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第十一節 霊峰・常世山にて ①

 朝。ベイツ邸に、フドウが手配してくれた二台のワゴン車が来てくれた。ユリアたちはそれに乗り込み、まずは車で行ける範囲までの常世山周辺を目指す。

 やがて、二台のワゴン車は車の通りが少ない森のなかへと入り、分かれ道で薄暗い車道を選ぶ。その先を進むと、進入禁止看板が立てられていた。看板には、『この先は、常世山の樹海であるため、関係者以外立ち入り禁止。これより先は、魔力濃度が平均耐性値よりも高いため、命の保証はできません』と書かれている。

 ワゴン車の運転手たちは、その看板や立ち入り禁止を示す黄色いロープを解き、ワゴン車を敷地内に入れ、それらをふたたび元に戻して先に進んでいく。


「──到着しました。車で行けるのはここまでとなります。ここから先は、さらに魔力濃度が高まる範囲です」


 それから車道は途切れ、その道の先は木々が所狭しと生える鬱蒼とした森に着いた。このあたりに生える木は、魔力濃度の高さゆえにか一本一本の幹や枝がかなり太い。そのうえ、木々の枝の伸び方が地と平行か、あるいは上に向かって伸びるわけではなく、行く道を阻もうとしているかのように低辺に向かって長く伸びている。普通に歩いて道を進むことが困難だ。

 ユリアが乗るワゴン車の運転者がそう言うと、車は停まり、ドアのロックが解除された。


「ありがとうございます」


 ユリアは外に出た。共に乗っていた仲間たちや、別のワゴン車に乗っていた仲間たちも車を降りている。

 ユリアたちは、スーツに近い意匠である極秘部隊の制服を身にまとっている。これは戦闘ができる服でもある。それでも、ベイツ家が所有する無人島での鍛錬のときに使用していなかったのは、公的な場で使用するときに使い物にならなくしたらいけないからだ。


「それでも、限界ギリギリの魔力濃度のようですね……顔色が悪いです」


 と、ユリアはふたりの運転手の顔色を見て言った。


「これでも、我々は比較的耐えられるほうなのですが……やはり、常世山やその周辺となると苦しいですね……」


 ヒノワ国は、他の国と比べて街中の魔力濃度が高めである。その国の魔術師であっても、この山の周辺の魔力濃度は高い。


「本当に体調を崩してしまうと大変ですので、私たちのことはお気にならさず──近くの街までお戻りください」


「そうさせていただきます……。では、下山時には、衛星経由で送受信できる端末機にてご連絡ください。近くの街で待機しておりますので、またここまでお迎えにあがります」


 運転手はポケットの中から小型の端末機器を取り出し、それをユリアに手渡した。


「わかりました。そのときは、またお願いします」


「では、我々はこれにて失礼いたします」


 ふたりの運転手はユリアたちに一礼すると、車に乗って去っていった。

 魔力濃度が高いためか、ユリアにとっては懐かしい野鳥の声が聞こえてくる。大気中の魔力濃度が低くなれば、人間も魔力への耐性や生成力も落ち、星霊は生きることすら困難となり、生存できる野生動物の種類も違ってくる。

 常世山周辺のみ、古い時代から魔力濃度は他と比べるとそこまで変わっていないという。ここにいる生き物たちは、魔力が減少していった千年前の環境の変化にそれほど振り回されることなく、今となっては貴重となった古くから続く(しゅ)を繋いできたのだろう。


「常世山は……まだ、ちょっと距離ありそうだね……。身体強化術をかけて、樹海を走る?」


 樹海から見える常世山を見たイヴェットが言うと、ユリアは頷いた。


「そうね。魔術を使って森を抜けましょう」


 そうしてユリアたちは、樹海を吹き抜ける風のように、木々の太い枝を伝って樹海を駆け抜けていった。奥へ進むと、魔力濃度はさらに濃くなっていく。車を降りたところよりも、さらに濃度が上がっている。そして、気温が一気に暑くなったかと思えば、すぐに冬のように寒くなった。どんよりとした色の雲が現れ、今にも雪が降りそうだ。


「──ここが、オレらのご先祖様が千年くらい前まで管理してた山、ねえ……」


 常世山の麓にやってくると、クレイグがそんな言葉をこぼした。

 現在は真冬のような気温だが、彼らは魔術を使って外気の温度を遮断している。そのおかげで、いつ真夏になろうが真冬となろうが気温差で倒れることはない。


「四季とその変化間隔が、一日においてランダムに変わり続ける──。……魔力濃度だけでなく、ごく短時間の気温差だけでも人間を殺しにきている山を、どういう経緯で管理する立場になったんだか……」


 と、ラウレンティウスは先祖が管理していたという山をジト目で見た。すると、外気が冬から秋のような心地良いものに変わった。彼の疑問に対し、アシュリーが「ホンマそれ」と同意して言葉を紡ぐ。


「スエガミ家って、いったい何なんやって話や。こんな巨大霊峰を管理してたってんなら、それなりに高い立場やったやろうけど──歴史には何も残ってへんし。しかも、(くだん)の予言で山頂に祀ってた光陰がユリアのもとに渡ってから、身分とか全部捨てとるし……。思考回路もわからん」


