架空の存在
「其方、もしや私が黄金竜ハルトムートだと名乗ったときから私が精霊だと知らなかったのか?」
(うん、知らない。 まったく知らなかったよ。 …というかその聞き方ってハルトムートの中では、私がハルトムートを精霊だと認識しているのは当たり前の常識だったってことなの?!)
「はい、初めからわかっていませんでした。」
「……ふむ、そうだったのか。
ならば其方に精霊魔法について教えるには、そのことも伝えねばならんのだな……
それで其方、精霊についてどこまで知っておるのだ?」
(いやいや、だから私は何も知らないだってば。 一流の魔術師になるための英才教育は受けてきたけど、ハルトムートに出会うまで精霊魔法なんて聞いたことなんてないんだよ。 そもそも、精霊とか竜とか存在しないと思ってたし……)
「何も知らないです。
申し訳ないですけど、私はあなたに会うまで精霊とか竜なんて存在しない架空の存在だと思っていたんです。」
「何?!
私たちの存在を架空の存在だと思っていただと?!
其方、精霊も竜も知らなかったのか?!
……む? そういえば、其方は一流の魔術師になりたいと言っておったな。
カシノニア王国の王位継承者の其方が精霊や竜を知らないのならば、精霊魔法は今の世界ではどういう扱いになっているのだ?」
ハルトムートは驚いたあとに、渋い顔でレティーツィアに尋ねてきた。
「私の知る限り今のカシノニア王国で精霊魔法を知っている者はいないと思います。
他の4つの国の事情に私は詳しくないですが、おそらく精霊魔法のことを知っている者はいないのではないかと……
ですが申し訳ないのですが、私はカシノニア王国以外の他の4つの国のことはわからないです。
カシノニア王国では、カシノニアの悪夢の悲劇の後から他の4つの国との関係はヒト族とすら良好ではないのです。
私のクラウディアお母様の出身国のサクノニア王国とは親交を保てていますが。
それでもカシノニアの悪夢以降では他の4つの国でもヒト族と、それ以外のエルフや獣人、竜族、魚人族といった他の種族との関係は良好ではなくなったと聞いています。
カシノニアの悪夢の元凶であるカシノニア王国には、もはやヒト族以外の他国の種族が訪れることもありませんし、私が把握できていないこともあるかもしれません。
今の世界では、優れた魔力を持つ者は古代の一流の魔術師達が作り上げたと伝わる古代遺跡の魔術道具たちを使いこなせる、一流の魔術師を目指しています。」
「うむ……それでは、精霊も竜も精霊魔法も今の世界では知られていないということなのか。
だがそれでは魔族に対抗する手段がないではないか?
どうやって魔族が攻めたきたときに戦うのだ?」
「カシノニア王国では私も半分持って守っていますが、守りの結界をはっている守護の宝石があります。
他の4つの国でも同じように守護の宝石を大切に守っているはずです。
この守護の宝石の守りの結界がある限り、魔族が私たちの国に攻めてくるなんてことはできません。」
「……カシノニア王国の王位継承者の其方がその考え方ということは、他の4つの国でも同じ考え方ということか?」
なぜかハルトムートがやや焦ったように真剣に聞いてくる。
「え?
はい、そうだと思います。
少なくとも私はそのように習いました。」
「……そうか。
今の世界ではそのようなことになっているのか……」
深刻そうに掠れた声で呟いて何か考え込む様子のハルトムートを見てレティーツィアはどういうことだろうと疑問に思った。
―――――
ハルトムートは竜だけど険しい表情でむむむ、と考え込んでいる。
何かを考え込み続けるハルトムートをよそに、レティーツィアは桃をパクパクと食べていた。
(何か考えて続けているみたいだし私が邪魔しちゃ悪いよね。)
そのまま朝ご飯を食べ続けるレティーツィア。
だがレティーツィアは、ハルトムートが考えているその間にそろそろ桃を食べるのに飽きてきた。
また温かい野菜スープが食べたくなってきたのだ。
(やっぱり「フロレンツィアの愛を実らせた」ってなんのことかわからないけど、ハルトムートとは仲直りできたわけだし野菜スープは食べたいわね。 あ、ついでにハルトムートの分も作ってあったら食べてくれるかも。)
レティーツィアが2つのフロレンツィア愛の桃を「野菜スープになーれ!」とじぃーっと見つめると、昨日と同じようにやはりぽん!っと野菜スープになった。
今回はホカホカの野菜スープが2つだ。
ちなみに今回の野菜スープにはフロレンツィアが食べたくなったのでホクホクのジャガイモがたくさん入っている。
おいしそうだ。
「良いにおいだな。
む? 其方またフロレンツィアの愛を実らせたのか?
