自称、恋愛マスター
ハルトムートが耳を真っ赤にしている間にレティーツィアを抱きしめるハルトムートの腕の力は緩んでいた。
「う、……ううっ……、これは……!」と、呟くハルトムートはレティーツィアを抱きしめる腕の力が緩んでいることに気がついていないようだ。
(これは、大チャンスだわ!)
レティーツィアはするりとハルトムートの腕から抜け出した。
「……はっ!! レティーツィア……!」
レティーツィアが抜け出したことで、ハルトムートは自分の世界から戻ってきたのたようだ。
腕の中にあったレティーツィアの温もりを名残惜しそうにしてレティーツィアを見つめてくる。
……だが、無視だ。
そもそも、ハルトムートが言ったのだ。
レティーツィアは呼びたくもないのに、ハルトムートの抱きしめてくる腕から抜け出すために羞恥心を無にして頑張ったのだから。
ハルトムートも名前をレティーツィアが読んだことで約束を覚えているのか再び抱きしめてくるようなことはしない。
だが、ひたすら名残惜しい視線でレティーツィアを見つめ続けているのだ。
レティーツィアは仕方がないですね、とばかりにため息をつきながらハルトムートに話し出した。
「そのように見つめ続けても約束しましたからだめですよ。
駄目なものは駄目ですからね?
私はちゃんとあなたの言う通りに名前を呼びました。
清めの儀式で抱きしめ合う必要があるだなんて聞いていません。
……それに、こうして手は繋いだままなのですし、いいじゃないですか。」
「……いや、待ってくれ、レティーツィア。
ま、まさかレティーツィアが素直に私の名前を呼んでくれるとは思っていなかったのだ。
し、しかもだな。レティーツィアがあのように愛らしく、この私のために言ってくれるなど考えもしなかったのだ……」
「……」
レティーツィアは、ハルトムートに抱きしめられ続けるのが嫌で頑張った自分の行いが、まさかハルトムートに愛らしいなどと受け取られているとは衝撃的であった。
(違うわよ! 私はあなたに愛らしいなんて思って欲しかったんじゃなくて、ただ羞恥心が高まりすぎて勢いで言っただけなのよ! ……それが、どうして愛らしく言っただなんて誤解を受けているのかしら……)
レティーツィアはハルトムートの言葉を聞きながら遠い目をした。
「……レティーツィア、その、約束とは違うのだが、もう一度抱きしめても構わないだろうか?」
長身の金髪イケメンの人間姿になったハルトムートがレティーツィアに低音ボイスの良い声でレティーツィアに語りかけてくる。
(ハルトムートと抱き合うなんて嫌よ…。 だけど、この姿のハルトムートはなかなかにカッコ良すぎるっ…!! 私がカシノニアの悪夢を教訓に恋愛に対して徹底的な直系王族の王位継承者の、恋愛マスター教育を受けいていないただの少女だったら、すぐにハルトムートにメロメロになっていたでしょうね。 私が恋愛マスターで良かったわね、ハルトムート。
でも、もしかしたらハルトムートって意外とタラシなのかもしれないわね……)
レティーツィアはやや頬を赤らめて考えたあと、なおも見つめ続けるハルトムートを正面から見つめ返した。
「……確かにあなたのその容姿は、顔の整ったイケメンの貴族達を見慣れた私ですらカッコいいと思うくらい素晴らしいですよね。
それに、その声も低音ボイスで女性を口説くには適していると思います。
でも、やっぱり私たちは人間と竜です。
私にはあなたの婚約者になんてなれませんよ。
それに…、私はカシノニア王国の王位継承者なんです!
私には、抱きしめあったりして恋愛ごっこをしてる余裕はありません。」
「む! 私は断じてレティーツィアのことを恋愛ごっこなどと軽んじてなどいないぞ!
私は真剣にレティーツィアとの将来を見据えていてだな、その、……その、だな……
まぁとにかくだ! 私のレティーツィアへの愛は変わらないぞ!
人間と竜との差など、……そのようなもの些細なことにすぎぬ!!」
「……!」
「レティーツィアが人間と竜などという些細なことにこだわるのなら、私がそのような些細なものなど何も気にならないくらいにレティーツィアを愛してやる!
だから、レティーツィア。
私がレティーツィアの婚約者であり続けることに変わりはないぞ!!」
「……ーー!!」
恋愛マスター教育を受けた恋愛マスターのレティーツィアとて、こんな熱い愛の告白を受けると強い衝撃を受けた。
レティーツィアは、ハルトムートを見つめたまま、あまりのハルトムートの甘すぎる愛の囁きというか、熱い宣言に言葉をなくしていた。
ハクハクとレティーツィアの口は何か言葉を作り出そうと動いているが、当のレティーツィアの口からはハルトムートのあまりの言葉に衝撃を受けすぎて放心状態になったため紡がれる言葉は出てきていない。
自分の美には無頓着というか無自覚なレティーツィアだが、いかんせん美少女すぎるレティーツィアだ。
ほんのりと頬を赤く染めて、たとえ口をハクハクとさせていようと、ハルトムートを見つめるレティーツィアの姿ははたから見たら眼福でしかないのだ。
レティーツィアの様子を見つめるハルトムートの目は、やがて先程の抱きしめあえなくなったあとの名残惜しい視線ではなくなってきていた。
レティーツィアが放心状態になっている姿をハルトムートは愛おしそうな視線を向け、やや笑みを浮かべながら見つめ続けた。
そして、レティーツィアはもうしばらくハルトムートの爆弾のような言葉を受けて放心状態から戻ってきそうにない。
放心状態のレティーツィアを愛おしそうに見つめ続けていたハルトムートの視線は少しずつ変化してきて、どことなく肉食動物のような目になってきていた。
そして、先ほどまでレティーツィアを抱きしめていて今は何も抱きしめていないハルトムートの右腕が、モゾモゾとレティーツィアを再び抱きしめたさそうに動き出していた。