「スエガミ家のご先祖様がこの山の管理者になったのは、もしかしたら特別な生まれだったからかもしれないわね。光陰があなたたちを『(えにし)ある者』と呼んでいるもの」


 ユリアが所感を言う。


「まあ、そんなんやろなとはウチも思っとる。なんか特別な血筋やったから、ただの現代人が苦しみもなく光陰の力もらえたんやろうって──それでも、やっぱどんな血筋やねんって思うわ」


「……ねえ。ここって、数分単位でも気温差が激しく変動するときがあるけど、魔物は出ないの?」


 イヴェットが問うと、アイオーンが答えた。


「いや。気温差の影響を受けない魔物がいるらしい。魔物は、ヒノワでも貴重な存在だ。だから、狩ることはしないでくれとクリカラから言われている。全員そのことは留意していてくれ」


 そして、アイオーンは怪訝な目を山に向ける。


「──それにしても相変わらずだな、ここは……。無作為な間隔で移り変わる気候を生み出す魔術など、いったいどんな奴が生み出したのやら……」


「は!? これ魔術なん!?」


 アシュリーが思わず声を上げる。


「世界は広いが、これはさすがに自然で起こるものではないぞ。気配を紛らわせているが、術式によって引き起こされているものだ」


「魔術というのは、ここまで広範囲かつ衰えることなく何千年も残るものなのか……?常世山は、数千年も前からこのような環境だったと言われているんだぞ」


 と、ラウレンティウスは信じられないと言いたげな声色で問うた。


「物質だって、長く残るものは残るだろう? 洞窟に描かれた数千年前の絵。寒冷地から発掘された人間や動物のミイラ──環境が整っていれば魔術も残るものだ」


「けど、こんなデッカい山とその周辺に気候変動を施すとか……どんな魔術師が、なんのためにしたんだろうな──?」


 クレイグがさらに疑問を追求するが、アイオーンは小さく首を傾げた。


「さあな……。理由のひとつは侵入者対策だろうが──よく判らん。だが、俺はこれを魔術だと感じた」


「……アイオーン。今、少し頭痛があるだろう? 目に元気がないぞ」


 すると、今まで黙っていたテオドルスが指摘する。パッと見、アイオーンの様子は普段通りに見えるが、テオドルスには察知できたようだ。おそらく、彼がクレイグにしか話しておらず、言わないでくれと口止めした能力──魔力の気配から感情の機微を感じ取れる力で、おおよそ察することができたのだろう。

 彼の指摘は正解だったようで、アイオーンはバツが悪そうに目をそらした。


「いや……痛いわけではないんだが……良くないのは、事実だな……。頭が重いんだ──遥か昔にこの山を登ったときは、こんなことはなかったんだが……」


『昔は起きなかったが、今は起きる──やはり、昔と今は違うようだ。多少の体調不良でも、頂上へ行けそうであれば我らは行くべきと感じるが……そなたはどうしたい?』


 ユリアが帯びている刀から、光陰の声が聞こえた。


「……行く意味があることは、否定できないが……」


 それでも、何かが起こって戦えなくなってしまうかもしれない。アイオーンはそれを危惧しているようだ。


「水くさい悩みは気にするな、アイオーン。戦闘はオレたちがするから、アイオーンは体調管理に努めてくれ」


 テオドルスの言葉に仲間たちが頷くと、アイオーンは山を登ることを決意する。


「──四人とも、魔術で体温を維持しながら戦えそう?」


 それからユリアは、イヴェット、クレイグ、アシュリー、ラウレンティウスを見る。


「〈黒きもの〉が出てこなければ……かな……」


 イヴェットが小さな声でそう答える。すると、風が強くなり、さらには雪が降りはじめた。今は吹雪でも、数分後には真夏となる可能性がある。それが常世山だ。


「それだけでも十分よ。──行きましょう」



◇◇◇



 ヒノワ国のなかで標高が一番高い独立峰といえども、身体強化術を使えば早々と登れるのは確かだ。しかし、ここは『世の(ことわり)から外れた山』と呼ばれているところだ。何が起こるかわからない。それにくわえて、今はアイオーンの様子が優れないこともあり、一行は徒歩で登ることにした。

 ユリアたちが登り始めてからは、天候はしばらく吹雪いていた。やがて止み、気候は夏へと移り変わり、積もっていた雪が溶ける。すぐに過ごしやすい春の気候へと変化し、そう経たないうちにまた冬となった。しかし、今度は強風がない。それだけでも動きやすいものだ。


「……!? あれは……──!」


 雪がしんしんと降り続く中、異変は突如として起こった。離れたところから、地面から生えるように黒くて長いものがいくつも現れた。やがて、それは人の形へと変化し、立ちはだかるように立っている。ユリアたちは足を止めて臨戦態勢をとる。


「魔力の気配からして、〈黒きもの〉じゃねえな……。もしかして、祭りのときに見たあの人影か……?」


 と、クレイグは、両手に短剣を顕現させる。

 人のカタチをした黒いものたちは、手と思われる部分から長い得物を生み出している。形状から見るに剣や槍──武器だ。

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