力があるとしても、結局は星霊であることに変わりはない。大気中の魔力が減少すれば死んでしまうし、『器』に核を移さなければ生きながらえることはできなかった──」


 そう言いながら、アイオーンは自分の手を見つめ、やがて敵を見据える。


「影だろうが霧となるものだろうが、再生を繰り返すことはできても不老不死の能力はない。いずれ限界が来るはずだ」


「ってことは、相手に限界が来るまで戦い続けろってこと?」


 イヴェットの疑問にアイオーンは頷く。


「そういうことだ──。……!」


 その時、アイオーンは何かの気配を察知して振り返った。どこからか、かすかに黒い霧のようなものが集まってくる。


「こっちにも来たか……!」


 ラウレンティウスは斧槍の柄を握りしめ、得物に紫の雷をまとわせる。そして、助走をつけるかのように斧槍を振り回し、黒い霧が集まっているところを狙って勢いよく投げた。黒い霧が集まる地に斧槍の先端が刺さると、雷は爆発したかのように何度も屈折したような閃光が四方全体に広がる。それと同時に、斧槍はその場から姿を消し、ラウレンティウスの手元へ瞬時に戻った。

 彼の攻撃を受けた黒い霧は消滅する。これは、ユリアたち三人が戦っているものとは少し違うものようだ。再生力がない。


「って、向こうにもおるやん──!?」


 四人が近辺に出現した敵に気を取られているうちに、別の方向にも敵である黒い人影が二体出現していた。

 すると、その二体の敵は、ユリアたちと戦う人影に魔術をかけた。武器に光が宿る──武器になんらかの強化が施されたようだ。


「仲間の武器を強化した!?」


 イヴェットが驚きの声を上げる。

 その『バフ』の正体にいち早く気づいたのは、テオドルスだった。


「……まさか、ただの影が投影強化術をしてくるとは──」


 その魔術に覚えがあるかのように、テオドルスは微笑みながら反応を示す。


「──あの術……テオさんがやってくれた、投影強化術に似てる……」


 遠くから現状を見守っていたイヴェットも気づいた。ただの武器に、術者が『こうあってほしい』という想いを能力として具現化させ、付与する魔術。

 火を操れる武器になれと願えば、火を操れる武器となる。数多の攻撃を防ぐ防具となれと願えば、そのような防具になる。しかし、技能の高さと想いの力が強くなければ効果は長く続かないうえ、強度もない不完全なものとなる。

 その言葉が後方にいる仲間たちにも届いた瞬間、アイオーンは何かを思う目をしながらラウレンティウスを見た。


「──ラウレンティウス」


「わかってる。──アシュリー、イヴェット。この場は頼んだぞ」


 アイオーンと目が合ったラウレンティウスは、そう言って敵に向かっていった。

 その後、前方で倒すたびに強くなる敵を翻弄しながら戦うクレイグの苛立つような声が聞こえる。


「──おい! テオドルス! 投影強化術ってなんだ!?」


「端的に言うと、術者が思い浮かべた概念を仲間に付与するという強化魔術の一種だ。この敵は、ただの影ではない──その魔術を扱えるということは、人間のように『強い想い』を内包しているということだ」


「んじゃ、なんだよこの敵……! まさか人間なのか……!?」


「さて、どうなんだろうな。ともあれ、少しずつ歯ごたえが出てきているうえ、珍しくて面白い敵であることには違いない。オレは気に入ったぞ。……あわよくば、このまま倒していってさらに強くなってくれると嬉しいんだが」


 と、テオドルスは獣の目をして、口角を上げながら最後の言葉を小さく呟いた。しかし、その獣はまだ『微睡んでいる』──彼が抑えているため、完全には表に出ていない。

 その時、黒い人影が持つ武器が、一瞬だけ変わった形状の武器になった。


「! あれは……」


 クレイグはその一瞬の変化を見逃さなかった。剣の先端が波打っており、剣身の根元部分は枝分かれしたような意匠。それは、どことなくヒノワの伝説の武器に似ていた。

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