しかも今日は昨日と少し違うスープを2つも実らせているではないか。」
「えぇ。
あなたは考え込んでいるようでしたし、その間にホクホクのジャガイモがたくさん入った野菜スープを作ってみました。
あなたの分を作ってみたので、よければ食べませんか?」
「……其方といると退屈することがないな。
まぁいい、いただこう。
野菜スープを食べるのは久しぶりだ!」
ハルトムートは美味しそうに野菜スープを食べはじめた。
(…無事に食べてくれてよかったわ。 もしかしたらまたフロレンツィアの愛を実らせたってことで魔力の制圧を受けるかもしれないって思ったけど、何もなくて本当によかったわ。)
レティーツィアとハルトムートは朝ご飯をモグモグと食べ続けた。
ハルトムートは野菜スープを美味しそうに食べており不快そうな素振りは見えない。
だから勇気を振り絞ってレティーツィアは昨日からとても気になっていたことを聞いてみようと思った。
「……ねぇ、昨日言ってたフロレンツィアの愛を実らせるってどういうことなんですか?」
ハルトムートは野菜スープを食べる手を止めて、「む?」とこちらを見た。
「……フロレンツィアの愛を実らせるか。
それは、「フロレンツィアの愛」、
つまり、この桃から自由自在に好きな食べ物へと変化させられることをいうのだ。
其方がやったことが、まさにフロレンツィアの愛を実らせる、ということだぞ!
其方が守護の宝石を持っているおかげなのかどうか詳しくは私にもわからぬが…、だがたしかに其方にはフロレンツィアの愛を実らせることができるようだな。
1つのフロレンツィアの愛に対して他の1つを其方が何か望んだものに変化させることができるのだぞ。」
「それって、すごいですね!
でもそれって、魔力が高い人なら誰でも使えるものなんですか?」
「いや、魔力が高いことは関係しているだろうが誰でも使えるものではないぞ。
私もフロレンツィアの愛を実らせることはできないしな。
私が知る限りではこの世でフロレンツィアの愛を実らせることができるのは、其方で2・人・目・だな!
ハハハ!、其方はすごいな!!」
(なんと!! なんだか知らなかったけどフロレンツィアの愛を実らせるって凄い偉業を私は成し遂げだみたいだ! 史上2人目の偉業を成し遂げるなんて、私凄いわ!)
「それなら、もし私が野菜スープ以外でもお米や味噌汁を食べたいと思えば作れるってことですか?」
「む?
そうだな、其方はフロレンツィアの愛を実らせることができるのだ。
もし其方が望むならば、フロレンツィアの愛を実らせてお米や味噌汁を作ることに関わらず、他の物を作ることも簡単だろうな。」
(きゃああああっ!!!!!! 素晴らしいわ! これで、ここでの生活で食べたいものが食べられるってことね!)
レティーツィアは天にも舞い上がりそうなほど嬉しくなった。
つまり、ハルトムートのお宅での桃ばっかりの食事の危機から脱したわけだ。
レティーツィアの食生活レベルはグン!と急上昇した!
「それは素晴らしいですね!」
レティーツィアはとろけるような笑顔でハルトムートに笑いかけた。
「ーーー!!」
なぜかハルトムートはレティーツィアを見つめたまま固まった。
(……ん? ハルトムート、固まっちゃってどうしたんだろう?)
レティーツィアが首をかしげながら見つめ続けると、ハルトムートは「ごほんっ!」と咳払いをして何事もなかったかのように野菜スープを食べるのを再開させたのだ。
「そ、そういえばだな、考えてみたのだが私も其方が精霊魔法を学ぶことは良いことだと思ったぞ!
守護の宝石は素晴らしいものだが、やはり矛と盾は両方とも持っておくべきだと思うのだ!」
「え? 矛と盾、ですか?」
「そうだ、矛と盾だ。
魔族は極悪非道だ。
守護の宝石が盾ならば、精霊魔法は矛となる。
今は平和に見えるかもしれないが、魔族は必ず虎視眈々と5つの国を狙い続けているだろう。
だから、やはりな、私は盾だけではなく矛もあったほうが良いと思うのだ。」
「……ええ、わかりました。」
ハルトムートが真剣な瞳でレティーツィアにそう話をしてくるものだからレティーツィアは神妙な面持ちで頷いたのだった。




