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第八節 若者たちの狂詩曲 ⑥

「あれ……人間みたいなシルエットしとるだけの、魔力の塊やん──」


 アシュリーが呟く。彼女は、密かに魔眼を発動し、黒い人影を分析していた。

 アシュリーが一歩近づくと、黒い人影は地面から浮いているかのようにスーッと移動していった。


「なんや、アレ──ウチらに『こっち来い』って言っとんの……?」


 そう呟くと、アシュリーは人混みをかき分けて人影を追っていってしまった。


「あ! おい、アシュリー!」


「あ、アシュ姉!?」


「待てよ、姉貴!」


 ラウレンティウス、イヴェット、クレイグが声をかけながら地面を蹴り上げ、人混みのなかを駆けていく。


「──っ。テオドルス、ユリア……帰りが遅くなったら頼んだぞ」


「ああ。いいぞ」


「わかったわ」


 アイオーンが四人を追いかける。


「……な、なあ……。なんか、いたのか……? なにも見えんかったが──」


 七人のやりとりを最後まで間近に見ていた射的の店主が、おそるおそるに問いかける。すると、テオドルスは苦笑した。


「あー……ちょっと『見える』人たちなんだ」


「み、みえる……?」


 店主が訝しげに首を傾げると、ユリアはその疑問を遮るように小さく手を挙げる。


「──おじさん。射的はこれで終わりにします。ありがとうございました」


 と、彼女は言って、有無を言わさぬ雰囲気で銃を返した。


「あ、ああ……」


 そして、ユリアはテオドルスの手を引っ張り、射的の屋台や怪訝な目で見てくる通行人たちから離れていく。


「──私たちは『念のための戦力』として、ここで待機しておきましょう」


 やがて、人気のないところまでやってくると、ユリアはそう言った。


「そうだな。……さて、アレはなんだったのか……。気配は〈黒きもの〉とは言い難かったが、まったくの無関係な存在とも言い切れない──」


「ええ。それに、敵意がまったく感じなかったことも気になるわね……。個人的には、あの黒い人影を『嫌なもの』だとは感じなかったけれど……」


「オレもだ。──まあ、とりあえず待機しておくか」


 そして、しばらく静かな時間が流れた。

 嫌な雰囲気がなかったとはいえ、それでも非常事態の部類だ。何もせず待機だけというのはなかなか落ち着かない。アイオーンは『遅くなったら』と言っていたが、具体的にどのくらいの時間だろうか。


「……なあ、ユリア。特に何事もなければ、明後日に約束していたデートをしないか? 早めに行かないと、面会の日が来てしまうだろうからな」


「えっ──? え、ええ……」


「どうした? 歯切れが悪いな。もしかして、嫌になったか?」


「……こんなときに言うことではないと思っただけよ……」


 急に口を開いたかと思えば、その話だった。ユリアは突然の話題に反応に困り、小さく息をつく。


「こういう、ふたりきりの時じゃないと堂々と話せないからな。──オレだって、これでもいろいろと気を遣っているんだぜ?」


「……当日、変なことしないでちょうだいね……? おもに常識を無視した奇行のことよ」


「大丈夫だって。──大雑把なプランは、まずはプラネタリウムに行って、あとは適当にブラブラしよう。それから夜は、綺麗なところで食事だ。夜景が綺麗なところを予約しておくからな」


「──……うん」


 この人に任せていいのだろうか。半分は期待、もう半分はそういった不信感──これが『デート』というものなのか。いや、きっと違う。だが、ユリアはそれが普通だと思っておくことにした。



◇◇◇



「──おった! 公園におる……!」


 アイオーンたち五人が追った人影は、祭りの会場から離れた小さな公園に佇んでいた。空は、夕暮れから夜となりつつあるが、公園の外灯があたりを照らしてくれているため姿を確認できる。アイオーン以外は──。


「──」


 人影は逃げなかった。まるで、『ここで話をしよう』とでも言うかのようにジッとしている。


「……ここにいるのか? 俺には何も見えないが……」


「ああ──いる。俺達の目の前に──」


──は……おぼ……るかい?


「……!?」


 何も聞こえていない。しかし、確かに『意思は届いた』。何かを伝えようとしている『意思』。人影は、声なき意思──魔力による思念の伝達をおこなったようだ。

 ラウレンティウス、アシュリー、クレイグ、イヴェットは突然届いたそれに驚き、言葉が出てこないように黙り込んでいる。その『声なき意思』が届いた時、アイオーンにまたも頭痛が起こっていた。


