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第十節 識の光芒 ③

「……? アイオーン殿の記憶が、あの舞のときに思い出したというのか?」


「ああ……──だが、その話に入る前に、俺達がヒノワを訪れるきっかけとなった出来事から話そう」


 そして、アイオーンは、ヒルデブラント王国にある旧ヴァルブルク領で起こった事件を語りはじめた。

 その犯人は、千年前に世界を襲い、やがて消滅したと思われていた異形の厄災〈黒きもの〉であったこと。それがまだ、この時代にも存在しているということ。あの事件で姿を現した〈黒きもの〉は、一部である可能性が高い。

 くわえて、ユリアたちが対峙した〈黒きもの〉には明確な意志があり、それと対峙しているときに、ユリアが長年所有していた光陰も覚醒した。光陰も言葉を交わしての意思疎通ができるようになり、その際に、光陰と〈黒きもの〉には、なんらかの関わりがあることがわかった。すくなくとも、光陰は〈黒きもの〉を明確に敵と認識しており、〈黒きもの〉も光陰に対して『永久に交わらぬもの』と言っていた。

 そして、光陰は、その場についてきていたユリアとアイオーンが世話になっている一族の若者四人に力を与え、その理由から四人は現在、ユリアとアイオーンと同じく極秘部隊となっている。

 また、〈黒きもの〉が起こした事件で死んだと思われていたユリアの元婚約者であるテオドルス・マクシミリアンは、実は生きていた。傀儡術を解いたことで正気に戻り、彼も極秘部隊となった。そういった経緯があったため、現代の若者四人とユリアの元婚約者。そして、アイオーンとユリアはこのヒノワにやって来た。


「──そうか……。そんなことが……。かつては厄災の泥でしかなかったモノが、意志を持った──いや。もともと持ってはいたが、なんらかの理由で本能のみで動いていたのか……」


 ひと通りの話を聞いたフドウは、頭を悩ませるように額に手を添え、そう言って息をついた。


「……アイオーン殿が、舞の最中に記憶を思い出したのは、その舞を見ていたからか?」


 アイオーンは首を振る。


「花纏いの舞がおこなわれていたとき──風など吹いていなかったというのに、一枚の花びらが俺の目の前にやってきて、その場に留まったんだ。さも『触れろ』と言っているかのような状況だったから、思わず触れてみたら……花びらは純粋な魔力に変化し、俺の指先に吸収され──そして俺は、記憶の一部を思い出した」


 花纏いの舞のときに舞う花びらは、舞手の魔術にしか反応しない。自然の風では舞わないのだ。それなのに、一枚だけアイオーンの目の前に現れたということは、花びらが意思を持っていたことになる。


「あの花びらがひとりでにアイオーン殿のところまで舞い、触れた瞬間に記憶の一部が戻る……。そのうえ、〈黒きもの〉と光陰──余もそれなりに長生きしている星霊とはいえ、手に余る事態だな……」


「……あの、フドウさん。少し前から、怪異の動きが活発になっているとのことですが──なにか判ったことはありませんか?」


 話がひと段落したところで、ユリアが別のことを問う。


「いいや、何も……。安易に決めつけることはできんが……そなたたちの話を聞くかぎり、〈黒きもの〉ではないかという推測も否定もできぬ、といったかんじだな……」


「否定できない理由はなんだ?」


 と、アイオーン。


「現在、人間に強い害意を持つ怪異が増えてきているのだ。はじめは怪異避けが効かない怪異が増えているだけかと思ったが──短期間で攻撃性の高い怪異が増えた。それも、人間と共存していて攻撃などしてこなかった怪異が攻撃してくるようになったという報告もある」


 フドウは続ける。


「〈黒きもの〉を取り込んだ人間や星霊は、肉体が滅びる。あるいは異形化する。まれに耐えられる者はいたが……精神は乗っ取られ、殺戮兵器の如く生きる者を害していった。……余は、そのことを知っている。だからこそ否定できぬのだ」


 ユリアもそのことはよく知っている。彼女の両親は、肉体が朽ちて、まったくことなる異形の化け物へと変貌した。そして、後者の現象はテオドルスに起こった。のちに彼は戻ってくることができたが、それはアイオーンから力を貰っていたことで『普通の人間』ではなかったためだろう。


