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第十節 識の光芒 ①

 それから翌日。フドウ・トシヒロと面会できる日がやってきた。


 朝食を食べてからしばらくすると、高級車がベイツ邸へとやってきた。向かう場所は、国賓や公賓をもてなすための迎賓館。

 フドウ・トシヒロは、人型の『器』を得る前は星霊としての姿を持っていた。その際に名乗っていた名は、クリカラ。古くからヒノワにいる星霊であるため、魔術や魔力のことだけでなく、怪異についての知識も豊富だという。このため、国にとっては重要な存在であり、その客人ともなれば中途半端な場所で迎えるわけにはいかない。そのような経緯から迎賓館になったのだろう。


「そういえば、あいつに振り回されていたせいで溜まった疲れはとれたか?」


 アイオーンがユリアに言う。迎賓館に向かう高級車のなかにいるのは、このふたりだけだ。あとは、意思を持つ刀──光陰(みつかげ)。光陰を知らない人には話さないよう伝えてある。

 フドウ・トシヒロは、仕事の合間を縫って面会の時間を確保してくれている。そのため、大勢で行くのは失礼だろうということになり、ヒノワ国の宝である光陰の所有者のユリアと、フドウ・トシヒロと同じく星霊であるアイオーンのふたりが代表して行くことになった。光陰を持っていくのは、面会時に話すことと関係しているからである。


「身体面での疲労はないから大丈夫よ」


 昨夜、高級ホテルで催されていた少人数のコンセプトパーティーの後、ユリアは不機嫌な顔を隠さずにベイツ邸へ戻ってきた。

 イヴェットからデートはどうだったか問われたユリアは「最低だった」と言い放った。

 対してテオドルスは、満面の笑みを浮かべて「オレは楽しかったぞ!」と言った。しかし、片方の頬が赤かったことから、仲間たちはユリアに余計なことを言ってぶたれたものだと直感する。「やっぱりテオドルスが振り回しまくっていたのか」、「デートなんて早かったんじゃないか」──仲間たちは、そう言いたげな同情した顔をしていた。


「精神的は、そうはいかなかっただろ」


「まあ……ええ──。けれど、今はもう大丈夫」


 抵抗するすべを封じられたまま、口付けでもする気があったように顔を近づけられた。

 しかし、そのときの唇は、テオドルスの手に覆われていた。そのため、互いの額や鼻先が触れあっただけでその時間は終わった──が、それは、ユリアが真実を知らないからそう思っていることだった。

 互いの額や鼻先が触れあっていた時、彼女は頭を混乱させながら、まっすぐにテオドルスの目を見つめていた。初心な彼女は、彼の目以外に見たものはなかった。それ以外の場所で、何が起きていたのかを知らない。

 彼女の目線の下で、彼は、手の甲越しにユリアへキスをしていた。


「あいつのことだ。お前のためにいくつか『仕込んでいた』んじゃないか? 帰ってくるなり、あいつは満面の笑みで『楽しかった』とか言っていたからな。そして、顔にはお前からぶたれたであろう頬の赤みがあった」


「ええ……仕込まれていたわね、想像以上に……。テオは行動力の塊だもの……」


 高級ホテルで催されていた『特別な立場にあるものだけが予約でき──それも、夫婦か恋人とのペアでのみ──、なおかつ、その予約枠も少数だけというコンセプトパーティー』をデートに組み込むなど、普通ならしないはずだ。しかも初デートである。あまりにも度が過ぎている。いろんな意味で。


(でも……あの人は、あの人なりに『あの日』の記憶に気を遣ってくれていた……だから『上書き』しようとしてくれたのよね……)


 テオドルスは、ヒルデブラント王国軍の極秘部隊に課せられる『相手が他国の重役であっても、極秘部隊の一員は個人情報を秘匿しなければならない』という規則を利用し、ユリアとは新婚という設定でそのパーティーを予約していた。方法があまりにも大胆なものだった。そのうえ、知らないはずの現代のダンスまで覚えてきた。しかも、恋人や夫婦の仲を周囲に見せつけるためのダンスだった──もう、いろんな意味でユリアの頭は爆発しそうだった。いや、していた。


(……だからって、許したらダメな部分もあるわね……)


 パーティーと宿泊がセットだったという嘘で、心を翻弄された。「同じ部屋で、一緒に泊まらないか」と、艶のある声で囁かれた──しかし、そのあとで彼は、宿泊がセットだというのは嘘だと大笑いしながら吐いたが。


「あいつと結婚したら、仕事だけでなく家庭も大変なことになる。もしもその気があるんだったら、あいつの性格がある程度落ち着いてからにしておけ。それまでは、その想いを悟られぬよう毅然と接していたほうが身のためだろうな」


「結婚なんて、そんな──。そもそも結婚したいという気持ちどころか、恋すらよくわからないのに……。過去の婚約を受け入れた理由は、私が常にそばにいなければ他人に迷惑をかけてしまう人だと思っていたからでだし……。今では、アイオーンやみんなもあの人を止めてくれる──」


「だったら、わかるようになったらするといい。あいつを伴侶にできるのは、この先もお前くらいだろうからな。いろんな意味で」


「……私と似たような人間が、どこかで現れるかもしれないわよ」


 現れてほしくはないが、現れる可能性は無きにしも非ずだとユリアは思った。どこか自分に自信がないとも受け取れる言葉に、アイオーンは何を言っているんだと言いたげに彼女を見る。