「っ──……それは……俺に言っているのか……? それとも、この四人にか……?」


「アイオーンにも届いたの……?」


 イヴェットが問う。


「ああ……姿は、今も見えないが……」


──な……しいな。とき……こ……て、またきみた……がたを……れる……はね。


 また、声なき意思が脳裏に届く。しかし、電波が乱れた電話のように、届く言葉は途切れ途切れだ。それゆえ肝心な言葉も判らず、何を伝えたいのかわからない。


──わた……は……ずっと、きみたちの……た……らね。


「……痛っ……!」


 アイオーンがさらに苦しみだす。頭痛がひどくなったようだ。


「あ──!」


 やがて、黒い人影が薄くなっていく。伝えたいことを終えたからか。しばらくすると、その姿は完全に消え去ってしまった。


「……消えた……」


「……頭の痛みも、消えた……」


 あの人影は、何を伝えたかったのだろうか。少なくとも敵意はなかった。敵意ではなく、まるで出会えたことを喜んでいるかのような雰囲気があった。しかし、伝えようとしていたことは何ひとつとしてわからなかった。〈黒きもの〉に関係しているのかも不明だ。


「……ユリアとテオドルスをここに呼ぼう──これは、人が多いところで話すことではない……」


 と言って、アイオーンは涼着の袂から携帯端末を取り出した。



◇◇◇



「あ──みんな!」


 しばらくの後に、ユリアの携帯端末にアイオーンからのメールが届いた。

 祭りの会場となっている、社の境内から離れたところで話したい──ということで、人影がいた公園にユリアとテオドルスは向かった。


「何があったんだ?」


 テオドルスが聞くと、アイオーンが口を開く。


「……実は──」


 魔力による意思の伝達。アイオーンは最後まで黒い人影の姿を認識できなかったが、その意思は感じ取れた。だが、それは乱れていて何を伝えたかったのかよくわからなかった。

 黒い人影に敵意はなく、むしろ親しげな雰囲気をまとっていたこと。その時にまたアイオーンに頭痛が起きるも、黒い人影が消えたと同時に頭痛も引いたという。


「……あの人影に害意がないことは、オレたちも感じ取っていたが──意思を伝えようとしてきたとは……」


「その『魔力による意思の伝達』というのは……セオドアを追っていたときの、私にだけ聞こえていた『声なき意思』のようなものに近いのかしら……」


 テオドルスとユリアが所感を言う。

 ユリアに聞こえていた『声なき意思』は、彼女の心の柔い部分を揺さぶってくる女性のような意思だった。あれは、ユリアの内側に潜んでいた〈黒きもの〉がしていたものだった。


「──アイオーン。頭痛が起きたときに何か思い出せたことは?」


 テオドルスが問う。


「いいや……なにも……。あの影から敵意は感じなかったが、一応気をつけるに越したことはないだろうな」


 黒い人影が現れ、それが意志を届けてきた。わかったことはそれだけだが、今後のために留意しておくべき事柄だろう。

 アイオーンの雰囲気は暗い。自身が抱える不確定要素が増えていっていることを気にしているようだ。


「そうだな。だが──ひとまず、この件はいったん置いておかないか? 悩んでいても、今のオレたちでは何もできない……であれば、祭りを楽しむべきだ。そもそも今日は、祭りを楽しむためにここに来たのだからな」


 テオドルスがそう提案すると、クレイグが頷く。


「だな。せっかく涼着に着替えてまで祭りに来たんだ。楽しまなきゃ損になっちまう」


「そうね。──ねえ、アイオーン。あっちにクレープがあったわ。あなた、クレープ好きでしょう?」


 ユリアがそう言うと、


「マジでー? ウチも行きたーい。行くぞー、アイオーン」


 アシュリーが学生がするようなノリで言いながらアイオーンの腕を掴み、


「あたしも行きたーい。行こう? アイオーン」


 イヴェットも、アイオーンのゆったりとした涼着の袖を掴んで揺らす。

 女性陣三人が暗い雰囲気をなんとか晴らそうとしていることに気が付いたアイオーンは、小さく笑みを浮かべる。


「……そうだな。それじゃ、行くぞ。ラウレンティウス」


「は……? なんで俺も──」


「何をしらばっくれているんだ。甘いもの好きだろう、お前も」


 刹那、ラウレンティウスの頬にほんのりと朱が走る。


「そうだったのか!? かわいらしいところがあるんだな!」


「かわいらしいだってよ。よかったな。」


 新たな一面を知ったテオドルスが純粋に褒め、それをクレイグが茶化すと、ラウレンティウスの頬に走った朱がさらに濃くなる。


「……うるさいな」


 怒ったような台詞だが、まったく覇気がない。不貞腐れた声色。そんなのだからかわいいと言われるのに──だが、ユリアは言わないでおいた。これ以上いじったら不機嫌になってしまう。


「──クレイグ。あなたの好きな唐揚げならあっちにあるわよ。買いに行きましょう?」


 なので、代わりにクレイグに話を振った。


「いや、それ買いたいのアンタだろ」


「唐揚げって、たしか鶏肉のもも肉に『衣』とやらをつけて油で揚げた料理だな!? あれは美味しかった! オレも買いたい! 行こう我が弟よ!」


「って、オレは別に食べたいとは言ってな──ああああ待て待て待て強く引っ張るな裾が千切れる!」


 予想通りにテオドルスが食いついた。ヒノワ国に来てから、テオドルスは唐揚げに興味を持っていたのだ。


「──さて。気を取り直して、お祭りを楽しみましょうか」

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