「怪異という存在は、純粋な生物ではなく、魔術のようなものと何らかの魂によって生まれたものとされている。……ただの余の推測だが、異変が起きている怪異は、構造そのものに変異が生じているのかもしれん……」


 その後、室内は沈黙に包まれた。やがて、フドウが複雑そうにユリアを見る。


「──……よもや、この時代でも〈黒きもの〉との戦いになるとはな……。さすがのそなたも、嫌気がさしているだろうに」


「私は大丈夫です。〈黒きもの〉を討つことが、私の使命ですから」


「……」


 彼女の言葉を聞いたフドウは、何か痛々しいものを感じたかのように目を逸らし、かすかに目を伏せた。


『──我が(あるじ)よ。フドウ・トシヒロと話がしたい』


 その時、光陰が抑揚のない女性の声色で言葉を発した。


「だ、誰だ?」


 部屋のどこにもいない者の声がしたことに、フドウは少し驚く。


「すみません──光陰の声です。〈黒きもの〉と対峙したときに、光陰も意思を交わせるようになったので……」


「ああ……そうだった。意志を伝えられる刀だったのだと、先ほど言っていたな……」


 現実味がないことばかり話していることから、頭が追いついていないかのようにフドウは息をつく。


「──では、光陰よ。余となにを話したいのだ」


『我らは、ヒノワ国で作られたものだと聞いている。ならば、我らはヒノワ国の誰によって作られ、今の(あるじ)に渡るまではどこに存在していたのだ? 我らも、アイオーンと同じく昔の記憶がないゆえ、わからぬのだ』


「光陰は、常世山(とこよやま)の山頂にある社に祀られていた。ヒノワ国の宝物としてな」


『常世山の山頂だと?』


 常世山は、古来より聖地とされており、現在では入山禁止の場所だ。入ることはできても、山頂に行くにはいくつもの命を賭けなければいけないほどだとされている。

 なぜなら、山頂に行くまでの道では、四季が何度も変わり、人が住む場所には出てこない凶悪な怪異も出てくるという。決して足を踏み入れることができない場所として有名だ。

 見かけは美しい霊峰で、穏やかな天気のように見えても、それが『正しい』わけではない。登山道に足を踏み入れると、山の季節は真冬でどこも吹雪いているときがあるのだ。星霊がまだたくさん存在していた時代であれば、山頂まで登れる者はいたらしいが、現代の魔術師では不可能となっている。


「……私は、ヒノワに伝えられていた伝説が、私と一致していたから光陰を贈られたと聞いていたのですが──誰かが山を登ってくれたのですか?」


 ユリアが言うと、フドウは首を振った。


「いいや、違う。『(くだん)という存在が、光陰を山の麓まで持ってきて予言とともに残していったから』というのが真実だ。ヒノワ国だからこその特殊な経緯ゆえ、どこかで内容が変化してしまったのだろう」


「くだん……? 予言を残す──?」


(くだん)とは、かなり特殊な存在なのだ。怪異だと言われているが、目撃した者はごくわずかだ。そのため、世間では都市伝説のような扱いになっている。頭は人間のもので、体は牛というかなり奇妙な出で立ちで、歴史的な出来事が起きるという予言を言い残すだけ──件の予言は必ず当たり、外れたことはないと言われている」


 そして、フドウは続ける。


「当時、余は常世山(とこよやま)の麓に住んでいた。ゆえに(くだん)から予言を聞いたのは余だった。件が言った予言を要点だけ抜き取ると、『ユリア・ジークリンデが光陰を手にし、いつかヒノワにやってくる』というものだった」


「それが、歴史的な出来事……? それに……光陰をが予言と光陰を『同時に持ってきた』という行動をとったことが──なんだか(はた)から見ると、(くだん)が光陰を私に渡せとフドウさんに頼んだように感じます……。──本当に、それが予言の内容だったのですか?」


「うむ……予言の内容は今でも詳細に覚えている──。『必ず当たる予言』を伝える存在など、それを経験するまでは余も伝承の類だと思っていた。そして、ユリア殿の感想と同じく、予言の内容は歴史的な出来事でもなさそうだとも──。さらに、あのときの(くだん)の言動は、まるで未来は定められていると言いたげなものだった」


 予言だが、必ず当たる。しかし、予言を伝えるだけの存在が、自身の予言に沿わせようと行動を起こすのはおかしいのではないか。まるで『未来は確定しているから、そのようにしろ』と思っていたのではないか。

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