「あいつが伴侶にしたいと思う人間は、後にも先にもお前しかいない。──あいつがそういう男だということは、お前もよく知っているだろう」


 ユリアは黙り込んだ。やがて、口を開く。


「……というか、テオの性格って落ち着くものなのかしら……。たしかに、出逢ったばかりの頃と比べたら落ち着いた気はするけど……」


「もう少し年を重ねたら、変わるかもしれんぞ。昔に比べると我慢強くなった。あるいは、あいつがまた『重責』を背負うかだな──国王代理になってからも少し変わった。……まあ、まだまだ人を振り回す自由人であることには変わりないが」


 そして、アイオーンはユリアをまじまじと見つめた。


「……お前も、どこか変わるかもしれないな。これからの人生、まだまだいろいろなことが起こるだろうからな」


「? どこが変わるの?」


「性格までとはいかなくても、感覚とかな。無理だと思っていたことが、もういいかと思えて受け入れられるようになっていたりしていそうだ。──いろんなことを経験していれば、いずれは『気づけたりする』だろう」


 気づく? アイオーンは何を言いたいいのだろうか。

 意味がわからなかったユリアは、目を細めながら首を傾けた。



◇◇◇



 やがて、ユリアとアイオーンを乗せた高級車は、ヒノワ国らしい質素ながらも品格ある庭を抱く地に到着する。その奥にある建物が、ヒノワ国が管理する迎賓館だ。その出入り口付近に車が止まると、そこにいたスタッフが車の扉を開けてくれた。


(クリカラ殿は、齢千年以上──私がユリア・ジークリンデであることは知らなくても、ユリア・ジークリンデのことは間違いなく知っているはず……)


 そのことに身構えたユリアは、正体を勘づかれまいと魔力の気配を遮断し、光陰を手にして車から降りる。

 それからふたりは、とある一室に案内された。


「──フドウ様。ユリア様とアイオーン様がお見えになられました」


 スタッフの者が扉をノックし、部屋の中にいる人物に声をかけた。返事が聞こえると、スタッフは扉を開けて、「どうぞお入りください」と、ふたりに入るよう促した。


「はじめまして。時間だけでなく、足労までかけてしまったな。──余が、フドウ・トシヒロだ。星霊らしい姿をしていた頃に名乗っていた名は、クリカラという」


 部屋の中にいたのは、威厳と気品を兼ね備えた六十代ほどの男性だった。刹那、アイオーンの姿を見たフドウは、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに何事もなかったかのように顔を戻した。

 部屋の扉が閉まり、三人だけになる。すると、フドウは己の魔力の気配をふたりに『見せた』。


(魔力を『見せる』のは、たしか星霊社会での作法──)


 この行為は、古くから通用した星霊社会における礼儀作法のひとつだ。国が違えども通用した作法である。

 初対面の者と対面する際、魔力の気配を消しておき、初めて顔を合わせたときに魔力を察知できるようにするという行為は、約千年前の時代の星霊社会においては『名刺』のような意味合いを持つ。

 当時の星霊社会では、戦闘時でないかぎり常に魔力を感知できる状態にしているのは、人間で例えると服をだらしなく着ているようなものだという。しかし、時と場合によっては、魔力を察知できるように開示することが礼儀となる。フドウには、その礼儀が染み付いているのだろう。

 その魔力を感じた途端、アイオーンは何かを感じたかのように息をつく。


「ヒルデブラント王国軍の極秘部隊に所属しているユリアと申します。本日はよろしくお願いいたします」


「こちらこそ。──先日は、不躾に急な頼み事をしてしまって誠に申し訳なかった。もともと舞う予定だった者は、怪異対策局の一員でな。しかし、急に厄介な怪異が現れたものだから、キャンセルせざるを得なかったのだ。余も多忙ゆえ、代役ができず──だからこそ、あの無茶ぶりをそなたが引き受けてくれたことは心から感謝している」


「なんとか成功してよかったです」


「お礼として後日、ベイツ邸に菓子を送ろう。ヒノワ国伝統の菓子を専門に扱う有名な店のものだ。それは余が気に入っているものでな──そなたも気に入るといいのだが」


 それを聞いた瞬間、ユリアの顔に思わず微笑みがこぼれる。


「ありがとうございます。食べることが好きなので、ありがたいです」


「それならよかった。では、菓子の話はここまでにしておいて──ユリア殿の種族は人間だったな? となれば、こちらの方が、余と同じく星霊ということか」


 と、フドウはアイオーンの顔をまじまじと見つめ、


「……失礼だが、お聞きしたいことがある。その『器』は、そのような姿として作られたものなのか? それとも、核を『器』の中に入れた際、自然に転じてその姿になったのか?」


 そう問うた。

 星霊のために作られる『器』は、二種類ある。ひとつは、星霊の要望に沿って外見を作られた『器』。もうひとつは、核を人型の『器』の中に入れた際、自然に姿が転じる『器』だ。

 後者の『器』は、本来の姿でも存在した個性──目が細い、鼻が高いなどの外見的特徴──が『器』の外見にも引き継がれる。アイオーンは、本来の姿でも人間とまったく同じの外見だったため、自然に姿が転じるタイプの『器』を使用しても本来の姿と変わりない外見だった。


「……わざわざそんなことを第一に聞くということは──やはり、『クリカラ』とはお前のことだったのか」

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